SCORE1:コンバット・ウェンディエゴ Ⅱ
人間の動体視力は二〇代でピークを迎え、徐々に落ちてしまう。その為、三〇歳以上になってしまうとよほどうまくない限りS4を操縦できなくなってしまう。その為、パイロットは比較的に低年齢だった。
また、時間が時間でアルコールを飲んでいた人もいて、結果的に一〇人くらいの人数であった。夜勤の部隊もまだ整備が終わってない。その為に、作戦指揮はその中で一番階級が上で、「成績」のいいカールとレベッカの二人になった。レベッカがメインでカールはサブだったが。
「まったく、今回はレベッカが指揮官か。」
「仕方ないでしょ、命令なんだから。サブはこれ以上皮肉を言わないで。」
「はいよ。」
「システム・オールグリーン、エンジン良好、発進、どうぞ!」機械的な音とともに出てきた滑走路を前にして二人はこう言った。
「カルロス・パルマ!」
「レベッカ・フリート!」
「「出撃します!」」
そして、〈マーシャル6〉に2本あるカタパルト・デッキから、灰色のフォルムをまとった二筋の白光が飛び立った。彼らのS4〈ウェンディエゴ〉は、航空機型の宇宙戦闘機である。コックピットより前方には一五ミリレールガンが二砲、両翼の下にはミサイル・ポッドがそれぞれ二個ずつ、そして特徴的なのは胴体の下にアームがついており、それぞれ十徳ナイフのようなアタッチメントでレーザーガンやヒート・ナイフなどの兵器を変更して稼働させることができる設計である。
わざわざ戦闘機型にしたのは、整備や制御機能の観点からも効率が良く、ステルス形状(敵センサーの散乱回避)にも応用可能であったためである。
このS4という機体の元となったのは、全長一六メートル、大気圏内ではマッハ12を誇った、旧アメリカ合衆国の開発途中だった「ファントム LTS―7」が元となっていた。当初は対ICBM迎撃や小規模偵察・破壊任務を目的としていた。試作数機のうち多数がテスト飛行で失われ、「実戦に不向き」として量産はされなかった。
しかし、真価を発揮できなかったのはあくまで地球圏での活用を目的とされていたものだったからである。当時にしてみれば、宇宙空間においては異常というまでのかなりの安定性・加速性を誇っていたため、後世の人々からは「あまりにも早すぎた名作」、「地球の生んだ最後の作品」と呼ばれ、後のS4シリーズに大きく影響を与えた。
また、この〈ウェンディエゴ〉、超極周波数パルス型光学探知機が搭載されたことにより追跡が容易になった。その為、相手に見つからず離れたところでの撃墜が可能になった。リンガード宙域戦線時にロールアウト。そしていくつもの伝説を出した名機でもある。
カールたちはガス・スラスターを先端のレールガンが敵の方向に向くように微調整して、本来ビーム同士の戦いが主流のはずのドッグ・ファイトを威嚇のためのレールガンで何度も仕留めていた。そのためか、一回の戦闘の撃墜数が多く、それも大半は双方ビームが出なくなった頃合いであった。
敵部隊が撤退を始めたときに「執拗に喰らいつく」その挙動から、カナダやアメリカの先住民族たちの伝説にある人喰い霊〈ウェンディゴ〉からその名が決められ、その名の通りの活躍をしていた。
六時二〇分。発艦してから五分くらいだろうか。その「問題の二隻」が視認できるくらいになった頃、停泊命令を出す間もなく向こうから連絡がきた。「助けてください」、と。その船は新兵器どころか対空砲一つさえないただの民間輸送船だった。人がかなり多かったことを除いてはいたって普通だった。相当被弾しているのか、煙が出ていた。
だから、ブリッヂに結構人が集まっているのだろう・・・。そうこうしているうちに、たった四隻の脱出艇に多くの人が集まって、二隻の輸送船から脱出していた。そして、その二隻は、一〇秒間があった後に、光球となった。
