第十九話:『暴走する呪物』
黒い箱の封印が弾け飛んだ瞬間、保管庫内の温度が氷点下まで急降下した。
溢れ出したのは、どろりとした墨汁のような「怨念の塊」だ。
それはかつてこの施設で実験に失敗し、龍脈の塵となった探索者たちの成れの果て――『亡霊騎士』の姿を象り始めた。
「……っ、息が、苦しい……」
ミオの肺が、濃密すぎる霊素の毒に焼かれる。
目の前に立つ亡霊騎士は、かつてのDランク上位の実力を持っていたのか、手にしたボロボロの大剣から、ミオの防御を貫通しかねない重圧を放っていた。
『ミオ! ぼんやりするな! そいつは「理屈」が通じねえ化け物だ!』
獅子王が咆哮するが、その声すらノイズに掻き消されそうになる。
亡霊騎士が、物理法則を無視した速度で肉薄し、黒い大剣を振り下ろした。
ミオは反射的に木刀で受け止めるが――。
ミシッ……。
特注の模擬刀が、一撃で悲鳴を上げた。
重い。 獅子王の剛力で耐えても、影縫の歩法で逃げようとしても、この狭い地下空間では、怨念の影が触手のように足首に絡みついて動きを封じてくる。
『……お嬢さん、計算外です。この空間自体が、奴の「胃袋」と化している。脱出するには、奴の核を一撃で撃ち抜くしかありません。……ですが、今のあなたの出力では足りない』
周防の冷静な声に、初めて焦りが混じる。
亡霊騎士の追撃。
黒い剣閃がミオの肩をかすめ、制服のジャージが裂け、鮮血が舞った。
「あ……っ、が……!」
痛みが脳を突き刺す。
これまで「無双」してきたミオが、初めて直面する「本物の死」の予感。
『影縫、手を貸せ。……ミオ、これ以上は俺たちが「直接」お前の神経を弄る。脳が焼き切れるかもしれねえが、死ぬよりはマシだろ!?』
「……やって。……ここで死んだら、一千万が、無駄になる……!」
ミオが歯を食いしばり、意識の奥底にある「枷」を外した。
――全霊シンクロ率:十五%(オーバーリミット)。
ミオの視界が真っ赤に染まった。
右腕には獅子王の暴力的な破壊衝動。
左腕には影縫の神経を断つ冷徹な技術。
そして脳内には、周防が弾き出す「敵の原子崩壊点」へのナビゲーション。
三つの異なる力が、ミオの小さな体を戦場にして激しく衝突し、融合していく。
ミオの皮膚の下を、金と黒の紋様が血管のように走り始めた。
「……はぁ、はぁ……。……殺す。……私の、ケーキ代を、脅かすやつは……!!」
ミオは、もはや折れかかっている木刀を捨て、素手で亡霊騎士に向かって踏み出した。
それは、少女の姿を借りた「三柱の怪物」の顕現だった。




