SCORE4:レゴリス・ダスト Ⅲ
序章の終わり。歌の始まり。
そして、結末がどうなるか、それは誰にもわからない。
「これより、大気圏突入シークエンスを発動する。」カールの通信がマーシャル6に入り、一同は固唾を飲んでいた。それは、死刑を全面的にまぬかれていたロメロも同様だった。
「始まりましたね・・・。」
「ああ。」通信士とパイロットたちの機械のけたたましい音の混じった会話とは裏腹に、デッキ中央部は異常な静けさを保っていた。
「高度約三〇キロに突入!」管制官の声もまだ安心できない。この星の大気圏は地球とほぼ同じ範囲だった。奇跡とも言うべきその星は、奥から太陽で照らされ始めている。
「このまま機体の体勢をキープしろ!」そうスズキ中佐が言った直後・・・。
青々しい稲光がカールの機体の右付近一五キロを通過したのだ。幸いにも他の連中は無事だったが、それでもカールの方は悲惨だった。機体制御も出来ず、ただただ墜落してゆくだけだった。
通常、大気圏突入する機体には雷に耐えられる仕様がある。現代の飛行機も落雷に耐えられる設計になっている。この時代のS4も、また耐えられる仕様だ。だが、電子基板は話が別だ。飛行機でさえ一時的な通信障害に陥る。まして、基盤が滅茶苦茶な性能になっているカールのS4も同様、不都合が起きていた。
だが、この時代の基盤は前時代と比べてもかなり耐久性は上がっていたのだ。恒星フレアの衝撃にも耐えられるように設計してあるのだ。そのため、耐久性は申し分なくカールの荒い機体制御でも耐えきれるものであったために「ウェンディエゴ」の基盤をスターピアサーに流用したのだ。が、カールのそれは前時代「以下」だった。なぜなら、ミッチが仕込んでいたものであったからだ。
それはかなり悪辣なもので、基盤に薄い切れ目が入っていた。そして、その切れ目に沿って焼き切れた。ミッチの裏工作は思った以上に成果を上げていたのだ。
「一体どうして・・・雷に耐えられるのではなかったのか?!」ローゼンバーグは怒りを露わにした。自分の責任になるから、ではない。それ以上にパイロットたちの生命が危ぶまれているからだ。
「カールの機体に雷が接触!進路がずれてしまっている模様!これよりレーダー捕捉による強制飛行コントロールの必要性を訴えます!艦長!許可を!」レベッカの悲痛な叫び声とも取れるその報告は、今の状況が更に芳しくない状態であることを証明していた。
「構わない!巻き込まれて死ぬなよ!」スズキ中佐は叫びながら答えた。その足は貧乏ゆすりが止まらなかった。
「ええい!何が起きている!ミッチの豚野郎が!あいつの設計したポンコツでカールの奴が死んだらどうする・・・!」思いがけずローゼンバーグは悪態を吐いていた。
リリアーナとフィンは顔を見合わせていた。今まで温厚な准将が、ここまで怒りを露わにすることはなかったためである。
「カルロス・パルマの機体、大気圏を超えました!」管制官の声に沸き立っていたが、まだ生きている保証はない。なぜなら、彼は絶賛気絶中なのだから。
「カール!生きろ!こんな下らない死に方はお前には合わない・・・!」声を押し殺してローゼンバーグは言った。
ホワイトスクエア。それは西暦二五〇〇年代初頭に登場した端末。液晶はすべて取り払われ、半透明の光学パネルが浮かび上がる仕組みで、厚さ五ミリ、一辺6センチの正方形の形をした白いカードのようなものだった。光のパネルを映し出す角度を調節できるため、従来のスマートフォンのような使い方も出来れば、プロジェクターの様に壁に映すことも、3D画像で見ることだってできる代物だ。
特筆すべきは二種類もの方法で充電が可能だということ。通常の充電方法はカードの裏面からプラグで刺すことだが、熱や太陽光でもそれが可能であった。宙域での活動時にはとても重宝することから、その端末はアークへシス・ノクタリス問わずいたる所に流通している。
なぜ、カールのホワイトスクエアに自動操縦のバックアップを取れていたか。元々、ホワイトスクエアはS4の制御の機能を持って行っていたわけではない。それは、コールの作り出した「コンピューターウイルス」と呼ぶべき代物だった。
マーシャル6の出航二日前、電子基板が脆いことを告発された翌日のこと。コールがいきなりカールに話しかけてきた。
「なあ、手伝ってくれないか?」
「どうした?」
「大した趣味ではないが、ホワイトスクエアでS4の自動運転はできないだろうか・・・?作ってみようと思ってだな。」
