第二十五話:『生卵と死神』
「……無理。もう、六十個目」
ミオは台所で、無惨に砕け散った卵の殻と黄身の山を前に、力なく項垂れていた。
Cランク級の肉体を手に入れた代償は、あまりにも大きかった。
お箸を持てばポッキリと折れ、ドアノブを回せばネジ切れる。
今のミオは、戦車が女子高生の皮を被っているような状態だった。
『お嬢さん、泣き言を言わない。器(肉体)が強くなったのなら、それを制御する「理」もまた、一段階上げねばなりません』
周防がエプロン姿(の幻影)で、新しい卵のパックを差し出す。
今回の修行内容は至極単純。
「生卵を一つ、掌で包み込むように持ち、そのまま影縫流の歩法で屋敷の庭を全力疾走。一周して、ヒビ一つ入れずに戻ってくること」
「……歩法の衝撃だけで、卵が爆発するんだけど」
『がはは! 当たり前だ! 足の踏み込み、腰の捻り、そのすべての振動が腕に伝わってる証拠だ。全身の筋肉をバラバラに動かせ。剛を柔に、柔を剛に。瞬時に変換するんだよ!』
獅子王が庭で豪快に笑いながら、見本のつもりか、空中で巨大な岩をジャグリングしている(もちろん霊力で浮かせているだけだが、威圧感がすごい)。
『……ミオ。卵を「物」だと思うな。自分の「心臓」だと思え。……あるいは、五千万の魔石だと思え』
影縫のアドバイスが一番、ミオの心に刺さった。
「……五千万。……これは、五千万」
ミオは深呼吸をし、五千万(卵)をそっと右手に乗せた。
指先の感覚を極限まで研ぎ澄ます。
筋肉を強固な鋼にするのではなく、龍脈のエネルギーを緩やかに流す「導管」のようにイメージする。
――影縫流・歩法『残影』。
ミオの姿が掻き消えた。
庭の芝生が激しくなびく。
コンマ数秒で庭を一周する超高速移動。
だが、その最中、ミオの脳内では周防が凄まじい速度で演算を繰り返していた。
『右足着地、衝撃波発生――腕の筋肉で相殺。左旋回、遠心力増大――指先の霊素密度を下げて圧力を逃がせ!』
ピタッ、と。
ミオは元の位置に着地した。
息を乱し、全身から湯気を立てながら、ゆっくりと右手の掌を開く。
そこには、無傷の生卵が一つ。
「……できた。……できたよ、影縫」
『……ふん。ようやく赤ん坊のハイハイが終わった程度だ。次は、その卵を「五個」ジャグリングしながら、私の投げるクナイを全弾回避してもらう』
「……鬼。死神。……一千万返して」
『返してもらうのはお前だ、ミオ! ほら、次のパックだ!』
修行は夜通し続いた。
翌朝、登校したミオの指先は、羽毛に触れるような繊細さと、山をも砕く剛力を完璧に使い分けられるようになっていた。
だが、そんな彼女の背後に、ついに「国外」からの刺客が忍び寄る。




