4話「こっちで」
スイさんはあの後すぐ海外へ行ったらしい。前からそういう予定だったとか。ほんとに住む世界が違うよね。私とはやっぱり交わっちゃいけなかったのかな。受かったのはまぐれだって分かってるんだから、進学しない選択肢は取れたはずなのに、なんでこの学校きちゃったんだろ。
「はぁ~…。」
「うっわ、デカいため息。何ヅキ、食欲ないん?ゼリー食べようか?」
「トイトさぁ~ん…。そこは“食べる?”って聞いてよぉ~…。」
「食べる?」
「コトハさぁ~ん…。トイトさんがいじめ――“食べる?”!?」
トイトさんが私に優しく…?天変地異の前触れにはこういうパターンもあるのか…?
「そんなに驚かなくても…。でも本当、トイトちゃんがデザートあげるなんて珍しいね。」
「いや、ヅキ最近ずっとこんな調子じゃん。これを目の前で見させられるとか、こっちが食欲失せる。」
「すみません…。」
スイさんのいない日常には慣れてきた気がするんだけどなぁ…。と言っても包帯はそのままだけど…。…親しい人と会えないって、結構心にくるものがあるのかも。
「いや、あのさ?スイさん今日も既読つけてくれないんだよ。もう一ヶ月だよ?」
「ヅキのトークがつまらんからでしょ。それかブロックされてる。」
「スイさんはそんなことしない!」
「まぁまぁ…。きっとスイちゃんにも事情があるんだよ。お仕事が忙しいとか。」
「なんか嫌われることしたん?」
「してない…よ?」
「したな。」
「したの?」
「いやいやいや!相手の気持ちとか分かんないから、多分してないと思うってだけで、でも心当たりがないわけじゃないなーってだけで!」
やっぱり反対を押し切ったのがよくなかったか?いい案だと思ったんだけど、私の体力を甘く見積もってたっていうか、思ったよりスイさんが――。…思ったよりスイさんが私の血を求めてきて…。それはつまり…。私が思ってるより、スイさんって私のこと…『好き』…ってことになる…のか…。
放課後――。
そもそも私は恋愛というものを全く知らないわけで。なんか勝手にスイさんの気持ち少しは理解してるつもりになってたけど、私が理解できてるのって本当に“少し”だけで、全体と比べたら欠片にもならないんじゃないの…?こう…『1足す1は2!』って数式だけ覚えてなぜそうなるのかは知らなくて、それなのに数学全体の中での『足し算の項目』は理解した気になってる…みたいな…。いや私たとえが下手すぎんか?もうちょっと頑張れよチヅキ!
とにかく、私が思ってる以上にスイさんは私のことが好きなんだと思う。たぶん!…わかんないけど…!
「――あの…!カノンちゃん…!」
カノン…“ちゃん”…?今言ったのカナミさんだよね…?トイトさんのゼリーといい、今日のこのクラスはどうなってるんだ…?それとも私がスイさんのこと思い違えてた間に二人の仲が急接近してる…?私が悩んでる間にも時間は進んで行くということなのか…?それは当たり前か…?
スイさんのこと気になるけど、こっちはこっちで気になる…!
「…何?」
「…!…あの…ソラちゃんが…“名前で呼んであげる”と喜ぶって…。」
「そんなに親しかった?」
「あ…私…。その…。…ごめんなさい…!」
カナミさんは目に涙を浮かべたまま走って逃げてしまった。
そういえば、私もソラさんにそんな感じのこと言われて“カノンさん”呼びになったんだよね。ソラさん、カノンさんのこと特に気にかけてるみたい。私は幼馴染いないから分かんないけど、家族みたいな距離の関係なのかな。…よし…!ソラさん今日はもう遊びに行っちゃったし、仲良くなるチャンスだと思って今回は私がフォロー入れてみよう…!
