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SCORE2:アップル・イン・ザ・スカイ Ⅰ

「木曜日に出すんじゃなかったのか?」

「良いじゃねえか、別に。原稿を落とすのと、原稿を早めに出すのは天と地の程の差があるってものだろ?」カールに言われたもののきつく言い返す、大人げないクラマイ(作者)だった。

 という訳で第二章、紅茶やコーヒーなんかと一緒にどうぞ。

 援軍が来て、敵艦の収集に当たって、捕虜を収容して、帰還して・・・そうこうしている内に、カレンダーの日付が変わっていた。もちろん夜中の午前である。


「結局、陸戦部隊は出番がなかったわけだ。働いたのは民間人救助と捕虜の収容くらい。これじゃあ、『ごく潰し』と言われても反論できそうにないな・・・。」今度こそちゃんと酒を飲むために、カフェテリアではなく、ガン・ルーム(二〇歳未満も来られるが、大人と違って飲酒禁止。カールとレベッカが問題児なだけ)に上がった陸戦隊のコールは、苦笑いしていた。


 先客が多く、そして皆安心しきっていたため、酒の量も進み賑やかであった。それが、カールたちにとって都合が良かった。カムフラージュになるからであった。しかし、時々副艦長が見回りに来る。その点は考慮しなくてはならなかった。


 コール達陸戦隊も、一応は戦闘の準備をしていた。一個中隊全員を引き連れ、強襲用ポッドに乗って待機してはいた。ただ、彼らの本領が発揮されるのは戦艦同士が混線するゲリラ戦との状態になってからである。その機会があるのはせいぜいノクタリス側が大部隊を引き連れて向かってくる時位だったが。それまでは後方支援に回る、いわば「なくては困る縁の下の力持ち」である。


 第六大隊の残りの三つの中隊はチェルカトーレの本部基地の練習場で訓練を行っている。そして、訓練のスコアの良い中隊から順に巡洋艦に待機、となる。実際のところ、この前線勤務が休暇を除いた「癒し」となっていたことは皮肉と言っていいだろう。訓練はコロニーで行うのと比べてもあまり差はなかったが。


「仕方ないだろ、向こうは奥手だったんだからさ。」ついさっき新型を相手にしていたとは思えないような精神状態でカールは話していた。新兵だったらそうはいかなかっただろう。

「でも、捕虜は手に入れたはいいけどね・・・。どうするかよ。問題は。」レベッカは沈鬱な表情で答えていた・・・ビール片手に。副艦長ことスズキ・ヨシユキ中佐に見つからないよう周りをキョロキョロしながら。


 そんな彼はいわゆる「法の番人」といってもよかった。その訳は、軍記にとても厳しかったが、それ以上に法律を違反することには許せなかった。彼は元々検事になりたかったものの、戦争が起きてしまってその夢を挫折せざるを得なかった。

 彼の親・スズキ・ソウマ准将の意向もあったからである。戦争が起きた以上、徴兵されてしまうのは時間の問題であったと予測した彼の父親は、なるべく前線に自分の息子を出すことが無いよう、士官学校に入ることを命令したからだ。

 彼はもちろん反発したが、実際彼だって宇宙のデブリの一部分にはなりたくはなかったから、仕方なく受け入れた。そして、彼は首席で士官学校を卒業。機密情報運用課という部署に配属されたが、その後、彼自身の意向もあってか、マーシャル6に配属されることとなる。


 彼に見つかったら、「未成年が酒を飲むな」ときつく言い、自習室行きだろう。正直どうでもいいとレベッカは思った。レベッカが昔住んでいたコロニー・〈ペレリンダ〉では一八歳から酒が飲めたのだから。


 そして、そのコロニーでは「ビールはジュースと同等」とされていた。時代錯誤も甚だしいが、これには仕方ない訳があった。

 地球時代の法制度と文化を強く保持したスペース・コロニーであり、ビールはジュース、ウォッカは医薬品という意識が根付いていた。初期には未成年でも「飲酒感覚がなかった」歴史を持つものだったためである。

 八年前から厳格なアルコール規制が敷かれていたが、年に一度だけ開催される「自由飲水祭」では、伝統に従い「酔える紅茶(アルコール度数未定)」や「発酵ヨーグルト(これもまたアルコール度数未定)」が振る舞われていた。


