第十一話:『強欲な地獄修行』
「――優勝賞金、一千万円……ッ!?」
リビングに広げられたチラシを指先でなぞりながら、ミオの目がかつてないほど血走っていた。
それは『若獅子杯・Fランク武道大会』。新人探索者のレベル底上げと、各道場の宣伝を兼ねた、ギルド公認の大規模コンテストだった。
「お嬢さん、目が金貨になっていますよ」
周防が呆れたように紅茶(の香りを吸い込む儀式)を嗜む。
「……だって、一千万。これがあれば、屋敷の固定資産税三年分と、あの古井戸の補強工事と、最高級のケーキが毎日食べられる」
『がはは! 面白そうじゃねえか! だがなミオ、この手の大会は各地の有名道場が「看板」を背負って有望株を送り込んでくる。今のままの「我流もどき」じゃ、数に押されてボロが出るぜ』
獅子王が腕を組み、不敵に笑う。
「……だから、教えて。絶対に、一撃で、誰も文句を言えないくらい完勝する方法」
ミオの「強欲」なまでの決意に応えるように、三人の師匠たちが、かつてないほど冷徹な、あるいは獰猛な笑みを浮かべた。
そこから三日間。ミオの生活は「効率的な地獄」へと変貌した。
「……あ、あが、あ……ッ!」
庭の龍脈の噴出口で、ミオは獅子王から渡された「重い霊気の塊」を全身に纏い、四股を踏んでいた。
一歩踏み出すごとに、足元の石畳が砕け、全身の毛細血管から霊素が火花を散らす。
『甘い! 筋力だけで耐えるな、骨で支えろ! 骨の隙間に霊素を編み込め!』
獅子王の剛の指導。
『……次は私だ』
意識が飛びかけた瞬間に、影縫がミオの視界から「意味」を奪う。
目隠しをされた状態で、四方八方から飛んでくる礫を、殺気だけで読み取り、最小限の首の傾げだけで避ける。
『……殺気は「風」です。皮膚で読み、脳で処理する前に体が動くように「反射」を書き換えなさい』
さらに、意識の深淵では周防が、大会に出場する主要な道場の「流派」と「弱点」を、膨大なデータとしてミオの脳に流し込み続けていた。
『神刀流は右足の踏み込みが三ミリ深い、剛拳会は呼吸の瞬間に脇が開く……。お嬢さん、武術とは物理学と心理学の複合です。力で勝つのではなく、相手が「負けるしかない理由」を突きつけなさい』
そして大会前日。
学校の教室で、ミオはもはや「眠る」ことすら忘れ、虚空を見つめて指を微かに動かしていた。
脳内シミュレーション。数千通りの「勝利」を反芻しているのだ。
「……ミオ? 大丈夫? なんか、今日のあんた、触れたら切れそうなんだけど……」
親友の結衣が、おそるおそる声をかける。
「……ゆい。一千万あったら、何が食べたい?」
「えっ、焼肉? 叙々苑的な?」
「……了解。叙々苑、予約しとく」
ミオは立ち上がり、静かに教室を後にした。
その背中には、もはや女子高生の儚さはなく、獲物を狩る直前の、研ぎ澄まされた刃のような鋭利な空気が纏わりついていた。
『準備は整いましたね、お嬢さん。……さて、全道場の顔に泥を塗りに行きましょうか』
周防の優雅な声が、死神の号令のように響いた。