「あのぉ…カノンさん…?カナミさんは多分英語の課題を集めてて…。」
「これでしょ?」
「それですそれ!分かってたんですか?」
「いつも聞きに来るから。」
「私、代わりに渡してきますよ!カナミさん、カノンさんから逃げちゃってるし…。」
「…じゃあお願い。」
「はい!…ばいば~い…!また明日~…!」
…カノンさんっていつも忙しそうけど、早くに帰ってなにしてるんだろ。危ないこととかしてる…わけないか。この学校の校則が緩いのって真面目な子しか来ないからだし。バイトとかかな?…待てよ!?いつもさっさと帰るカノンさんが、今日はソラさんの方が先にいなくなるくらい学校に残っていた…。そしてカノンさんはカナミさんが来るのを予見していた…。まさか…!カナミさんを待っていたというのか…!?…ま、カノンさんも私同様誤解されてるだけってことだな!お前と同じではないだろって?…だな!
「――カナミさーん!やっと見つけた!」
カナミさんは屋上手前の階段に座っていた。南校舎にも同じようなのあるんだけど、そっちは人多いんだよ。こっちと違ってね。にしてもまだ人沢山残ってたからよかった。なんとか見つかったけど、こんなとこかくれんぼなら最強だろうな…。やったことはないんだけど…。
「チヅキちゃん。どうしたの?」
「はいこれ。カノンさんの英語のやつ。」
「あ…。…ごめんね…。届けさせちゃって…。」
「いいのいいの!好きでやってるんだから。それで、全員分集まったの?」
「え…?うん。ちゃんと教室に全員分あるよ?」
「じゃあ一緒に取りに行って提出しに行こ。半分持つよ。」
私でも分かるくらい落ち込んでるけど、とりあえず大丈夫そうなのかな?もう泣いてはないみたいだし。
「――課題の提出、手伝わせちゃってごめんね。」
「いいの。またなにか手伝えることあったら言ってよ。じゃあまた明日!」
「うん。また明日。」
うむ!カナミさんとも仲良くなれた気がする!やっぱり私成長してるよスイさん!よし、メッセージは今まで通り送り続けるとして、スイさんが帰って来たら私の成長っぷりを――。
「…ん?」
今なにかよく知っているものが視界の端に映ったような…?
周りを見渡すと、職員用の駐車場に見知った高級車が止まっているのを見つける。“まさか”と思って職員玄関を張ってみればその“まさか”で。
「――チヅキ君…。どうしてここに…。」
あの日以降なんの音沙汰もくれないスイさんがそこには立っていた。
「そっくりそのまま返すよ!どうしてここに!?いつ帰ってきてたの!?帰ってたなら教えてよ!メッセージ見て!送って!」
「昨日帰ったの…!学校には留学の手続きで…。メッセージは…アプリを開く勇気が…どうしても持てなくて…。」
「スイさんが“勇気を持てない”…?」
「本当よ…!?前に言ったじゃない…?チヅキ君に対してはどうしていいか分からなくなるって…。」
「言ってた…でも心配したんだからね?話したいこと…謝りたいこともあるし…。忙しいのは知ってるけど一言くらい…待って。“留学”って何?」
「その…将来のために…海外へ留学を…。留学自体は前から決まっていたのだけれど…伝えるタイミングがなくて…。」
「私に何も言わずに、会うこともなく海外に行っちゃうつもりだったの!?」
「そんなことないわ…!チヅキ君にも会うつもりだった…!本当よ…!?それに、海外に永住するのではなくて、留学が終わったら帰ってくるのよ…?留学だから…。」
そんなの分かってるよ…。私も“前”までは留学を考えてた。確かにスイさんは留学するべきだと思う。教室で椅子に座って先生の話を聞いているよりもスイさんにはそっちの方が有意義な時間だって思う。思うけど…。突然言われたらびっくりするじゃんか…。