 ノクタリスが攻撃対象にしてコロニーもろとも過去のものになってしまうまでは。


 だから、これは「難民としてのアイデンティティ」の存続に関わるものでもあった。レベッカ自身はそんなこと気にもしなかったが。


「で、僕の分は?」

「飲んだ。」とコール。

「まじかよ・・・。」カールは、しょんぼりしていた。

「因果応報、っていうのかしら?」

「それは何の言葉?」コールがこう言った。

「やったことは必ず何かの形で帰ってくる、てこと。本を読んだら?」

「読んでるさ。」

「薄い本を、だろ。」またカール。


「機械の本を、だ。お前と違ってこっちはまだ『まとも』だという自覚はある。」堅物はそう言うとカールを睨んだ。

「ふうん、カールは好きなんだ、そういうの。」このセリフがコールだったらどれだけ良かったことか。

「そりゃあ見はするさ、たまに。僕は機械に欲情するような特殊性癖じゃあないからね。」

言われたことを逆手にとって、すぐ人を馬鹿にする材料にする才能はカールには十二分に備わっていた。

 才能というものは時に不条理を与えてくる。

「お前なあ・・・!」コールは立ち上がってカールの胸倉を掴んでいた。アルコールが入っているのもあったが、今度ばかりは冷静でいられなかった。が、カールは続けてこう言った。


「お前、行ったことがあるのか?」ここからは小声になった。

「何が?」

「精巧に作られたロボットたちが鎮座ましますチェルカトーレの歓楽街『シンデリア』を。そこにある『シリコン・ヴェイル』というドール・ハウスとやらを。二十歳未満は絶対に入れないよう区域のゲートには完全顔認証システムと警備兵が常時居続けるって噂だ。もちろん、自分の体格と年齢だったら無理なものだけど。なあ、本当に行ったことがあるか?たとえ一九歳・・・いや、今は二十歳だが、お前の体格だったら・・・」これがシラフのセリフなのだから中々えげつない。

「「黙れ!」」コールには一発殴られ、レベッカには冷たい目で見られた。声を小さくしていたカールの努力が嘘のように消え去っていた。


「わかってるって。生憎、僕はそういうのに興味がない。そんなところに行く「馬鹿」に興味があるだけだ。政治家だったら最高だね。」

 ヘラヘラ笑いながら言い訳をするも、どこまで本気でどこまで嘘なのか保証はできなかった。

 そして、三人は同じレベルの会話内容を数十分近く続けていたが、やがてそれぞれ部屋に戻って、熟睡した。先程飲んだビール「チェルカトーレ・ポップ」のアルコール度数は二・五パーセント。軍の売店で売られているとはいえ、やはり若さが度数を下げていた。かなりの頻度で未成年飲酒を繰り返していたのだが、彼らの体はまだ「若い」ということを忘れてはいなかった。度数が少なければ飲んでいいという話では決してなかったが。




「第一ブロック到達!第二小隊は次の作戦コードまで待機!第三小隊はそれに続け!」

 コールの酒臭い息が軽重力対応のパワードスーツの内部に籠り、自分自身の吐いた息に我ながら不快感を覚えた。

 ここはチェルカトーレ・コロニーの表面と液体金属ガラスの一〇〇メートルもの狭間に位置する広場である。空気は無いためもちろん、今ここにいるのはコールたち第六連隊の第二中隊のみである。この広いスペースで一二〇人全員が白兵戦の訓練を行っていた。


 コールは出撃したカールやレベッカとは違い、五時には叩き起こされ、六時になってすぐに巡洋艦から出て中隊一二〇人の兵士たちとの訓練を指揮しなければならなかった。コール二日酔いで頭が痛かったが。それでも、やらなきゃいけない明確な理由があった。

 訓練(戦闘適正演習テスト)の総合成績によっては、チェルカトーレの訓練施設に三か月、休暇なしで送られる羽目になるからだ。


 オグラ・キョウコ中佐は第六連隊の大隊長・・・つまり、コールの直近のボスである。年齢はわずか五歳しか変わらないが、戦闘スキルと階級は彼女の方が上だ。射撃の腕や体術などでは完全に彼女のほうが上で、彼に勝率があるとするならば、ナイフや長さ六〇センチ、刃の幅は二〇センチの軍事用近接兵器・「トマホークⅡ」での白兵戦か行進訓練くらいだろうか。

