第二話:『唯一の退路』
嵐のような大人たちが去った後、リビングに残されたのは、破壊された壁の破片と、耳鳴りがするほどの静寂だった。
ミオはソファに深く沈み込み、震える自分の掌を見つめた。
獅子王とシンクロした右腕には、まだ熱い痺れが残っている。
「……さて。お嬢さん、勝利の余韻に浸るのも結構ですが、現実的な話をしましょうか」
周防が、何もない空間から取り出したような手帳をめくりながら言った。
「叔父様たちは追い払いましたが、それは同時に『これまでの生活支援が完全に断たれた』ことを意味します。
あなたの銀行口座の残高は? 今月の電気代、ガス代、そしてこの広すぎる家の固定資産税。……どうされるつもりです?」
ミオはハッとして、机の上に散らばった請求書の束に目を落とした。
両親の生命保険は叔父たちに差し押さえられ、今のミオは正真正銘の無一文だ。
高校生がコンビニのバイトで稼げる額など、この「事故物件」を維持する維持費の前では焼け石に水。
「クソ……。あのクズ共、追い出しただけじゃ足りなかった」 ミオが毒づく。
「ま、現代社会でガキが手っ取り早く大金を稼ぐ道なんて、一つしかねえだろ」
獅子王が、背負った大剣の柄を叩いてニヤリと笑う。
「……探索者」
ミオの口から、その言葉が漏れた。
ダンジョンが出現したこの世界において、唯一、年齢の壁を超えて実力主義で報酬が支払われる特区。それが『探索者協会』だ。
たとえ未成年であっても、適性検査をパスし、ライセンスさえ取得すれば、ダンジョンで得た魔石や素材をその場で現金化できる。
命の危険と引き換えに、一攫千金が約束された唯一の職業。
「法的にはグレーですが、探索者ライセンスは『個人事業主』としての権利を認めさせます。
それを取得すれば、あなたがこの家の主であることを公的に証明する武器にもなる」
周防が冷徹に付け加えた。
「だが、今の貴様では試験場で無様に死ぬのがオチだ」
影のように佇む影縫が、刺すような視線を向けた。
「ライセンス試験は来週。それまでに、その鈍りきった肉体に、戦士としての最低限の理を叩き込む」
「一週間……?」
ミオが顔を上げると、三人の師匠たちが、それぞれ獰猛な、あるいは冷徹な笑みを浮かべていた。
「ああ。地獄を見る覚悟はできてるか、ミオ」
獅子王がその巨大な拳を、ミオの目の前で鳴らした。
ミオは唇を噛み、そして静かに頷いた。
両親に守られ、心を殺して生きてきた日々は終わった。
これからは、この幽霊たちを「武器」にして、自分の足で立ち、自分の力で飯を食う。
「……やってやるよ。まずは何から?」
「良い返事です」
周防が満足げに頷く。
「まずは『呼吸』だ。
お前の細い血管を、霊素を通す『回路』に造り替える」
獅子王がミオを庭へと連れ出す。
夕闇の迫る庭で、古井戸の蓋がまたわずかに動いた気がした。
だが、ミオはもう目を逸らさなかった。
少女が、この歪んだ世界の頂点へと駆け上がるための、最初の第一歩が踏み出された。