「…学校じゃ話さない方がいいよね。今日は時間あるの?」
「ある…!あるわ…!」
「鞄取ってくる。」
教室から鞄を取って来て私はスイさんの車に乗り、スイさんの家まで行く。車に揺られている間は何も話す気になれなくてずっと無言だったけど、運転手さんが帰って二人きりになったらすぐに言葉が出た。
「…私が悪いのは分かってる。スイさんの気持ち、全然理解できてなかった。『好き』なんだよね?私のこと。」
「…そう…!その通りよ…!」
「スイさんが私から距離を取ったのは、私の血を吸い過ぎたのでびっくりしたからだよね?」
「…その…通りよ…。あの日は妹さんが帰ってきて偶然正気に戻れたけれど、チヅキ君と距離を置かないと、いつか…私は君を…。」
あの日ミヅキには部活がなくて、それで早く帰ってきたらスイさんに会ったらしい。ミヅキは頭がいいから、それで大体の状況は把握したんだと思う。質問攻めというか答え合わせをされたし。
「質問ばっかりでごめん。スイさんはさ。血を吸う以外に、私と“恋人のすること”したいと思うの?」
「…思うわ。」
「そっか。私は、“そういうこと”がどれくらい大切なのか分からないんだ。血を吸われるのだって、その重さは正直今も分かってない。ただ、多分、私が思ってるよりは重いんだよね。少なくともスイさんにとっては。」
「チヅキ君…。」
「恋愛とか恋人とか、“そういうこと”とか、本当まるで分からない。でも知りたいとは思う。だから、スイさんが帰ってきたら今度は私から誘おうと思ってたんだけど…丸一日空いてる日なんてないよね。」
「そう…ね…。留学先へ行くまでに、日本でやることは終わらせておかないといけないから…。」
「そうだよね。じゃあ、スイさんが留学から帰ってきたらにするよ。いつ帰って…ていうか、そもそもいつ出発なの?」
「出発は来週の予定――。…チヅキ君。」
「はい。…なに?」
「パスポートを取りましょう!」
「…はい…?」
この人はなにをいってるんだ…?いや私は恋人になるにしても友達のままでいるにしても、スイさんとの距離をもっと縮めないと話にならないと思っただけで…。…急に何言い出すんだこの人!?何がどうなってそうなんの!?
「留学先へ行けば時間は作れるから!」
「いやいやいやいや意味分かんないから!」
「大丈夫よ!パスポートは2週間程度で取得できるはずよ!」
「パスポートの問題じゃないから!」
「ああ、旅費のことなら心配しなくても、そのくらい私が…。」
「旅費でもないから!」
2週間後――。
それも母国を離れてスイさんの留学先――。の、空港出口――。
「チヅキ君お疲れ様。疲れたでしょう?早くホテルまで行きましょうか。」
「お願いします…。」
スイさんめっちゃ喜んでくれてるし良んだけどさぁ…。…まぁもうなんでもいいや。そうそう、スイさん留学先にいる間はマンション借りて住むんだって。ちなみに、一緒の部屋ですごすのはあれだから私はホテル借りてもらった。広さは丁度良いくらいなんだけど高級感が凄い。…マジで凄い。
スイさんのスケジュールが空くの、明日なんだよね。学校できるだけ休みたくなかったから、初海外の滞在時間は短いのだ。一応明日のプランは考えてきてるけど、本当は下見とかした方がいいんだろうなぁ…。でも今日はもう明日に備えて大人しく休もう。折角スイさんと遊ぶためにここまで来たんだから、寝坊して遅刻したら申し訳ないよ。
明日――。
「あら、お待たせしたかしら。」
「ううん。今来たとこだよ。」
「あらそうなの?なら、チヅキ君も遅刻したのね。」
…え!?嘘、時計ズレてた!?どうせ他に予定ないしと思って一時間早く来たはずなのに…最悪だよぉ…!
