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第三十二.1話 探索者協会の闇とCランク

王都の喧騒から隔絶された、探索者協会本部の最上階。


重厚なマホガニーの扉の向こう側には、窓から差し込む夕日が長く、赤い影を落としていた。


その部屋の主である協会長は、書類に目を落としたまま、入ってきた少女に視線すら向けない。


部屋に満ちる沈黙を破ったのは、いつもの楽観的な表情を消し、冷徹な怒りを瞳に宿した折原ミオだった。


「……カイトの件。協会は、あいつが裏で何をやっていたか、知っていて黙認していたって……本当ですか?」


ミオの声は低く、地を這うような響きを含んでいた。


カイト。Bランク探索者でありながら、避難民を魔獣の餌にして自らの利益を得ようとしていた男。


ミオが彼を「排除」しなければ、さらに多くの犠牲者が出ていたはずだった。


協会長はようやく顔を上げた。深く刻まれた眉間の皺が、彼が背負う職務の重圧を物語っている。


彼は感情の読み取れない無機質な声で、短く答えた。


「本当だ」


肯定の言葉があまりに呆気なく放たれたことに、ミオの肩が微かに震える。


「……どうして? 避難する人たちを、あいつは危険に晒していた。守るはずの剣を、守るべき人に向けていたのに!」


怒りに任せて一歩踏み出すミオ。


その足元から漏れ出た霊圧が、部屋の空気をピリつかせ、飾り棚のグラスを小さく鳴らした。


だが、協会長はその威圧を真っ向から受け止め、静かに言葉を返した。


「仕方がなかったのだ、お嬢さん。これがこの世界の、薄汚れた打算の結果だ」


「打算……?」


「そうだ。探索者は常に人材不足だ。特に、魔力の壁を超えてランクが上がるほど、その傾向は顕著になる。そしてな……、強大な力を手に入れ、死線を超え続けた人間ほど、どこか精神が摩耗し、人格破綻者が増えていく。それが英雄の影だ」


協会長は立ち上がり、窓の外に広がる平和な王都の街並みを指差した。


「カイトはクズだ。それは私も認める。だが、彼一人が一年に討伐する魔獣の数は、数百の一般兵に匹敵する。


彼を法で裁き、追放すれば、その穴を埋めるために死ぬ人間は、彼が犠牲にした数倍に跳ね上がる。


……彼がいなければ、もっと多くの街が地図から消えていた。だからこそ、多少の悪行には目を瞑り、その『力』だけを利用せざるを得ないのだ」


「そんなの……、ただの言い訳です」


「言い訳だとも。だが、この組織を維持するためには、綺麗事だけでは足りない。毒を以て毒を制す。その歪な均衡の上に、この街の平和は乗っているのだよ」


協会長の視線が、射抜くようにミオを捉える。


「もし、この腐った体制を変えたいと思うのなら、お前が圧倒的に強くなってくれ。カイトのような『毒』を必要としないほど、圧倒的な『正義』の物量をお前が見せてくれるというのなら、我々も喜んで体制を刷新しよう。……実際、私たちは期待しているのだ。お前のようなイレギュラーが、この淀んだ空気に変化を運んできてくれることをな」


ミオは唇を噛んだ。理屈はわかる。だが、感情がそれを拒絶していた。


「……今回の件で、お前をCランクに昇格させる。対外的には、迷宮に現れた異常個体を、勇敢な新人探索者が協力して討伐した、という美談にする。カイトの汚名については伏せさせてもらう。いいか、下手なことは言うなよ。探索者協会への不信は、巡り巡って治安の崩壊に繋がる。……この泥水を飲み込むのも、ランクを上げるということの意味だ」


ミオの脳内で、今まで沈黙を守っていた周防が、氷のように冷たく、しかしどこか慈しみを感じさせる声で囁いた。


『……お嬢さん。これ以上は無駄です。この男もまた、最悪を避けるために次悪を選んでいるに過ぎない。組織という名の巨大な鍋を維持するために、不純物を煮込み続けているのです』


(……でも、周防さん。そんなの、間違ってるよ。全然、納得できない)


『ええ、その通りです。だからこそ、あなたが変えるしかない。不純物など必要ないほど、純粋で強大な力を。……強くなる理由が、また一つ増えましたね』


ミオは深く息を吐き出した。


握りしめた拳をゆっくりと開き、協会長を睨みつける。


「……分かった。今は、それでいいです」


納得など、一ミリもしていない。だが、ここで暴れることが、亡くなった人たちの誇りを守ることにはならないことも理解していた。


「……でも、次は、全部変えるから。……私が、全部変えちゃうから」


意味深な言葉を残し、ミオは背を向けて部屋を後にした。


部屋を出て呟く

「……帰ろう。お腹、空いた」


銀色のCランクバッジは、夕闇の中でどこか煤けたような色に見えた。


それでもミオはそれをジャージのポケットに乱暴に突っ込み、一歩、前へと踏み出した。


いつか、この世界の不条理さえも、残さず平らげてしまうほど強くなるために。

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