 コールたちは巡洋艦に駐留する時間も多く、小型船の中の狭い空間での戦闘を考えるなら、重火器よりも小回りが利いて、そして暴発の危険性が少なく安全というメリットもあるため、コールの指揮する中隊は白兵戦の訓練が他の部隊よりも多く割いていた。そのため、白兵戦の成績は圧倒的に秀でていた。


 オグラ隊長の性格は良く人当たりもいいが、周りの評価は、「死ぬ一歩手前でタップダンスを踊らせる女」、「怒ってないのに涙が出る訓練」、「誰も彼女を責められない。あのノルマを本人は『当然のように』こなしているから・・・」だそうだ。


 そしてコールは早朝に、あくまで「叩き起こされた」のである。直近の部下にして第二小隊長、ニール・シャルマ中尉に。その時は一応、コールは言い返していた。

「昨日、一応民間人は救助したじゃあないか。あれで休暇は出るらしいからな。十二時間くらいの『完全復旧周期』っていうやつが。敵が来たんじゃないのだし、あと三時間は夢の中で遊ばせておくれ・・・。せめて夢の中だけでは平和を祈って・・・。」と言って頭から毛布を被り夢の中へダイビングしようとした途端、

「それがですよ・・・。」中尉は加えてこう言った。


「こんなデータが送られてきたのです。」そして、手渡した。そのデータをプリントしたのであろう、一通の悪魔のような見たくない情報を。

「三週間後に、『テスト』を行います。更に訓練に励んでください。マーシャル6に登場している皆さんはお疲れ様です。ですが、いつ、敵が大船団を引き連れてやってくるかの予測は我々には不可能です。ですので、我々にできることはただ一つ、準備をすること。余文:今回のボーダーラインは少しきつめの九五パーセントです。 ・第六駐屯地所属・オグラ中佐」と。


「おい・・・嘘だ!嘘だと言ってくれ!」夢の中の平和は一瞬で冷めた。

「小隊の人たちも皆、同じようなことを口にしていました。それも起床の時間にプリンターが『ガガガガ』と。狙ってるとしか思えなかったです。私自身、信じたくはなかったですが。」


 丸い眼鏡を付けた黒髪で褐色肌の健康的な若々しい容態にしてはとても顔に今朝の不条理と理不尽さがにじみ出ていた。そのせいで、同じく二〇歳の中尉は五、六歳老けて見えるようだった。

「皮肉な誕生日プレゼントだな・・・。で、みんなは訓練がしたい、と。なら今日だけは小隊長殿が指揮してくれよ。中隊の全体訓練を。」酒臭い息でこう頼んだ。

「全体訓練の予定日は今日となっております。昨日のアクシデントで多少は休暇・・・数時間ですが。を、もらえたとしても、皆が『コール隊長の指揮なくして全体訓練が成り立つものかバカヤロー』と、言っているのです。実際、私には独断で中隊を指揮する権利もございません。申し訳ありませんが。」


「なら隊長命令だ!今日だけは休め!俺が二日酔いの時点で大した指揮ができるかあ!」そう大声で言いながら、大声で言ったことに後悔した。頭痛がひどくなり、吐き気が一気に襲ってきたからだ。

 普段、あまり飲むことがないコールだったが、「誕生日」というのも相まって羽目を外していた。当然、コールには訓練を自分の都合のみで中止にする権限は持ってはいない。


 結局、指揮をする羽目になった。しなくてはならなかった。吐き気はあったが、涙目でこらえるしかなかった。「あの人の庭」には極力戻りたくはなかったのだから。




 艦長ことエリオ・ローゼンバーグ大佐と、副艦長のスズキ中佐もまた、別の仕事が重なった。軍の会議に呼ばれたからだった。別に軍法会議でこの二人を断罪しようとしていたわけではない。ただ、軍規の修正の提案を軍本部から呼び掛けられたからだ。


「・・・以上により、未成年の兵士及び士官の飲酒の禁止と、飲酒には勤務時間から2時間程度のインターバルを設けることにする。」

 この会議のリーダー格とも思われる、議長席に鎮座している四〇歳のセオドア・マクシミリアン少将は、この文章を棒読みで読んでいた。無理もない。この彼は、「名誉階級」という形で父のコネで昇進したため、そういった下士官、兵士の雑ごとには全くもって興味がなかったからだ。

