第四十一話:『地獄のトライアングル・キッチン』
一ノ瀬が加入した翌日から、旧訓練場は「修行場」というよりは「修羅場」へと変貌していた。
ミオが二人に課したのは、三人の役割を完全に連動させる、実践的な魔力循環修行だ。
「……いい? パーティーは、一人が欠けても……おかずが足りない食卓と同じ。……完璧なバランスが必要」
ミオが中央に座り、その周囲を一ノ瀬とルナが囲む。
二人の手には、お馴染みの「生卵」。だが今回は、ただ持っているだけではない。
『お嬢さん、準備はいいですね。……では、密度を上げます』
周防が合図を送ると、ミオは頷き、黄金の霊圧をドッと溢れ出させた。
「ぐ、あああああッ! なんだこの重圧は……! 前よりも、数倍重い……っ!」
一ノ瀬が膝をつきそうになる。
ミオは目を閉じ、隣で響く獅子王の豪快な助言を自分の言葉に直して伝えた。
「……一ノ瀬くん、頭で考えすぎ。……『牙』は、ただ鋭いだけじゃ折れるよ。……気配を消すんじゃなくて、意識の針を極限まで研いで、私の圧力の『隙間』を突いて」
「隙間だと!? こんな、壁のような圧力のどこに……!」
「……あるよ。……ほら、ここ」
ミオは座ったまま、自分も両手に生卵を持ち、同時に自身の「卵修行」の最終段階を見せつけた。
彼女は自分の霊圧をあえて不規則に激突させ、自らの中に「嵐」を作り出す。
その暴風域の中で、ミオが持つ卵は、割れるどころかピクリとも動かない。
「……っ!? 自分の霊圧の中で、さらに精密な制御を……!? なんて次元の技術だ……!」
一ノ瀬は戦慄した。
ミオは弟子を教える傍ら、自分もまた、師匠たちから課された「霊圧の多重衝突制御」という、常人なら脳が焼き切れるような修行を平然とこなしていたのだ。
「……ルナ、次は影が来るよ。……影縫……じゃなくて、私から教えた『影の歩法』。……背後の気配を、肌で感じて。……衝撃は全部、地面に逃がすの」
「はい、……師匠ぉぉ……ッ!」
ミオの影が意思を持つように伸び、ルナの足首を狙う。
これはミオが影縫から教わった「奈落の触手」を、修行用に弱めて再現したものだ。
ルナは、一ノ瀬が受け流しきれなかった余波と、ミオの影からの奇襲、その両方を一身に受ける。
足元の地面が、あまりの負荷にメキメキと沈み込んでいく。
「……やり直し。……卵、一個につき、……肉抜き一週間。……私が食べる」
「「…………それだけは、絶対に嫌だッ!!」」
極限の空腹への恐怖が、二人の潜在能力を爆発させた。
数千回の失敗の果て。
一ノ瀬の剣が、ミオの圧力の「継ぎ目」を完璧に受け流して影を断ち切り、その直後にルナが盤石の構えで残りの衝撃を完全に無効化した。
その瞬間、三人の魔力が一つの巨大な円環を描き、黄金の突風が吹き抜けた。
「……できた。……いい、チームワーク。……おかげで、私の卵も、さらに安定した」
ミオは手に持った卵をひょいと空中に投げ、再びキャッチして見せた。殻には傷一つない。
「……はぁ、はぁ……。師匠は、僕たちに教えながら、自分もあんな高みの修行をしていたのか……。追いつける気がしないな」
「……はい。でも、師匠の背中が見えるだけで……私は、どこまでも行ける気がします!」
二人は泥まみれで倒れ込んだが、その瞳にはミオという「巨大な太陽」への深い尊敬の念が刻まれていた。
「……よし、修行終わり。……お腹空いた。……今日の夕飯、一ノ瀬くんが最高のお肉焼いてくれるって、……隣の……空耳が言ってる」
「……ああ、分かったよ。僕の魔導剣の切れ味、今度はステーキで証明してやる!」




