SCORE2:アップル・イン・ザ・スカイ Ⅱ
「今日は二本立てだ!」
「おうおう強引だねえ!」カールも、こちらも、顔を歪めながら笑うのだった。・・・だから女子に好かれない。
「今日は気前がいいからさ!」・・・三章の修正が中々てこずっていることはカールには言わない。言うものか。
こうして移民局についた二人だが、彼らは白い目で見られた。無理もない。制服組の武官が文官の「領地」に土足で入ってきたからだ。
「おい、まただぜ・・・。」
奥で職員の誰かがそう言った。いくら戦争の英雄で大佐とはいえ、その階級だけで市民を威圧することは承知だった。それも、武官が難民に対し(それもかなり荒いやり方で)志願を勧める人が多く、それが役所の人の怒りの容量をさらに縮めていたからだ。そして、今回はさらに特殊であった。が、そんなことはローゼンバーグには関係ない。
ローゼンバーグは窓口に立ってこう言った。
「こんにちは。あの・・・スカウトとか強制退去命令とかじゃありませんので、安心してください。ただ、どういう状況だったか、少し気になっただけです。」
人当たりの良さそうな、ちょっとした偽スマイルで演じると、彼を知っているらしい人が奥から出てきた。
「ローゼンバーグさんかい?!これは驚いた!お元気そうで・・・。」その七〇近い、入管管理局の制服を着けたアジア系の爺さんはそう言った。
「貴方は・・・ジフンさんじゃないですか?最近見ていないなと思っていたのですが。腰の調子はよろしいので?」
「ええ。徴兵で若いもんが戦争に行っちまって人手が足りなくて。もう退職した身だというのに。再就職です。まあ、まだまだ弱音を吐いて負けていられないのでね・・・。」そう言って、ローゼンバーグとその老人の二人は笑っていた。
スズキ中佐にとってこれはとても新鮮な空気だった。大抵、軍人を見る一般市民の目は「税金泥棒」などの侮蔑か、戦争賛美の濁った目だったからだ。特に「キツネ」だった自分にとっては尚更。
「ところで、今日は何用で?」そうジフン、と呼ばれた老人は少し間を置いた後に言った。さっきと同様に心地よい空気が流れたまま。
「スカウト・・・のために来たわけじゃない。というか、自ら進んでそうしたわけじゃない。カルロスやレベッカが特殊だった。あの目を見たら断るわけにもね・・・。」そうだ。カールたちはあくまで「自ら」志願していたのだ。そう思うことにしていたローゼンバーグだった。
「彼・・・カルロス君のことは私も覚えています・・・。あなたが『痛みを知る者が戦争をする人間に回るな!』と大声で怒鳴ったとき、あの子に殴られたこと・・・。」ジフンが言った。
「いえ。あの時は、自分でも矛盾していたことは分かっていたのです。私もあの子と同様ですから・・・。」三人は黙ってしまった。元からスズキ中佐は沈黙してはいたが。
スズキ中佐がマーシャル6に所属するときにはもう既にカールたちはパイロットだった。痛みを知りながらも相手の血を屠る「仕事人」の目をして。もしかしたら、彼らが酒にしがみつく原因も、これにあったのだろうか。自分は、間違っているのだろうか。
そしてローゼンバーグはその沈黙に耐えられなくなったのか、本当の理由を言った。
「脱出艇を操縦していた人たちに少し聞きに来ただけです。あの時、通信で何を言っていたのか。重大なことを聞き逃したのではないか、と。大したことじゃありませんが。あの時は戦闘中で全然時間がありませんでしたから。」
「そうでしたか。では、お連れしましょう。」ジフンがそう言うと、彼らは移民局の五階にある大きな部屋に案内された。そこは難民を「保護」する施設でもあった。
そこで目に映ったのは、負傷者以外の難民が一時的に毛布や場所や食料が与えられている場所だった。本格的な手続きの前の一時的な「家」とでも言うべきか。
彼ら入国管理官の懸念は、軍に難民の扱いの権限を奪われ、難民がプロパガンダとして政府に使われてしまうことだ。強制的に。市民権を与えるといっても、タダではやらない。利用価値がある。ガムとして味がなくなるまで噛み続ける方が効率もいいと考えたのだろう。
軍属なり入軍なりをしない限り市民権を得られないような法律を作っていた。戦争が始まる一〇年前に。その当時から緊張は高まっていたが、そこまでひどくはなかった。が、戦争が一度起きてしまえば、ただの紙切れが人権を蔑ろにする悪魔の一文へとなってしまう。