「ごめん…!折角時間作ってくれたのに…!」
「冗談よ。」
「…ふぇ…?」
「チヅキ君とこうやって遊ぶの久しぶりだから、テンションが上がってしまってつい…。ごめんなさいね?」
「ならよがっだぁ…!」
気を取り直しまして…。
「今日は水族館行こうと思うんだけど、いいかな?」
「あらいいじゃない。ちなみに選んだ理由は?メジャーな観光地ではないと思うのだけれど。」
「うーん…。そうなんだけど、観光しにきたわけじゃなくてスイさんと遊びにきただけだし。それにスイさんは“休み”でしょ?のんびりしてる方が休息になるかなーって。」
あとAIに聞いたら『こういう時は水族館』らしいから…。
「そういうところ――まぁいいわ。私はチヅキ君と遊べる今の状況が何よりの休息よ。しばらく本当に会えなくなるのだし、チヅキ君に負担をかけるつもりはないけれどスケジュールはできるだけ詰め込みたい。」
「…時々帰ってきたりとかは…?」
「『ない。』と、はっきり言っておくわ。帰国できるほどの連続した休みは取れないから…。」
「…そうだよね…。」
と、まぁスイさんに言われたところで、一度作ったプランを変えれる器用さは持ち合わせてないんですが…。それに行きたいところがあるわけでもないんだよ。教科書に載ってるものとか、見たら昔を思い出しそうでさ。昔の私はほんとに終わってたから。…思い出したくないんだよね。トラウマになってることもあるし。…ほんとあの頃の私は…。
「――くん。チヅキ君!」
「…!ごめんぼーっとしてた。」
「大丈夫?もし時差ボケが治っていないのなら…。」
「あーいや、この後の予定考えてて。」
「そうなの?…。水族館ならバスで行くのよね?普段車で移動しているから新鮮だわ。」
「バス停まで少し歩くけど、大丈夫?」
「…そんなことを言うのなら、私はチヅキ君の体力の方が心配よ。」
「そうだった。私一回倒れてるんだった。」
よしよし、一回落ち着こうかチヅキ。今日のスケジュールを確認しよう。えっと、スケジュール1は…『バスに揺られながら小粋なトークで場を温める』か。何の話をしたら…。…どうせなら、いつでもできる話じゃなくて、今しか話せないことの方がいいよね。いつもと違うもの…服装とか褒めればいいかな。じゃ、行くぞ!
「チヅキ君。その服、すごく似合っているわ。」
先を越された…!
「可愛さだけじゃなくて、どこかクールな雰囲気があるわね。」
「やっぱり似合ってるんだこの服。妹が選んでくれたんだよ。私と違ってファッションの知識もあるから頼んでみたんだ。」
「妹さん…には悪いことをしたのよね…。お詫びになるか分からないけれど、気持ちとしてお土産を送りたいわ。妹さんの好みは分かる?」
……コノ…ミ…?…ミヅキの好きなものってなんだ…!?あの妹何をあげれば喜ぶんだ…!?表情が崩れてるとこ見たことないぞ…!好きな食べ物も知らないし、好きなタイプも知らないし、好きなファッション…なんて私にはわかりかねましゅる…。…ということで。
「すみません…!よくわかりませんっ…!」
「意図せずその文を使うこともあるのね。」
さて水族館に到着。なんだかんだで場を温めることはできたということで、スケジュール2!『ちょっとした魚知識を披露して場を温める』!…まだ温めんの?これ考えた時の私、私の小粋なトーク信用してないな。なんだこれ。スケジュール1失敗する前提じゃんかこれ。
「チヅキ君。クイズ出してもいいかしら?」
先を越され――またかい。これも1と同じなんかい。
「ウミガメの仲間にオサガメというものがいるのだけれど…。さて、オサガメの特徴はなんでしょう?」
「硬い甲羅を持ってないとか?」
