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第九十七話:平穏な日々


 世田谷の折原家を囲む生垣には、今年も鮮やかな緑が芽吹いていた。  ミオは完全に探索者を引退し、両親が残してくれたこの家で、穏やかな月日を重ねていた。


 かつて禍々しい霊素が渦巻いていた庭は、今ではミオが植えた季節の花々が咲き誇る、近所でも評判の美しい庭になっている。ミオは使い古された、けれどきれいに洗濯された芋ジャージを揺らしながら、のんびりとジョウロで水を撒いていた。


「……平和だなぁ」


 その呟きに、かつてのような「修行しろ!」という怒鳴り声は返ってこない。けれど、静寂は決して寂しいものではなかった。この静けさこそが、パパとママ、そして三人の師匠たちが命を懸けて守り抜いた「戦果」そのものだと知っているからだ。


 そんな穏やかな午後、庭のチャイムが賑やかに鳴った。


「ミオさーん! 遊びに来ましたわよ!」 「折原、特売のアイス、差し入れだぞ」


 ルナと一ノ瀬だった。ルナは相変わらず華やかな私服姿だが、手にはスーパーの袋を下げている。一ノ瀬は道場での厳格な顔をすっかり崩し、ミオの庭の縁側にどっしりと腰を下ろした。


「……あ、二人とも! ちょうどお茶にしようと思ってたんだ」


 やがて、九条院も高級車で乗り付けてきた。彼は「公務のついでだ」と毒づきながらも、最高級の和菓子をテーブルに置く。少し遅れて、執筆活動の合間を縫って結衣も駆けつけてきた。


「みんなが集まると、やっぱりこの家は賑やかだね」


 結衣が笑いながら、ミオの隣に座る。  話題は、一ノ瀬の門下生の成長ぶりや、九条院の次なる政策、そしてルナの教え子たちの失敗談など、尽きることがない。かつてのように世界滅亡の危機を語る必要はもうない。今の彼らの悩みは、仕事のことや、週末の予定といった、どこまでも「普通」のことばかりだった。


「ミオさんは、本当に引退して良かったんですの?」  ルナがふと、愛おしそうに庭を眺めるミオに問いかけた。


「うん。……私ね、今が一番幸せ。みんながこうして遊びに来てくれて、美味しいものを食べて……。師匠たちが私を『自由』にしてくれた意味、最近やっと本当に分かった気がするんだ」


 ミオの言葉に、仲間たちは温かな眼差しを向けた。  英雄としての役目を終え、ただの「折原ミオ」として生きる彼女の横顔は、誰よりも輝いて見えた。


 陽が傾き、仲間たちがそれぞれの帰路につく。  一人になったミオは、夕暮れに染まる庭を見つめながら、ふっと古井戸の方へ目を向けた。

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