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第三十一話:『偽りの英雄、真の死神』

白銀の剣閃が、地下通路の闇を真っ二つに切り裂いた。  


カイトの抜刀は、もはや音さえ置き去りにしている。居合わせた探索者たちの目には、ただ「銀の線」が走ったようにしか見えなかったはずだ。


 だが、ミオの視界では、すべてが濃厚な泥の中を動くようにスローモーションへと変わる。


『……左斜め上、三十二度。手首の返しに連動して、霊素が剣先に凝縮されます』  

周防の「理」が、カイトの攻撃軌道を完璧にシミュレートする。


『ミオ、動くな。……限界まで引きつけて、奴の「虚」を突け』  

影縫の冷徹な声が、ミオの神経を氷のように研ぎ澄ませた。


 キィィィィィィィン!!


 金属音が、閉鎖された通路に響き渡った。


カイトの白銀の剣を止めたのは、ミオの武器ではない。彼女の「左手」だった。


「……なっ!?」


 カイトの瞳に、初めて狼狽が走る。


ミオは、卵を割らずに走る修行で得た極限の指先制御を使い、カイトの剣の「腹」を側面から叩き、その軌道をわずか数ミリだけ逸らしていた。  


白銀の刃はミオの頬をかすめるに留まり、代わりにミオの懐はガラ空きになる。


『今だ! ミオ! その「英雄」のツラを、地の底まで叩き込んでやれ!!』  


獅子王の咆哮が、ミオの右拳に爆発的な霊素を送り込んだ。


「……私の街を、壊させない」


 ――獅子王流・一撃『崩山ほうざん』。


 溜めに溜めた右拳が、カイトの鳩尾を正確に捉えた。  


それは、五千万の魔石を飲み込み、井戸の底で作り替えられたミオの「新しい肉体」による、初めての全力の一撃。


 ドゴォォォォォォォォン!!


 爆圧。  


カイトの体は、白銀の防具ごとくの字に折れ曲がり、弾丸のような速度で背後の「泥の巨人」へと突っ込んでいった。  


巨人の巨躯がカイトの激突によって粉砕され、黒い泥が周囲に飛び散る。


「が、は……っ! あ……リエ、ナイ……。私が、Eランクの小娘に……!」


 泥まみれになり、血を吐きながら崩れ落ちるカイト。  


その白銀の髪は汚れ、優雅だった面影は微塵も残っていない。


「……カイトさん。あなたは『熱くない』って言ったけど、……今の拳は、ちょっと熱かったでしょ?」


 ミオはジャージの袖で頬の傷を拭い、冷たい視線で彼を見下ろした。  


周囲で避難していた探索者たちは、呆然と立ち尽くしている。


憧れの英雄が泥にまみれ、無名のジャージ少女が、その上に死神のような静寂を纏って立っているのだから。


『……お嬢さん、お見事です。ですが、カイトはこれでもCランク。……泥の巨人の核を吸収して、最後の手に出るつもりのようです。』


「……しつこい人は、嫌われるよ」


 ミオの影が、ドロリと広がる。  


カイトを、そして暴走する泥の巨人を完全に「処理」するため、ミオは影縫から授かった「真の闇」を解き放とうとしていた。


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