第二十三話:『脱皮(メタモルフォーゼ)』
井戸の底に籠もって三日。
五千万の魔石は、その輝きをミオの肉体に吸い取られ、今やただの石ころのように白く濁っていた。
「……はぁ、はぁ……」
井戸から這い出してきたミオの姿は、以前とは決定的に異なっていた。
肌は透き通るように白く、それでいて鋼のような質感を秘めている。
隈のひどかった瞳は、龍脈の深淵を写したような深い輝きを湛え、一歩踏み出すごとに、周囲の空気が重力に引かれるように震えた。
『シンクロ率、常時二〇%を維持。肉体の「器」としての強度は旧来の三倍……。お嬢さん、おめでとうございます。これでようやく、死なずに戦うためのスタートラインです』
周防が、ボロボロになったミオに清潔なタオルを差し出す(実体はないが、霊気で浮かせて運んでいる)。
「……体、重い。……お腹、空きすぎて死ぬ」
ミオは力尽き、庭の芝生に大の字に倒れ込んだ。
骨が組み変わり、筋肉が超高密度の霊素繊維へと変貌した代償として、凄まじい飢餓感が彼女を襲っていた。
翌朝。
数日ぶりに登校したミオを、校門の前で結衣が待ち構えていた。
「ミオ! あんた、連絡もなしに休んで……って、えっ!?」
駆け寄ってきた結衣が、ミオの数歩手前でピタリと足を止めた。
彼女の野生的な勘が、警報を鳴らしていた。
「……ミオ? あんた、なんか、縮んだ? ……いや、逆? なんか、ものすごく『濃く』なってない!?」
「……ゆい。おはよ」
ミオが声をかけた瞬間、結衣の頬をピリッとした静電気のような感覚が走った。
ミオ自身は抑えているつもりだが、作り替えられた肉体から溢れ出す霊素が、無意識に周囲の現実を歪めているのだ。
「あんた、その肌……何使ったらそんなにツヤツヤになるわけ? ……っていうか、その腕!」
結衣がミオの腕を掴もうとしたが、触れる直前、ミオの体が「自動的」に回避運動をとった。 影縫の技術が反射にまで染み込み、親友の接触ですら「攻撃」と誤認しかけるほどの過敏さ。
「……ごめん。ちょっと、最近……特訓がきつくて」
「ちょっとじゃないでしょ! あんた、今の感じ……陸上部の私でもわかるよ。今のあんたと並んで走ったら、私、風圧で飛ばされる気がする」
結衣は呆れ半分、恐怖半分といった顔でミオを眺めた後、ポンとミオの背中を叩いた。
「……まあいいや。生きてるなら合格! ほら、購買の焼きそばパン、今日は私がおごってあげるから!」
「……! 焼きそばパン……三つ食べたい」
「欲張りすぎ! 一個だよ!」
いつもの軽口。
けれど、ミオの背後では三人の師匠たちが、結衣を見つめて品評を始めていた。
『……あの小娘。ミオの変貌を本能で理解しながら、それでも踏み込んできましたか。胆力だけならCランク級ですね』
周防が感心したように呟く。
『がはは! いい親友じゃねえか。ミオ、そのパンを食って、その「新しい体」に馴染ませろ。今日の放課後は、その出力でどれだけ動けるか、実戦形式で試すからな!』
ミオは焼きそばパンの誘惑に目を輝かせながらも、自分の内側に宿る「制御不能なほどの力」に戸惑いを感じていた。
放課後。
新しく手に入れた「Cランク級の肉体」を試すために、ミオは誰もいない演習場へと向かう。
そこで彼女を待っていたのは、協会の放った「抜き打ちの適正検査」という名の刺客だった。




