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第三十二話:『新宿の掃除人』


 「……ああ、そうだ。これでいい」


 泥の巨人の残骸に埋もれながら、カイトが狂気的な笑みを浮かべた。  


彼は懐から、不気味に脈動する黒いアンプルを取り出し、自らの喉に突き立てた。


それは龍脈の淀みを凝縮した禁忌のドーピング剤――『魔王の血』。


「私は……白銀の英雄だ! こんな掃き溜めのような場所で、名もなきガキに終わらされてたまるかぁ!」


 カイトの絶叫と共に、周囲の泥が生き物のように集い、彼の肉体と融合を始める。  


数秒後、そこには白銀の光を内側に封じ込めた、全長五メートルの『泥の騎士』が誕生した。


Cランクの限界を突破し、一時的にBランクに迫るほどの禍々しい圧力が、地下通路をミシミシと軋ませる。


ただ無理なドーピングのせいか動きは随分遅かった


「逃げろ! あれはもうカイトじゃない、化け物だ!」  


探索者たちがパニックに陥り、我先にと出口へ駆け出す。


「…………」  ミオは逃げなかった。ただ一人、異形の怪物を見上げて静かに息を吐く。


『……お嬢さん。周囲から目撃者が消えました。……掃除の時間ですね』  


周防の声が、冷徹な事務連絡のように響く。


『へっ、派手にやるんじゃねえぞ。ここは地下だ、崩落しちまったら叙々苑の予約に行けねえからな』  獅子王が釘を刺す。


『……ミオ。私の影を貸してやる。……「一瞬」で終わらせろ』


 影縫の言葉と共に、ミオの足元の影が爆発的に広がり、地下通路の壁、天井、そして怪物の足元までを完全に侵食した。  


外部からは、ただの「停電」にしか見えない暗闇のドームが完成する。


「な、なんだ……何も見えな――」


 カイトが吠えようとした瞬間。  


ミオの姿が、物理的な予備動作なしに怪物の懐へ「出現」した。


 ――影縫流・秘儀『奈落堕とし』。


 ミオの指先が、カイトの胸の中央、霊素が最も密集する核を優しく撫でた。  


直後、怪物の巨体から、全ての音が消失した。


 ドサリ。


 泥の巨体が、まるで最初から泥水だったかのように崩れ落ち、中から抜け殻のような姿になったカイトが転がり出た。  


彼の魔力回路は、ミオの指先から流し込まれた「反転霊素」によって、根こそぎ焼き切られていた。


もはや二度と、探索者として立つことはできない。


「……あ、が……。……私の、名誉、が……」


「……名誉なんて、食べられないよ」


 ミオは、カイトが命よりも大事にしていた『龍の涙(最高級の魔宝石)』が、彼の懐から転がり落ちるのを拾い上げた。


「これ、カイトさんの自業自得ってことで……私の報酬。……いいよね?」


 ミオはカイトの返事を待たず、それをポケットに仕舞い込んだ。  


数分後、応援の探索者たちが駆けつけた時、そこには「暴走した巨人を相打ちで仕留め、力尽きた元英雄・カイト」と、どこにも姿が見当たらない「ジャージの少女」の伝説だけが残された。


 数時間後。  ミオはいつものように、結衣と並んで新宿の雑踏を歩いていた。


「もー、ミオ! 避難勧告が出た時どこ行ってたのよ! 心配したんだから!」


「……ごめん。ちょっと、……高いお宝拾ったから、お詫びに今からクレープ、二個奢る」


「えっ、マジ!? ミオ、今日は太っ腹だね!」


 ミオは、ポッケの中の重みを感じながら、夕日に目を細めた。  


カイトという「偽物の熱」は消えた。


けれど、自分の内側にある三人の師匠たちとの繋がりは、より深く、熱くなっているのを感じていた。


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