第三十九話:『不動の原石:地獄の卵修行』
特訓開始から三日。
旧訓練場の隅で、ルナは文字通り「死にかけて」いた。
彼女が課されているのは、ミオが獅子王から伝授された基礎中の基礎。
両手に生卵を持ち、そのままの状態で、ミオが放つ強烈な威圧感に耐えながら「空気椅子」を維持するというものだ。
「……はぁ、……はぁ……っ!」
ルナの全身は、自分の意志とは無関係にガクガクと震えている。
高密度の魔力が体内で暴れ、筋肉が悲鳴を上げていた。
「……ねぇ、ルナ。……無理しなくていいよ。……やめたかったら、今すぐその卵、割っちゃっていいから」
ミオは傍らで、購買のイチゴオレを飲みながら淡々と告げた。
その瞳に冷たさはない。
ただ、この修行の過酷さを誰よりも知っているからこその、本気のアドバイスだった。
「……探索者なんて、ならなくても生きていける。……危ないし、お腹空くし、ジャージも汚れる。……ルナは、もっと楽な道を選んでも、誰も怒らないよ」
ミオが手を差し伸べようとした、その時だった。
「…………い、やです」
ルナが、震える声で絞り出した。
指先は白くなり、卵の殻が今にも砕けそうなほど力が入りそうになる。
だが、彼女はそれを超人的なコントロールで「生かして」いた。
「……私、ずっと……『無能』だって、言われてきました。……家族にも、先生にも、昨日の上級生にも……。でも、ミオ様だけは……私のことを『重すぎるだけだ』って……初めて、認めてくれた……!」
ルナが顔を上げる。
その瞳には、かつて影縫が戦場で見た「生きたい」と願う少女のような、強烈な光が宿っていた。
「……ここで、やめたら……一生、泥の中に逆戻りです。……そんなの、死ぬより……お腹が空くより、ずっと嫌です……ッ!」
**ドクン、**と。
ルナの心臓が大きく脈打った。
内にこもっていた高密度の霊素が、彼女の「根性」という熱に焼かれ、一気に全身の細胞へと浸透していく。
『……ほう。覚醒しましたね』
周防が感心したように呟く。
『がはは! いい根性だ! ミオ、お前の目に狂いはなかったな!』
その時、折悪しく、例の上級生たちが「取り巻き」を引き連れて戻ってきた。
「おいおい、また変な宗教ごっこか? 芋ジャージに教わって何になるんだよ、この木偶が!」
リーダー格の男が、嫌がらせに中級魔導『爆炎の弾丸』をルナの至近距離に放った。
爆発の衝撃と熱風がルナを襲う。
「……ルナ、避けて!」
ミオが叫ぼうとしたが、止めた。
ルナは、動かなかった。
逃げず、怯えず、空気椅子の姿勢のまま、ただ「そこに在る」ことに全神経を集中させた。
ドォォォォォン!!
爆煙が晴れた後、上級生たちは絶句した。
ルナは、擦り傷一つ負っていなかった。
それどころか、彼女の周囲数センチの空間が、あまりの霊素密度に「硬質化」し、炎を物理的に弾き返していたのだ。
そして何より驚くべきは――彼女の両手の卵が、まだ割れずに残っていたこと。
「……あ。……できた」
ルナがふらりと立ち上がり、ミオに向かって、泥だらけの顔で最高の笑顔を見せた。
「……合格。……ルナ、すごいね。……明日、お祝いで、カツサンド半分あげる」
「……はい! ありがとうございます、師匠!」
上級生たちは、ルナから放たれる「不動の威圧感」に呑まれ、一言も発せずに逃げ出していった。
「無能」と呼ばれた少女が、学園最強の「盾」へと脱皮した瞬間だった。