カールは脱出艇の操縦士・・・いわばその場の艦長代理に向かってこう聞いた。
「これが全員か?」
「はい!生存者はこれだけです!・・・消火にあったっていた人たちは『早く女子供連れて先に行け』、と。艦長も・・・」そう言った救命艇の操縦士は、苦渋の声を漏らしていた。救命艇の人たちが逃げられるように、彼ら・・・おそらくあの船のクルーたちなりに時間を稼いで頑張っていた証でもあるかのように。
その時、一筋のビームが奥から突き進み、四隻あった救命艇のうち一隻に当たった。真ん中を貫通し、船員の体はレーザーの、実に神々しく温かい光によって水分と炭化物に分解された。
一瞬で光の球と化し、宇宙のデブリの中にまた一つ、新しくできた。それは戦争に関係のなかったはずの船員たちのものであった。
カールたちは避けられたが、それはサイド・スラスターがビームをギリギリかわし切れる程の出力があったからだ。脱出艇は戦闘用に作られてはおらず、はっきり言って的だった。カールたちは、彼らに何もできなかった。何もできなかったのだ・・・。
「どういうことだ・・・!誰が撃った?!」そうカールはつぶやいた。声を押し殺しても、顔に出ていた表情は赤黒い血と怒りによって覆われ、目の間の皮膚が何重にも縦に重なっていた。まるでかつての自分の境遇と重なるかのように・・・。
「あんまりだわ・・・こんな・・・!」
「追っ手だな・・・?!」急いで二人はレーダーを確認。二〇隻もの巡洋艦サイズらしき影が見えていた。やはり敵はいる。それも想定よりまずい。
士官学校の教科書には、彼らが難民を装ったスパイ・・・最悪特殊部隊の可能性もあるから一応はにらみを利かせなければならない、と書かれていた。だが、二隻にまだ残っていた人たちといい、そして、救命艇の人たちが撃たれてしまった光景が忘れられなかった。
カールや、レベッカや、バーバラや、他の皆は見ていた。救命艇からはみ出てしまった多くの人の中から、宇宙活動用ノーマル・スーツを着けている子どもが、母親であろう人と抱き合いながらロープにつながっているその光景を。そして一瞬で「溶けた」ことを。子どもと母親がどういう心境だったのか、誰にも分からなかった。知る由もなかった。
だが、今はもう、誰もスパイだとは思わなかった。
「今は彼らを手助けするより、彼らを追っているあいつらを叩くことが先じゃないか?」カールは作戦指揮官にこう進言した。言わずとも、彼女はわかっていた。
「ブリッヂに連絡!『問題の二隻』は難民輸送船の可能性あり!そして『ノクタリス』のものと思われる二〇隻の巡洋艦にたった今撃墜されました!撃破に向かいます!あとは救命艇の保護を!おそらくやけどの患者も多数いるかと!」
「了解!本部に連絡する!夜勤の奴らの整備が終わった頃合いだ・・・もうすぐだ!一〇機で耐えきれるか?!脱出艇の方はこちらが引き受ける!」
「二〇分ならできます!」レベッカはこう答えた。
「よし、気をつけろよ!」
気前よく艦長は見送ると、一〇機は一直線に二〇隻の敵艦に向かっていった。
「いいか、まずはこちらから一番右の方に見える一隻の左舷へ滑り込むようにミサイルを一人二個ずつ発射して目くらましにする・・・。そしてその下から一気にかっさらう。」と、カールは進言した。
「下にも砲台はありますよ?むしろ上側の方よりも下側の方が多い設計だって聞きました。それに主砲は下側に・・・」バーバラはそう苦言を呈したが、レベッカはこう付け加えた。
「一番右の艦を盾にすることで実質的には一隻を相手にする状況ができる。これなら、被弾率も下げられる。それに、下側を通過するのではなく、下側の砲弾が多いところをレーザーガンで貫通させられたら一気に終わるわ。」本来ならこういうこと作戦指揮官の仕事だろう、と思ったが、実際そこまで悪くはない案だった。さすがに二〇隻全部一気にというわけにもいかないが、数隻なら航行不能にできる。ただ、問題なのは、彼らがどれほどS4を積んでいるかではあるが・・・。