「正解!それでは第二問!タツノオトシゴは小さなプランクトンなどを食べて生活しています。さて、タツノオトシゴが食べることもある意外なものとはなに?」
「意外と獰猛で、小さな甲殻類とかを襲って食べることもあるらしいね。」
「…正解…。…第三問!クラゲは――。」
時は流れて――。
「――の数はいくつ…!?」
「866種。」
「…正…解っ…!100問出したのに全問正解…。…どうして全部正解するのよ…。かっこいいところを見せようと思ったのに…!」
「なんかごめん…!私無駄なことばっか知ってるから…。」
「いいのよチヅキ君…。無駄な知識なんてないわ。チヅキ君が今まで積み上げてきたものは、確かにそこに存在する。どう活かすかは自分で決められるのだから、チヅキ君の好きなように采配すれば良いのよ。」
「ありがとう…。…落ち込んでてもフォローしてくれる優しいところ、かっこいいよ!」
「ふふ…。ありがとうチヅキ君…。」
反射的に全部正解しちゃったけど、これスイさんを持ち上げる感じで行った方がよかったのかな…。…私の嘘なんてすぐバレるだろうし、意味ないか。ひとまず今はスイさんをフォローしないと…。にしても、今日のスイさんテンション上がってて可愛い。楽しんではくれてるみたいだし、誘ってよかったかな。
「スイさん、ちょっと休まない?少し早いけど昼食とか。レストランあるみたいだし。」
「そうするわ…。」
レストランに移動する。案の定全然人がいない。まだお昼時じゃないからね。で、メニューは…『魚料理』って頼んでいいのか…?魚見たあとに魚料理って、何かしらの何かに何かしないか?大丈夫?…いやまぁ言うほど魚見てもないんだけどさ。ずっとクイズしてたから。
「チヅキ君はおさかな好きなの?」
「大好物ってわけじゃないけど美味しそうだったから。」
「…あ、魚料理の話ではないのよ。ごめんなさい。ややこしいタイミングだったわね。クイズに答えられていたから好きなのかと思っただけなの。」
「そっちでしたか。…でも、そっちも好きってわけじゃないんだよね。“前の私”が偶然勉強したことを、“今”になってもまだ偶然記憶に残ってたってだけでさ。」
「…チヅキ君は“昔の自分”が嫌い?」
「どうだろ。“嫌い”ってより“怖い”かな。向き合えるほど成長してないんだよ。私は。」
ということで早めのお昼を取りまして。
「あら美味しい。」
(“美味しい”…?)
改めて館内を巡りまして。
「今度はチヅキ君もクイズ出してみてくれないかしら?」
「いいけど、上手く問題作れるかな。えっと…。問1、( )に入る単語を答えよ。ただし、回答は――。」
「ちょちょちょ、ちょっと待って。私はどう答えればいいの…?」
「あそっか。」
ショーも見まして。
「後ろの席ほとんど満席だ。もうちょっと早く来たらよかったかな。」
「クイズに熱中し過ぎたわね。…前列の方空いているわよ?チヅキ君?」
「…水族館に初めて行くからって、そのくらいの知識は仕入れ済みだからね…?」
「あら何のことかしらー。」
「…。ほら、後ろの席もあそこあいてるよ。座ろ。」
お土産も買ったりしまして。
「チヅキ君、欲しいものがあったらいくつでも――お金で心を手に入れようと考えているわけではないのよ…?」
「分かってるって。でも家族へのお土産くらい自分のお金で買うよ。」
「かっこいいわチヅキ君!」
「ありがとう。」
水族館を無事満喫したのでした。スケジュール3『水族館が暗いのは魚をびっくりさせないためらしい』コンプリートだぜ!
よしよし、いい感じに進んでるぞ!作戦通りにいかないこともあったけど、スイさん嬉しそうだったもん!ニッコリしてたもん!スイさんが嬉しそうだと私も嬉しいし、このまま勢いを落とさずに残りのスケジュールも完遂するぞ!スケジュール4!『まったりお茶』!