 彼は終始、この会議であくびを続けていた。それがスズキ中佐をより苛立たせていた。


 今回の「アルコールで出撃できる人数が少なかった件」は軍法会議でも少なからず問題になっていた。ただ、「勤務時間以内」に飲まないことは守っていたため、改善を余儀なくされただけに留まった。

 こうして二人は退出した。そして、また別の会議に行かざるを得なかった。捕虜の収容所への引き渡し、加えて難民の申請、そして新しい敵のS4、〈ジャガー11〉の機体回収のことについてでもある・・・ほぼスクラップに近い状態だったが。特に難民船のことは別に艦長や副艦長の権限ではなかったのだが、当の艦長に言わせれば、


「こういうことは『ため』になる。四年前にカールたちを引き取ったときもそうだった。別に恩着せがまし、というわけじゃない。ヨボヨボの爺さんになって天国に行くために、今から善行を積んでいるのさ。」だそうだ。


 紙面上での捕虜の収容のサインを終え、上層部の許可をもらい、晴れて中スズキ佐を連れて会いに行くことになった。中佐は嫌そうな顔をしていたが。

「ここまで順序が多いと階級が高くなったとはいえ自由もないな・・・。」そう大佐は愚痴をこぼした。

 人に言わせれば、彼は前の戦闘で「成績が良かったうちの一人」だそうだ。嫉妬と尊敬の眼差しを受けながら。

 だが、彼は成績よりも、兵士を一人でも多く生かして、彼らの家族に会わせることを目的としていた。人格者、とでも言うのだろうか。だが、そんな彼でも皮肉や愚痴(ばかりでなく独り言ならば下ネタや不謹慎なことも色々と世間では言えない数々)も言う。よく言う。スズキ中佐に咎められても。もっとも、彼自身だって・・・


「しかしながら、艦長。いくら上層部とはいえ、会議中にあくびは無いかと。正直、縁故採用はこのご時世になる前もよかったのか分かりませんよ。」こんな感じだった。

「待て、スズキ君。それ以上言ったら君が『粛清』されてしまう。分かるだろう?三〇歳。」

「二八です、艦長。」少し怒りの表情でローゼンバーグを見つめると、「分かったよ。」と彼は言った。

 どう見ても黒に混じった白髪とその顔じゃあ三五はあるだろ、とも言いたかったが流石に諦めた。そういう彼は御年三九で白髪はもっと多かったが。


「で、今日は誰をヘッドハンティングするおつもりです?我々は市民に戦争を賛美させる扇動者でもなく、捕虜を尋問する『キツネ(機密情報運用課に所属する軍人の総称。)』でもありませんよ。」司令部から外に出ようとする最中のエレベーターで彼はこう言った。

「別に。」

「それに私だってやることが・・・。」

「リンゴって知ってるか?」唐突にスズキ中佐に向かって言った。

「馬鹿にしてるのですか?」おそらく、多くの人がこう聞かれたらこのように答えるのだろう。


「質問を質問で返すな。・・・旧約聖書の方での。」主語を忘れたことに気づいたローゼンバーグはこう付け加えた。

「アダムとイブがその実を食べて、楽園を追放されたとかいう、あれですよね。それが何と関係するんですか?」

「いや、ただそれだけじゃない。一応、〈ホワイトスクエア(この時代の情報端末)〉に録音できる準備をしといてくれ。彼らになるべくばれないように、な。証拠になる物なら何でも揃えるべきだ。」

「完全な善意、というわけでは無さそうですね。」

「着いたらわかるさ。」そういうと、彼らはコロニーの底面近くのエレベーター降下口から降り立ち、無人タクシーを呼んで移民管理局に向かった。

「長い、長い!原稿が長い!」酒気を帯びたレベッカが苦言を呈した。

「文句を言うな!」

「・・・お前の国は言論の自由が認められているんだろう?だったらルールに反してないはずだ。」スズキ中佐め、痛いところを突く。

「・・・ペンは剣より強し、って聞いたことあるよなあ・・・?」歪んだ笑顔をスズキに向けたが、代わりに帰って来たのは言葉ではなく銃口だった。

「大人しく別のを書くんだね。君がタイプするのが先か、これが君の頭を撃ち抜くのが先か。」こいつめ。

 頭の中を「G●t w●ld」が駆け巡る。・・・仕方なく別の文書を書くことにした。

 「金曜まで二章です」、と。

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