「無理だ。」カールは大笑いしながら続けてこう言った。
「忙しいんだ。何よりこれは機密に引っかかる。」だが、それでコールも引き下がらなかった。
「お前の戦闘データはあることはある。ただ、今回の降下作戦でどのような動きをするか分からない。そうだろう?電子基板のアクシデントは重大なはずだ。そして何より、暇なんだ。データを渡すだけで良いから。」
「・・・確かに、電子基板がどうたらで、バックアップは幾らでもあったほうがいい。分かった。データは渡すから、あとで見せてくれ。」
そう笑顔で言って、降下作戦の訓練のデータをコールに渡し、二人は暇な時間を縫って、データをインプットした。彼らは暫くしらふのままだったので、レベッカに言わせれば「付き合いの悪い」だそうだが。
他の三人にも同じようにインプットさせたが、肝心のカールには少々問題が起こった。
コールのすべてのプログラムデータをインプットしてしまっていたのだ。今回の機体制御プログラムはもちろん、医療用人体スキャンなど、コールが自作した色々なデータを送り込んでしまったのだ。もちろん、失敗作(悪く言えばウィルス)も。
今の二人はこの事実には気づいていなかったが、その後に渡ってカールのホワイトスクエアに、不都合が生じることになっていったのは別の話。
とはいえ、コールの自作したプログラムによって、ホワイトスクエアがボロボロの電子基板に代わってマザーコンピューターの役割を引き継ぎ、周りの部品に遠隔でデータを送ることを短時間で繰り返していた。
この時代、操縦機器へのハッキングプロトコル用のAIと、その対策のためのAIが同時並行で起動しているため、電力が持たず、結局人間が操縦する始末だった。無人機と有人機の問題をこの時代まで引きずっていたのだが、この宙域では敵によるハッキング電波は流れてこない。
そして何より電子基板が壊れたことで、その二つのAIは機能することは無かった。そのため、AIの起動しているホワイトスクエアが消費するエネルギーを補うことができたのも皮肉な話だった。
裏面から吸収した熱に加え、カールが置いていた場所は「サバイバル用緊急充電器」という名の元、S4の機体内に設けられていたスペースだった。その為、「運よく」継続的に充電できて、AIを起動できていたのである。
だが、不具合が生じたという事実を、ウィルスを送り込んだ張本人たるコールが聞くとたまったものでもなかったが。
「何やってるの・・・カール・・・本当に・・・!」レベッカは悪態を吐いた。大気圏を抜け出せたのは良かった。だが、予定進路からずれる一方。
「リン!バーバラ!シャトルの先導をお願い!私はこの馬鹿を、何とかしてこっちに持っていく!いい?!」
「了解!」二人は答えた。正直、この作業自体はそう難しいものでもなかったが、それ以前にカール大尉の命も危ない。だが、レベッカ大尉ならきっと何とかするだろう、そう思った。
「まったく、生きてたら死ぬまで殴ってやるんだから・・・。」このセリフを聞くまでは。
レベッカの機体は離れ、カールのところへ寄って行く。・・・なぜかカールから文章が届いて来てる。なぜか、と思う前にその文の内容には多少安堵させる文章が揃っていた。
「S4『スターピアサー』、基盤炎上。鎮火。それに伴い一時機能不全。よって『ホワイトスクエア』に制御シークエンスの権限が移行されたものである。機体にズレが生じ、進路がずれた次第。パイロットの生存確認。三八・八。高熱。外傷なし。意識なし。・・・FROMホワイトスクエア」
「カールの奴、ちゃっかりしてるじゃないの。」レベッカは肩の荷が下りた気がした。
レベッカにはこの時間はとても長く感じた。軽く一〇〇〇時間は超えたような気分だった。実を言うと、レベッカの予備パーツにも亀裂が生じ、割れかけていたのだ。
だが、着陸まではきちんと保っていた。大気圏を超え、地面に安定して着陸した。着陸の時に衝撃は加えたつもりは無く、スラスターをフルに活用させて緩やかに機体を垂直に下ろしたのだが、それでも耐えきれなかったようだった。心臓に悪いと後に彼女自身が語っていた。
「カール!カール!」レベッカは前もって垂直着陸していたカールの機体に寄って歩いていた。
ここは目的地の砂漠地帯から西に二〇〇キロ離れた森林地帯。見慣れぬ植生は殆どなく、シダ植物から双子葉類まで、まるで地球の植生がそのまま地球に来た感じだった。だが、ガスマスクは外さない。一応、毒があるか分からない状況だからだ。
