第二十七話:『渇望、あるいは伝説の背中』
「――Cランク、『閃光のカイト』。彼がまた、S級指定区域の深層から単独で生還したらしいわ」
放課後の教室、スマホのニュース画面を囲むクラスメイトたちの声が、ミオの耳に飛び込んできた。
普段なら「報酬はいくらだろう」としか考えないミオだったが、添えられていた一枚の画像に、初めて箸を止めた。
それは、崩壊したダンジョンの出口に立つ一人の男の背中だった。
ボロボロのコートを纏い、手にした剣からは白銀の霊素が物理的な熱量を持って溢れ出している。
その周囲の空間だけが、まるで「世界そのものに拒絶されている」かのように歪んでいた。
(……この人、重い)
画像越しですら伝わってくる、圧倒的な「密度」。
それは、獅子王の剛勇とも、影縫の暗影とも、周防の理知とも違う。
自らの命を極限まで燃やし続けなければ到達できない、生身の人間としての「極致」の匂いがした。
「……ミオ? 顔、赤いよ? 熱でもあるの?」
結衣が心配そうに覗き込むが、ミオの視線は画像に釘付けだった。
『……ほう。お嬢さん、お目が高いですね。この男……「理」を捨てて「純粋な速度」だけで世界の壁を突破しようとしています。非常に非効率、かつ狂気的な強さだ』
周防の分析に、珍しく感心の色が混じる。
『がはは! いい面構えだ! こいつは俺たちの時代の英雄どもと同じ匂いがしやがる!』
獅子王が膝を叩いて笑う。
「……私、会いたい。この人と戦ったら、もっと……」
ミオの胸の奥が、かつてないほど激しく脈動していた。
金のためでも、家のためでもない。もっと根源的な、強い個体に対する純粋な憧憬と、それを超えたいという本能的な渇望。
『……恋、か。……いや、これは「修羅」への片思いだな』
影縫が不敵に囁く。
その日の夜。ミオは井戸の底ではなく、屋敷の屋根の上に立っていた。
五千万の魔石から得た新しい肉体。以前よりも遥かに鋭くなった感覚。
けれど、あの画像に映っていた「白銀の熱」には、まだ届かない。
「……獅子王、もっと。……周防、もっと速く。……影縫、もっと深く」
ミオの全身から、金色の霊素が炎のように立ち昇る。
月明かりの下、少女は誰に命じられることもなく、ただ一つの「背中」を追いかけるように、狂ったような速度で素振りを始めた。
一撃。空気が爆ぜる。
二撃。屋敷を囲む龍脈が共鳴し、大地が震える。
今のミオには、報酬のケーキも一千万の札束も見えていなかった。
ただ、あの白銀の閃光の中に自分を叩き込みたい。
その一心で、彼女は「女子高生」という殻を脱ぎ捨て、一人の「求道者」として覚醒し始めていた。