「落ち着くわね…。」
「そうだね…。」
勢いは落ちた気がするけど…続いてスケジュール5!『のんびりお買い物』!
「――どうでしょうか…?」
「いいと思うわ。すごく似合ってる。」
スイさんが選んでくれた服…なるほど。こういうのがオシャレなのか。これを真似する…より、もうそのまま着た方が良いな。余計なことしないでおこう。
「それでチヅキ君。お土産は何にするか決めているのかしら?」
「いや…。どうしよう…。みんな何あげたら喜んでくれるのかな…。」
「クラスメイトへのお土産なら有名どころは私も送るから、チヅキ君は好みのものを選ぶといいわよ。」
「“好みのもの”…。…最近のJKは何を好むんだ…?」
「チヅキ君も最近のJKよ…?」
…ダメだ。人に何かを与えたことがなくて何も分からない…。…いや!こういう時こそ冷静に思考を巡らせるんだ!AIに聞いたら『お土産の定番は変な置物か知らないキャラのキーホルダーか美味しそうなお菓子です』って言ってたし、そこから一人ずつ考えよう。まず、トイトさんはパン好きだからパンのキーホルダー…じゃなくて、美味しそうなお菓子にしよう。ソラさんも食べるの好きみたいだし美味しそうなお菓子で。コトハさんは…女神だから何を捧げても喜んでくれそうだけど、“捧げもの”って舞踊とか食物とかが大体だし、舞踊は贈れないから美味しそうなお菓子がいいかな。あとカナミさんにもあげよう。…あーでも、カナミさん遠慮しちゃって受け取ってくれないかも。みんなと同じ美味しそうなお菓子にしておけば受け取りやすいかな?そうしとこう。…カノンさんにもあげたい…けど口実がない…!全然仲良くなれてないし…。…カナミさんと同じ作戦で行くか…?…よしそうしよう。美味しそうなお菓子買いすぎちゃったな~って感じでこう、さりげな~く渡す感じで行こう。えっとお土産リストは…。
「美味しそうなお菓子しかないじゃん…!」
「ダメなの…!?」
「ダメじゃないよスイさん…。ダメなのは私の引き出しだよ…。」
「…?友達へのお土産なら、同じお菓子を選ぶのは定番だと思うわ。」
「え!?そうなの!?」
知らなかった…。じゃあ美味しそうなお菓子でいいや。あとは家族へのお土産を…。家族へ…。家族…。…。
「……家族へは何が良いですか…?」
「そうね…。妹さんには何度かお会いしたけれど、ご両親へはまだご挨拶できていないし、好みを把握できていないのよね…。…無難なもので固めましょうか。」
「了解!」
結局ほとんどスイさんに選んでもらいました…。服もめっちゃ買ってもらった…。…違うから!私服のバリエーションが制服よりないからだから!気付けば買われてるから断る隙を与えて貰えないだけだから!それに私だってスイさんにプレゼントのひとつくらい…あげてないけど!あげたい気持ちはあるから!…いやほら、スイさんって欲しいものなんでも手に入るじゃん?私があげられるもので喜んでもらえるものなんて思いつかないんだよ。それこそほんとに“血”くらいじゃない?まぁそれも今はいらない?みたいなんだけどさ。
さて、買ったものはとりあえずホテルに送ってもらったから後々整理するとして、スケジュール6に行きましょうか。…スケジュール6『夕食』としか書いてない…。おいおいチヅキさんよぉ。チヅキさんの実力を過信しすぎなんじゃねぇの?チヅキさん、アドリブに任せた結果ケガしてないのに包帯つけてるんだよ?海外にいる今でもつけてるんだよ?もう日常風景のひとつになっちゃって無意識でくるくる体に巻きつけてんだよ?…はぁ…。このスケジュール作った時の私のテンションどんだけ高いんだ…。
「スケジュールに余裕持たせすぎたかも…。予約の時間までちょっとある…。」