「被弾はごめんだからな、バーバラ。次は撃墜されても乗せねえぞ。」意地悪く他のパイロットが言った。
「出撃前に言わないでよ、リン。こっちも死にたくないんだから。」
「そうかい。じゃ、頑張れよ、『元』主席。」
「私が主席なのは今もでしょ・・・。」バーバラは口角を少しだけ上げた。微笑しているようだった。
その時、多少なり穏やかな空気が流れた。さっきまでの怒りとは大違いで、彼らは冷静さを取り戻せた。たまには、皮肉も悪いものではない。
「もうそろそろミサイルの時間だ。彼らももう気づいている頃だろう。ミサイルの標準とアームの角度はいいか!」大きな声でカールは言った。
「「はい!」」そして、レベッカが冷静な声で「撃て!」というタイミングと同時にミサイルを発射した。
二分後。
「二機のS4が接近してきます。それでもあの難民船のシューティングゲーム、まだ続けますか?」メビウスからコロニーを発ったノクタリス軍の巡洋艦〈セフ・マークⅡ〉を率いる旗艦・〈スカル・ベヒーモス〉のソナーマンが陽気に司令官に言った。
「もうそろそろ向こうも来る頃だろう。あくまで彼らはオトリだ。まったく、中央の人たちの命令とはいえ、さすがに酷な事をしたものだ。〈ノクタリス〉に歯向かった『テロリスト』は粛清対象だから、どうでもいいがな。」
艦隊の総指揮官と思わしき人物が間をおいて続けてこう話した。
「ただ、我々には新型のS4がある以上、負けるわけもいかない。二〇隻では少数だ。いくらコロニーを奇襲するというのは。だが、それが仕事なのではない。データを。必ずデータを持ち帰らないと・・・。」
これが中央の命令でこのS4のテストを、わざわざこんな援軍があてにならない所で、それもたった二〇隻という少ない数で行うのは正直納得がいかなかった。が、仕事は仕事だ。もっとも、戦艦や巡洋艦の一つや二つ沈んだらいい収穫だと言えるのだろうが。
そして、彼はマイクを持ってこう叫んだ。
「総員、第一戦闘配備!パイロットは速やかに〈ジャガー11〉に搭乗しろ!〈ナイト・パンサー〉のパイロットもだ!これはかの新型機のデモンストレーションのためといってもいい。なるべく早く、被害を最小限にだ!」
五分後、待機していたパイロットたちは、総員出撃した。そして、彼らのレーダーには「二機」の敵兵が映っていた。
「おいおい、たったの二機かよ。」メビウスの・・・いや、ノクタリスのパイロットはこう呟いた。
「あまり油断するな、もしかしたら、例の『ナーガ』かもしれない。普通オトリのような感じではまとまらない。最低でも三機はいるはずだ。それに、コロニーには艦隊もいるはずだ。なのに二機ときた。あいつらは、死神か死にたがりかのどちらかさ・・・。」
「意図的ってことか?」
「わからん。」
「でもあいつら、戦死したって噂だぜ。」
「そうかい。それなら好都合。」
そうぶっきらぼうに答えると、そのパイロットたちはその二機に向かっていった。ジャガーの数は十二、ナイト・パンサーも合わせると四五.それに対しアークへシス・・・マーシャル6から出発したウェンディエゴは二機のみ。絶対的な有利・・・のはずだった。その機体にカールが乗っていなければ。そのことを知らない彼らはまだ幸せだったかもしれない。
「よお、リン。お前さんが馬鹿にしていたバーバラはここにはいない。お前さんの中では『足手まとい』、なんだろう?でもあいつのほうが点数高い上に、ヒット数だけ見たらあとと少しで俺を超える。」
カールは後輩のリン・ゼーランに向かってこう言った。
