第四十話:『一ノ瀬の隠遁生活と、響く足音』
学園の豪華な個人修行室。
その最深部で、かつての天才・一ノ瀬は、部屋の隅にうずくまってガタガタと震えていた。
「私は石……。私はただの、どこにでもある動かない石だ。……だから、あのジャージの死神が来ても、私は見つからない……」
彼は『若獅子杯、Eランク昇格試験』でミオの圧倒的な力を見て以来、重度の「ミオ恐怖症」を発症していた。
学園でジャージの擦れる音が聞こえるたびに心拍数が跳ね上がり、今では日の光すら拒んで引きこもる日々。
エリートのプライドは、あの時、黄金の拳と共に粉砕されてしまったのだ。
そんな彼の孤独を、一枚の通知が破った。
「……なんだ。生徒会の連中からの嫌がらせか?」
渋々画面を開いた一ノ瀬の目が、見開かれる。
掲示板の最新スレ:『【衝撃】Eランクのドベ娘・ルナ、上級魔法を無傷で反射』
「……ルナ? あの魔力ゼロの落ちこぼれが? 嘘だろ、あいつは僕よりも遥か下にいたはずだ」
添付された動画には、爆風の中で微動だにせず、両手に「生卵」を捧げ持ったまま微笑むルナの姿が映っていた。
そして、その背後で呑気にイチゴオレを飲んでいる、憎き、そして恐ろしき「芋ジャージ」の影。
「……折原ミオ。君は、ゴミ溜めから宝石を掘り出す力まであるというのか……?」
一ノ瀬は自分の震える拳を見つめた。
自分は「天才」と持て囃され、限界を感じていた。
だが、あのルナが、死に物狂いで食らいつき、ミオの隣に立っている。
その事実に、折れていたはずの彼の心が、奇妙な熱を帯び始めた。
『……おい。坊ちゃん、いい顔になってきたじゃねえか』
一ノ瀬には聞こえないが、彼の背後の空間が歪み、獅子王の霊体が現れる。
『ミオのやつ、面白い「盾」を見つけたが、まだ「矛」が足りねえ。……この挫折を知ったガキ、磨けばいい牙になりそうだぜ』
翌朝。
いつものように屋上でルナに「空気椅子でカレーパンを食べる」という謎の修行をさせていたミオの前に、一人の影が現れた。
顔は青白く、隈が酷い。
かつての華やかさは微塵もないが、その瞳だけは、以前よりも鋭く研ぎ澄まされた一ノ瀬だった。
「…………一ノ瀬くん。……石じゃなくなったの?」
「……折原。……いや、折原さん」
一ノ瀬は、プライドの全てを捨て去るように、その場に深々と頭を下げた。
「僕を、……僕を弟子にしてください! 才能の限界なんて、もう聞き飽きた! 僕も、ルナのように……君の隣で、本当の強さを知りたいんだ!」
ルナがカレーパンを咥えたまま、「えっ、ライバル!?」という顔で固まる。
「……一ノ瀬くん。……私の修行、地獄だよ? ……あと、朝ごはんは交代で作るんだよ?」
「……っ! 毎日、最高級のステーキでも何でも作ってみせる! だから……!」
ミオは一ノ瀬の瞳に、かつてのカイトのような「虚栄」ではなく、純粋な「渇望」があるのを見た。
「……いいよ。……ちょうど、一ノ瀬くんの剣、細くて……お箸の代わりにちょうどいいと思ってたから」
「お、お箸……? まあいい、何でもいい! 感謝する、師匠!」
ここに、黄金の魔王、不動の盾、そして再起を誓った鋭い牙(一ノ瀬)による、学園史上最も「偏食」で「最強」の三人パーティーが結成された。




