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第十四話:『一千万の供物と、束の間の微睡み』

 「よし……。振込、確認」


 リビングのソファで、ミオはスマートフォンの画面を食い入るように見つめていた。


口座残高に並ぶ「10,000,000」の数字。


それは、これまでの「心を殺して耐えるだけ」だった日々には存在し得なかった、眩いばかりの希望だった。


「お嬢さん、品性が欠けていますよ。口角が上がっています」  


周防が呆れたように言いながらも、その手にはミオがさっそく買ってきた、一本数万円する最高級のヴィンテージ・ワインが握られている

(もちろん、霊体としてその「芳香」を楽しむためだ)。


『がはは! いいじゃねえか! 金は天下の回りもん、そして戦士の戦利品だ!』  


獅子王は、リビングの床に山積みにされた特上A5和牛のパックを前に、鼻歌を歌っている。


ミオが奮発して買ってきた肉の量は、もはや一般家庭の消費量を超えていた。


「……今日は、修行お休みでいい?」


「……。ま、これだけの『対価』を持ってきたんだ。一晩くらいは、英気を養うがいい」  


影のように佇む影縫でさえ、ミオが買ってきた「漆黒の特注砥石」を珍しそうに眺め、上機嫌のようだった。


 その夜、龍脈の終着点であるこの屋敷は、かつてないほど「賑やか」な空気に包まれていた。


 キッチンでは、ミオが獅子王の指導(という名の怒号)に従い、贅沢に肉を焼いている。


「火力が弱え! 霊素で熱を閉じ込めろ! 肉の細胞を殺すな、蘇らせろ!」


「……無理。フライパン溶ける」  


そんな軽口を叩き合いながら、ミオは不器用な手付きで、しかし最高に美味しそうなディナーを完成させていった。


 ダイニングテーブルには、人間一人と、三人の伝説の霊。  


ミオは肉を頬張り、師匠たちは供えられた線香と酒の香りを、龍脈のエネルギーと共に吸い込む。


「……ねえ、周防。私、これからも勝てるかな」


 ふと、ミオが零した。  


一千万という大金を手にし、最強の力を手に入れつつある。


けれど、その力の根源は、この「死者たち」との繋がりだ。


「お嬢さん、勘違いしてはいけません」  


周防が静かに、だが力強く言った。


「我々が教えているのは、あなたが生き残るためのすべです。あなたが勝つのは、我々の力ではなく、あなたが『生きる』と決めたからです。……その意思がある限り、あなたは負けません」


『そうだぜ、ミオ。お前はもう、ただの「器」じゃねえ。俺たちの技を食らって、自分の血肉にした「戦士」だ』  


獅子王が、大きな手でミオの頭を乱暴に撫でる。


実体はないはずなのに、そこには確かな「熱」があった。


 食後、ミオは一人、夜の庭へ出た。  


井戸の前に立ち、最高級の肉一切れと、赤ワインを供える。


 ズズッ、と。  


井戸の蓋が鳴り、供物が瞬時に「無」へ帰る。


龍脈は今日も静かに、だが力強く脈動している。


 ミオは夜空を見上げた。  


明日からはまた、学校に行き、安い依頼をこなし、地獄の修行が待っている。  


けれど、今の彼女の心は「空っぽ」ではなかった。


「……叙々苑、予約しなきゃ」


 親友との約束を思い出し、ミオは小さく微笑むと、師匠たちが待つ温かい家の中へと戻っていった。


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