バーバラと同期であり、スコアもそこまで悪くない。ただ、十六歳なのか、バーバラには時々きつく当たっている。少尉という階級が似合わない程、まだまだ子供である。いくら戦時中とはいえこんな子供でさえ「志願兵」として徴兵するこの国の方針には正直あまり好ましくはなかった。もっとも自分だって、志願して軍に入った身ではあるが・・・。
「もとは俺が主席だったんです。あいつが無茶苦茶な戦い方をしなきゃここまでスコアが離されることもなかった。分かるでしょう?あいつが乗ってるときに限ってアームの損耗率がおかしいこと・・・。危なっかしいったらありゃしない。」
「戦い方か・・・あんまり言うこともないだろうが、バーバラはレベッカに似た戦い方をする。『バーサーカー』とでも言うべきか。突っ込んで行って、すれ違いざまには敵は光になっている。まあ、場合にもよるだろうけど。彼女らにはそれなりのスタイル、というか・・・『ドクトリン』がある。でも僕らは逃げながら撃墜する。それが僕らの『ドクトリン』。違うか?」
「ええ。・・・おっと、来ましたよ。」
「了解!」気前よくそう言うと、二手に分かれていった。
彼らの基本戦略は「逃げる」こと、この一点に尽きるものである。しかしながら、ただただ逃げるのではなく、後背の直線状に来た敵を一機、二機と撃墜していた。後ろのカメラに切り替えて撃つスピードは神がかっているとしか思えない。
一人しか乗っていない設計であるため、アームの調節はもっぱらAI頼りなのだが、彼らは「自分から」AIの調節と連動して、向きをアームが敵の方に向けるスピードをより速め、最小限の角度調節で行っていた。もちろん、敵の攻撃を避けながら。
そのため撃ち合いになると、西部劇でよくある「拳銃を抜いている人対抜いてない人」、という絶対的優位な構図が出来上がってしまっていた。もっとも、よくある展開のように、「後から撃つ人が勝つ」などというものではなく、「撃たれたらそれで終わり」である。せいぜい隙があるならばアームの調節くらい。そしてカールたちはその時間の隙をより短縮しているため、敵からしたらよりたちが悪い。
そうしているうちに、アームを後ろに一八〇度度回転させて、また、一つ、二つとジャガーを一瞬だけ星に変えた。
「なんだよ・・・」ジャガーのパイロットは言った。見覚えのあるあの動き、あのアームの不規則な使い方、そして・・・
「すまない!エネルギーが無くなってしまった!」
「撃ちすぎだ!エンジンの分も無くなるぞ!」
「すまない!離脱する!」と、ジャガーのパイロットの1人が向きを変えた瞬間、1筋の青白い光が僚友めがけて向かってくるではないか。そして、その機体も一気にコックピットの部分から「融解」した。
「この〈ウェンディエゴ〉は三六〇度式のアームだ。二年前の悪夢とやらを思い出したか?」
「お・・・お前は『ナーガ』!」敵の通信をジャックしたカールに反応した敵は一瞬で青ざめた。まるで、蛇に睨まれた蛙のような形相で。「ナーガ」というのは蛇の神の名前だったが。
「聞こえてたぞ。お前たちのブリッヂから『シューティングゲーム』というセリフを。一般人を撃ち殺すことがそんなに楽しいかよ・・・!」
「全員後退!奴は『ナーガ』の一人だ!俺が食い止める!お前らは船に戻って別動隊を叩・・・」S4の強化ガラスが弾丸と一緒になってそのパイロットに突き刺さった。
隊長格の人物だろうか。命令を最後まで下す時間さえ、誘爆のタイムリミットは与えなかった。だが、カールはその敵が何を思って死んでいったか、お構いなしだった。
「逃がしはしない・・・全員血のスクラップにしてやる・・・!」
「大尉!」いつの間にか三機撃墜していたリンはそう言った。
「ああ、そうだ。追うぞ!あともう少しだ!」リンの呼びかけで我に返ったカールは、別動隊としての仕事を最後まで遂行しようとした。