第三十話:『白銀の仮面と、泥の罠』
新宿駅構内。地下通路は、天井から滴り落ちる黒い泥状の魔力によって、異様な臭気に包まれていた。
逃げ遅れた探索者たちの悲鳴を切り裂き、カイトの白銀の剣が閃く。
「下がっていろ、雑魚共。邪魔だ」
カイトが軽く腕を振るだけで、泥の巨人の触手が次々と切断されていく。
その鮮やかな戦いぶりに、周囲からは「さすがはカイトだ!」「助かった!」と歓声が上がる。
だが、ミオの隣で周防が冷たく囁いた。
『……お嬢さん、違和感に気づきましたか?』
「……うん。あの人、避難を助けてるように見えて、実は追い込んでる」
カイトの攻撃は、巨人を倒すためではなく、一定の方向へ「誘導」するために放たれていた。
逃げ道だと思われた通路の先は、龍脈のエネルギーが最も不安定な結節点。
そこへ巨人と探索者たちを追い込めば、何が起きるか――。
『がはは! あの野郎、白銀の英雄面して、裏じゃ「餌」を撒いてやがる! あの巨人をわざと暴走させて、龍脈の噴出を引き起こす気だぜ!』
獅子王の声に怒りが混じる。
カイトの狙いは、龍脈が逆流した瞬間にのみ生成される、伝説級の触媒『龍の涙』。
そのために、居合わせた探索者たちや街の被害など、彼は最初から計算に入れていなかった。
「……折原さん。君も手伝ってくれるかな? 右側の触手を止めてくれれば、私がトドメを刺せる」
カイトが、爽やかな、けれど温度の全くない笑顔でミオに呼びかける。
その白銀の剣先が、わずかにミオの喉元を向いていることに、一般の探索者は誰も気づかない。
「……カイトさん。それ、右を止めたら、後ろの避難民に泥が直撃します」
「……ふむ」
カイトの目が、一瞬で爬虫類のような冷酷な光を宿した。
「君は、少し視界が良すぎるようだね。……『美味しいものを食べたい』というのは、嘘だったのかな?」
「……嘘じゃないです。でも、みんなが死んだら、美味しいお店も無くなっちゃうから」
カイトは呟く「僕ら探索者がもっと強くなれば、結果的に救われる人は増えるだろう。少数の犠牲は仕方ないものだよ」
ミオが静かに構えをとった。
ターゲットは泥の巨人ではない。
その隣で、白銀の光を纏いながら「絶望」を演出しようとしている英雄。
『お嬢さん、指示を出します。……カイトの剣速はあなたの二倍。ですが、剣筋の「癖」は、既に影縫さんが見抜いています』
『……クク、ああ。奴の剣は美しすぎる。美しすぎるものは、折るのが容易い』
「カイトさん。……あなた、全然『熱く』ないです。冷たくて、気持ち悪い」
ミオの言葉に、カイトの周囲の空気が凍りついた。
英雄の仮面が剥がれ落ち、そこには醜悪なまでの選民思想に染まった「悪」の貌があった。
「……残念だよ。ここで君も、『巨人に食われた英雄の一人』として、私の名声を飾るはずだったのに」
白銀の閃光が、今度は明確にミオの心臓を目がけて放たれた。