人間の皮膚や体液をゲノム編集したものを染み込ませた有害物質探知ペーパーを使ってみる。この星ではどう作用するかは分からないが・・・色、変化なし。形、変化なし。酸やアルカリでただれること、なし。・・・この辺りには毒は無いようだ。気体濃度も、窒素と酸素の割合もに二、三パーセント程しか違わない。・・・問題なし。
ガスマスクを外す。念のため最初は一秒だけ。だが、数秒してももう一度着けたいとは思わなかった。そこには緑豊かな風景がより鮮明に見え、空気の味も、コロニーの自然保護区で感じるそれと大差ない。だが、作り物とこれは違い、これはどこまでも続くような緑がそこに生い茂っていた。実に・・・実に清々しい気分だ。
いや、そんなことをしている場合じゃない。レベッカはそう思って、カールの機体へと足を進め、コックピットの中身を開けた。蒸気が一気に排出され、カールのスーツが見えた。だが、カールは冷たくなっていた。死んではいない、汗が急激に冷えて熱中症が「かなり」悪化しているだけだった。心配ない、心配ない、そう言い聞かせてもやはりパニックに陥っていた。
「水は・・・ある、ええと、緊急用保冷材は・・・ええと・・・。」
いつもはカールの皮肉に平然と返す彼女だったが、この時ばかりはその「クールさ」が冬眠して、さっきの清々しさも何処かへと行き、代わりに自暴自棄と言っても良いような心理状態に陥っていた。
「どうしよう・・・どうしよう・・・!」一応はできることは終えたつもりだったが、それでも熱は下がらない。カールは意識が朦朧としていたものの、目は開くくらいの気力は残っていた。いつものように皮肉を考えるだけの力こそは回復していなかったが。
「母さん!あそこに人がいた!」
「なんだい、また。またあの森の中に入って行ったのかい?あんたは子供で、それも女だから一人では入って行ってはいけないのに!次やったら・・・」
「違う、でもあれは人だった!空から降ってきたの、見たでしょ?!」
「なんでそんな嘘を吐くのかねえ・・・いや、でも、あれはもしや神様の使いだったりして。それで、どこに落ちたの?」
「・・・森の中。」
「やっぱり入っていたじゃない!・・・いい、アルミナ。これは大人たちの問題。だから、子共が口を挟んでいいものじゃなないの。分かる?だから、そこで大人しくしていなさい。」
「・・・分かったよ、母さん。」アルミナ、と呼ばれた、まだ背丈が一五〇センチにも満たない少女は、不満顔で言うのだった。
「良い子。それじゃあ、待っていなさい。夕食の時までは村の中で遊んでいても良いから。母さんはその時までには帰ってくるから。」大人たちは慌て、皆忙しそうにしていた。今回の事態は普通に生きていく上では本当に起きるはずもない、未曽有の事態でもあったのだ。
「本当に場所の目星はついているの・・・?」
「・・・おーい、キース?どこに落ちたか分かるー?」図星だった。
「分からない!何しろ森の奥の方に入ったもんだから居場所が掴めない!」背中に剣をぶら下げている一人の青年が、同じく慌ただしく走っていた。
「・・・はあ。まったく。まあ、しらみつぶしに探していくしかない訳ね。」
「私を連れて行ったらいいじゃない。場所分かるから。」
「・・・今回だけよ。」
その親子は人間と何ら変わらない生物だった。ただ一風変わっていることは目の色が黒に薄緑がかかったような感じだったが。
「先遣隊、無事に目的ポイントへと着陸しました!ローゼンバーグ准将!コール大尉が行方不明二機の捜索を願い出ています!」ドラゴミル中尉が通信の通りに、この場の最高責任者の判断をあおった。
「あの二機どちらも墜落はしていない。最低でもレベッカの一機は問題ないだろう。彼女とは連絡が取れないのか?それまで待機するように伝えてほしい。一応、二人のスーツの生命反応は出ている。取りあえず通信を待つほか・・・」
「じゅ・・・准将!レベッカ大尉から連絡が来ました!『カール大尉がこん睡状態、直ちに救援を求む、我々の機体の基盤に支障あり、着陸後ただちに割れ、機能不全に陥ってしまった次第である。・・・直ちに残り二人の基盤を再確認して、飛行中に壊れる基盤を前もって取り除くのが賢明である』・・・と!」
「そうか・・・!三時間以内になるべく機体を仕上げろ!それと、後続のシャトルも直ちに発進しろ!現地の防衛の判断は以降オグラ中佐に委ねるものとする!」
ローゼンバーグは言った。そして、人類史における転換点は今、行われようとしていた。




