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第九十九話:小さな光


 井戸の縁から立ち上がり、家に戻ろうとしたその時だった。


 ――ふわり。


 深い闇に包まれつつあった古井戸の底から、淡い光がこぼれ出した。  かつて世界を滅ぼそうとした禍々しい霊素ではない。それは、春の夜に舞う蛍のように、優しく、どこか懐かしい輝きだった。


「……えっ?」


 ミオが足を止めると、光は三つの小さな球体となって、井戸の淵を越えてふわりと浮き上がってきた。  一つは、燃えるような情熱を宿した黄金の光。  一つは、深い知性と静寂を湛えた群青の光。  一つは、夜の帳に溶け込むような漆黒の光。


 光たちは、まるで再会を喜ぶかのようにミオの周りをくるくると回った。


「師匠……たち……なの?」


 ミオが震える手を差し出すと、黄金の光が彼女の掌にそっと着地した。その瞬間、頭の中に懐かしいダミ声が響く。


『ガッハッハ! 湿っぽい顔をするなと言っただろうが、ミオ!』


「獅子王師匠……っ!」


『……相変わらず、少し目を離すとすぐに泣きそうな顔をしますね。お弁当の卵焼きは、もっと甘い方が好みですよ』  群青の光が肩に止まり、周防の冷静な、けれど慈しみを含んだ声が聞こえる。


『……元気に、していたようだな。それでいい』  影縫の声が、耳元で風のように囁いた。


 彼らは、消え去ったわけではなかった。  あの日、ミオのアーカイブとしての役目を終えた彼らは、世界の一部となり、ミオの歩む平和な日常を見守る「守護精霊」のような存在へと変わっていたのだ。


「みんな、ずっといてくれたんだね。私、……私、頑張ったよ。お掃除も、学校も……」


 溢れ出す涙を拭おうともせず、ミオは笑った。  彼らの姿は見えない。実体もない。  けれど、ミオの魂に刻まれた「教え」と、この小さな光の温もりがあれば、もう何も怖くはなかった。


『さあ、行け。飯が冷めるぞ。……お前の人生は、お前だけのものだ』


 獅子王の声に促されるように、三つの光は再び井戸の奥へと、あるいは夜空の星へと溶け込んでいった。    ミオは深く息を吸い込み、夜の空気の中に残る彼らの気配を抱きしめた。  もう二度と、一人ではない。  最強の師匠たちは、いつだってミオの心の中に、そしてこの平和な世界の中に生き続けているのだから。

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