第二十六話:『看板娘と、三つの「お断り」』
卵の修行により、ようやく「箸を折らずに食事をする」平穏を取り戻したミオ。
しかし、彼女を放っておかない連中がいた。
若獅子杯での無双、そして国立特区での爆発的な戦果。
もはや隠しきれなくなったその実力を、自流派の「看板」として取り込もうとする大手道場たちが、一斉に動き出したのだ。
放課後の校門前。
そこには、高級車が三台並び、黒帯を締めた屈強な男たちが、まるで映画の撮影のように整列していた。
「……うわぁ、また変なのがいる」
ミオは結衣の背後に隠れるようにして校門を出ようとしたが、即座に包囲された。
「折原ミオ殿! 我らは『剛拳会』! 先日は我が師範代が不覚を取りましたが、君の才能は我が会の『剛』を継ぐにふさわしい! 移籍金として二千万円、さらに特待生として学費全額免除を提示する!」
「……二千万」 ミオの耳がピクリと動く。
『お嬢さん、いけません。剛拳会の術理は筋肉に頼りすぎる。あなたの精密に作り替えられた骨格が、ゴリラのように退化してしまいますよ』
周防の冷ややかな声。
そこへ、別の集団が割って入る。
「笑わせるな! 彼女の身のこなしは我が『神刀流』の極意に近い。折原殿、我が道場の最高師範として迎えたい。年間契約料三千万、都内にマンションを一棟提供しよう」
「……マンション一棟」
ミオの瞳がドルマークに染まりかける。
『ふん、片腹痛いわ。あんな鈍ら(なまくら)を振り回す流派に入れば、お前の「眼」が腐るぞ。ミオ、金に魂を売るな。お前には既に、世界で唯一の師がいるだろうが』 影縫が不機嫌そうに影を揺らした。
最後の一人は、優雅な着物姿の老婦人だった。
「『月影流』です。私たちは貴女の持つ『闇』を正しく管理する術を知っています。報酬は望むままに。……どうかしら?」
『がはは! 管理だと? 面白いことを抜かしやがる。ミオ、こいつらに言ってやれ。俺たちの「月謝」は、お前が食う肉の味だってなぁ!』
獅子王が豪快に笑い飛ばす。
ミオは、三つの勧誘を交互に見つめ、深く、深いため息をついた。
そして、カバンの中から食べかけの「高級チョコ」を一口かじり、静かに告げた。
「……全部、お断りします。私は、もうお師匠様(幽霊)にお月謝払ってるので。……あと、私の流派は『実家流』なんです。忙しいので、失礼します」
「実家流……!? 聞いたこともないが、あんなデタラメな強さが独学だというのか……!」
呆然とする勧誘員たちを置き去りにして、ミオは結衣と一緒に走り出した。
「ミオ、あんた本当にかっこいいんだか、ただの変人なんだか……」
「……ゆい、走ったらお腹空いた。三千万のマンションより、今は肉まんが食べたい」
ミオの背後では、三人の師匠たちが「実家流、悪くない響きだ」と、満足げに微笑んでいた。
だが、この「お断り」が、面子を潰された道場連合による、実力行使へと繋がることをミオはまだ知らない。