だが、この法律には別の見方も出来なくはない。それはスパイを防ぐという役割だった。その当時から情報戦が盛んに行われ、一部宙域コロニーからの移民を制限していた。実際、軍属といっても肉体労働がメインで、一兵卒や鉱山人夫の割合が妙に多かった。軍の中枢には入れることは無い。
中佐は思った。できることなら今でもすぐに引き返したい、と。ここで騒ぎを起こしたらかえって邪魔になってしまう。そしてスパイに関わっていたという情報が知られたら目も当てられない。が、そんなスズキ中佐の心配をよそに、すたすたとローゼンバーグ大佐は難民の中で見たことのある顔を見つけては、こう話しかけた。その人はさっきの脱出艇の操縦士でもある人だった。
「こんにちは。いや、一八時間ぶり、とでも言いましょうか。」またさっきの偽スマイルでこう話しかけた。
「いえ、こちらこそ。先程は助けていただき、ありがとうございました。これで、やっと、私たちは助かるのですね・・・。」安堵のせいか彼の顔がほころんでいた。
ローゼンバーグ大佐にはカールたちがどのような会話をしていたかを聞いてはいなかったものの大方予想できた。彼らが帰投した後、「何がシューティングゲームだ・・・。」とぼやいていたのが聞こえていた。
もしや、ノクタリス側は政治犯を「処分」するために自主的に彼らを亡命させてから、宇宙のデブリの一部に、向こうの一般市民には「見えない」ようにしているのか・・・?いや、まさか。と、大佐は不謹慎ながら考えたが、さすがに話が飛躍しすぎだろう。ただ、大佐は偽りのスマイルも忘れてある重要なことを語った。
「とても言いづらいことなのですが。連邦国の憲法には一応、『難民を拒まず受け入れる』という趣旨の文言が記載されてはいます。記載は、ですが。あなた方難民が市民権を得るには、入軍なり軍属の手続きを経てから三年以上経過してから、となっています。ですので―」そう言いかけたが、最後まで言う前に彼らに動揺が広がってしまった。
「ふざけるな!戦争が嫌でここに来たんだ!」
「酷い!この子を戦争に巻き込みたくなかったのに!」半日前に助けてもらったとは思えないような言葉による応酬の数々だった。一方的に言葉で殴り続けられていたのは大佐とそれに巻き込まれる形で言われたスズキ中佐だった。
それも彼らは「過激な」平和主義者ときた。活動家みたいに率先して前に出ることはないにしても、なぜ彼らが逃げたのかが、これで合点がいった。道理で口論には強いわけだ。
メビウスの所属する〈ノクタリス〉は戦争反対者を「テロリスト」と認定し、弾圧を加速させている。そしてノクタリスは「もっと強く、そしてもっと豊かに」という富国強兵のスローガンで動いている。その為ならば、少数の意見を「悪」とみなすことも分からなくはない。そうスズキ中佐は認識したが、もう遅い。
何せ今では、自分たちは多くの人に囲まれてしまい、身動きが取れなくなってしまったからだ。大佐にもし何かあったら首だろうか。親が准将だといってもあまり迷惑はかけたくない。もっとも、これでスパイという言われようは自分たちにはないだろうが・・・。
まるですぐ目の前でボヤ騒ぎを見ている心境であるのと同時に、早く帰りたい一心だった。
しかし、ローゼンバーグ大佐は罵詈雑言に耐えながらとあることを口にした。
「皆さんがおっしゃりたいことはよく分かります。実際に戦争が嫌でここに来たにもかかわらず、こうして戦争に行けと脅されている。事実、私自身はやりたくはありません、こんなことは。ですが、これがこの国の法律なのです。武官にはどうすることもできないのです。」
周りは黙り込んでしまった。続けてこう言った。
「それに、これは必ず戦争に駆り出されるというものではありません!軍属といっても、鉱山採掘者から道路整備、兵器製造や兵士用食品プラント工場勤務。どこに行っても人手不足です。そして、我々も今はとても苦しい状況に立たされています。あなた方の支援も十分とはいかないかと思われます。ですが、このところを、どうかご協力お願いします。」そして頭を下げた。大佐という身分で。
その顔は笑顔からはあまりにも程遠く苦いものだったが、「仕方ないだろ」という圧が代わりに込められていた。そして、もう誰も非難はしなかった。
「それで、何について協力すればよいのです?」一人が言った。先程の脱出艇の操縦士だった人だ。
