第二十九話:『黄金と白銀の交差』
その日は、朝から空気が震えていた。
新宿の探索者ギルド支部。普段はCランク以下の探索者で賑わうその場所に、場違いな「熱量」が持ち込まれた。
自動ドアが開いた瞬間、雑談していた探索者たちが一斉に沈黙し、左右に割れた。
白銀のコートを翻し、一人の男が歩いてくる。――Cランク、『閃光のカイト』。
彼はカウンターへ向かう。
その足音は無音に近いが、彼が通り過ぎるたびに、周囲の探索者たちは得体の知れない「圧力」に押され、思わず一歩下がった。
(……来た。本物だ)
ロビーの隅、自動販売機の陰で、ミオは握りしめたココアの缶が凹むほどの力で彼を見つめていた。
画像で見るより、ずっと鋭い。彼の周囲だけ、時間が加速しているかのような錯覚。
『……お嬢さん、呼吸を整えて。心拍数が上がっていますよ』
周防の静かな声。
『がはは! どうしたミオ、足が震えてるぜ。……武者震いか、それとも恋煩いか?』
獅子王がニヤリと笑う。
ミオは何も答えなかった。ただ、カイトの背中から立ち昇る「覚悟の匂い」に、魂が共鳴していた。
カイトがギルドの職員から依頼のチップを受け取り、出口へと向かう。
その通り道には、ミオが立っていた。
――一メートル。 二人の距離が、限界まで縮まる。
すれ違いざま、カイトの足が止まった。
彼は顔を向けず、ただ視線だけを、ジャージ姿の少女――ミオへと落とした。
「…………」 「…………」
カイトの瞳は、数多の深層を一人で切り裂いてきた孤独な狼のそれだった。
だが、その瞳に驚愕の色が走る。
目の前の少女の影に、自分にすら届かないほどの「巨大な三つの深淵」が渦巻いているのを、彼の天賦の才が感じ取ったのだ。
「……君か。『新宿の死神』と噂されているのは」
カイトの声は、氷が割れるような低く澄んだ響きだった。
ミオは、逃げ出したくなるような威圧感の中で、しっかりと彼の目を見返した。
「……死神じゃないです。私は、……美味しいものを、食べたいだけです」
「……そうか」
カイトの口角が、ほんのわずか、一ミリだけ上がった。
「良い目だ。……だが、その願いを通すには、この街は少し狭すぎるかもしれないな」
彼が再び歩き出そうとした、その時。
――ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!
ギルド全体に、これまでにない禍々しい「緊急警報」が鳴り響いた。
『緊急連絡! 新宿南口・地下龍脈ポイントにおいて、ランク不明の「特異個体」が出現! 周辺の全探索者は直ちに迎撃、あるいは避難誘導を開始してください!』
壁のモニターに映し出されたのは、地下鉄の通路を黒い液体のように侵食し、あらゆる物理攻撃を無効化して突き進む、巨大な「泥の巨人」だった。
「…………」
カイトが、白銀の剣の柄に手をかける。
「……食い扶持を稼ぐ時間だ。付いてこれるか、お嬢さん」
「……はい。……デザート代、稼ぎます」
黄金のオーラを纏うミオと、白銀の閃光を放つカイト。
新宿の街を舞台に、新旧二つの「最強」が並び立つ、かつてない共闘が始まろうとしていた。