「はい。では一つ目。先程も申した通り軍人なり軍属になること、二つ目に情報提供。これでもし有用な情報を我々に提供するならば一つ目の期間をかなり短くできます。当たり前の話ですが、奴隷みたいに休みなしで働かせるのではなくしっかり給料も出ます。何なら、三年たっても仕事が決まるまでここで働いてもいいです。今は戦争経済ですから、民間用の仕事も幾分か少ないのです。他は・・・」
「結局我々は徴兵されてしまうというわけですか。」
「ええ。ですが期間は短くなります。『新しい要塞が〇〇宙域に建設された』みたいな情報であれば何でもいいのです。本当の情報だったらですが。とても有用な情報ならば、政府がこぞって優遇するでしょう。ただ、我々には決定権はありませんが・・・。」
「軍属の他にもあるのですか?」
「『政治的協力者』というものもございますが、政治的プロパガンダとして国営テレビなどで出続けるといったもので良いものではありません。戦争孤児たちに『あいつらが殺したんだ』、みたいな紙を持たせてコマーシャルを流すのです。ひどいものですよ。彼らのトラウマもお構いなしに・・・。もっとも、あなた方がそれを望んでいるのならば話は別ですが。」
中佐はぞっとした。かつて彼が「キツネ」に所属していた時に彼がよく行っていた仕事内容の一つであり、そのトラウマの記憶の断片を思い出したからだ。
一〇人くらいの子どもを白いスタジオに連れて行く。そして、彼らにペンと紙を持たせ、書かせる。絵ではなく、文字を書かせるのだ。ノクタリスの兵士たちへの罵詈雑言を。
泣き出す子どもを上官が引っぱたく。そして、
「こんなことで天国に旅立った親御さんの恨みが晴らされると思うのか?あぁ?!」とその子の耳元で叫ぶ。それは、鼓膜が破れかねないくらいの大音量だった。
「まだ子どもじゃないですか!」
そう言った自分に、上官は怒鳴りつけた。
「ならお前がこいつらの親になるのか?できないことを簡単に言うんじゃない!私たちにできることは、ノクタリスの悲惨さを連邦国民全員に伝えることだけだ!」
だが・・・どっちが悲惨なんだよ。そう考え込んでしまった。
事実、これで二〇〇〇人近くの人が退役した人や学生も含めて志願した。「正しい」ことなのかもしれない。だが、自分は立ち止まってしまった。そして躊躇した。ここまで子どもたちに対して冷酷にはなれなかった。慣れなかった。成れなかった。
使えない、その理由だけで前線に送られた。「脱落組」と同期に罵られながら。だが、前線の方が遥かにマシだった。それが、スズキ中佐がマーシャル6に搭乗した理由でもあった。
「とんでもない!私たちは戦争とは何にも関係ないところへと逃げ出したかっただけなのですから!」その操縦士の一声でスズキ中佐はあのおぞましい過去から逃れられた。
「なら、情報を提供する以外に道は無いでしょう。」
「情報なんて・・・そんな大したものでは・・・。」彼はしらを切っていた。
「では、『リンゴ』を知っていますね?」
その言葉を発した途端、彼は急に青ざめた。続けてローゼンバーグ大佐はこう答えた。
「S4乗り達が帰還したときのデータに、残っていたセリフがあったのです。あなた方の難民輸送船の本船が爆破する直前でした。たしかに、あの船から『リンゴはすぐ向こう側』という音声データが来ていたのです。おそらく、今、この場で知っているのはブリッヂにいたあなただけかと。そのリンゴが何なのかを教えていただきたいのです。」
沈鬱な表情になってしまった。それだけこのことが深刻な事だったのだろう。もしくは、ただの妄言か。どのみち、「キツネ」による取り締まりが行われるのは事実。だが、もし工作員ならもっと確実な手段を使うだろう。本当にスパイだという確証はなく、実際ローゼンバーグは「キツネ」の存在を嫌っていた。
これはあくまで「手を差し伸べる」だけ。彼らがスパイでないという確証がなければ全員が捉えられて収容施設に入れられてしまうだろう。
そして、ローゼンバーグ大佐が言った。
「あなた方の身の安全は『AK・チェルカトーレ防衛隊』の名に懸けて保証します。ですので、この話はぜひ本部で伺ってもよろしいでしょうか?」と。なお、「デブリ防衛隊」などという名前を本気で良いと思っている人間はアークへシス宇宙連邦国の内部の人間にはほとんど存在しなかった・・・文官を除いては。
一瞬黙ったのちに「はい。」の二文字が聞こえた。