「ディナーの予約?」
「え、うん。…私が行けるお店だからね?混むかもしれないから予約はしたけど普通のお店だからね?大手チェーン店だからね?」
「…そんな!私がお金だけの人間だと思われていたなんてショックだわ!」
「あ、ごめん…!そういうことじゃなくて私は…!」
「冗談よ。」
「…。」
「いえ…あの…。チヅキ君の反応が可愛くてつい…ね…?…ごめんなさい…。」
「いや、全然気にはしてないんだけどさ。私、“冗談だ”って気付けずに本気で受け取っちゃうから…。」
「そこが可愛いのよ?」
「…まぁそれはありがとうだけど…。」
時間があると言ってもほんとにちょっとだけなんだよね…。どうやって時間を経過させるものか…。
「…時間潰しの提案があるのだけれど、いいかしら?」
「もちろんいいよ。なに?」
「少し歩かない?」
街灯は点き始めたばかりで、まだ仄暗い道。目的地を決めず、目の前にあった道をなんとなく選び進んで行く彼女に私は付いて歩く。人通りは多いと言えず少ないと言えず、すれ違う人も普通にいる。ただ、そんなことは気にならないほど横を歩いているこの人が綺麗に思えた。見慣れるくらいには何度も見てきたのに、それでも“見飽きる時は来ないのだろう”と確信できるほど綺麗な人。そう感じてはいても、やっぱりこれ以上の感情は持てない。少なくとも今は。だからもっともっと関係を続けないといけなかった。そう出来ていたら良かった。けど、それが再開されるのはずっと先の話なんだ。
「…チヅキ君。無粋なことなのだけれど、聞いてもいいかしら?」
「…うん…。」
「今日のことは、“デート”と捉えて良いものなのよね…?仲の良い友達同士で遊びに行くことをそう表現することもあるけれど、そういう意味ではなくて…。私がチヅキ君を口説くために誘ったわけではないから…どう捉えれば良いのか…。」
「デートだよ。間違いない。私がスイさんに対して恋愛感情を持てるかどうかって、そういうやつのつもり。」
「…結果は聞かせてくれる…?」
「…持てなかった。」
「…そう…。」
自分に恋愛感情があるのか自体分からない。私だって人間なんだし、ないことはないと思う。多分、まだそういう感覚が育ってないだけなんだとは思う。でもそれが今、私の中でどのくらい育っているのか、まだ種なのか、種ですらないのか、そういうことが分かっていない。恋愛的な意味ではないけど人を好きになることはあったし、その人ともっと仲を深めたいと感じることもあった。だけど友達とか友情とか、それすら私の中では未だに曖昧でなんとなくぽやっとした理解でしかない。結局どんなに近付こうとしたところで、そこを超えない限り『恋』は分からないんだ。
「…ごめんスイさん。スイさんとは付き合えない。」
「…分かったわ。…理由だけ教えて。」
「私が『恋』を知るまでまだまだ時間がかかるし、知ったところでスイさんを…女の子を好きになるかは分からない。それで、少なくとも今は恋愛感情を持てないから、付き合えない。…スイさんが喜ぶならってOKするのはよくないから、断らないといけないって、思う。だって、スイさんは私の大切な――。」
ずっと考えないようにしてたこと。声に出さないようにしてたこと。今ここで言葉にしないと二度と伝えられない気がするから。だから言え。言え私。いい加減に腹をくくれ。
「大切な友達だから。」
スイさんは何回か大きく深呼吸して、それは段々震えてきてて。諦めたのか、ぎこちない笑顔に涙を浮かべ、手の行き場を探すように髪を耳にかけながら、
「あーあ…!フラれちゃったわ…!」
そう言ってくれた。
「――落ち着いた?」
「おかげさまで。…フった相手を友達として慰めるなんて、ズルいわよ。」
「え…!?なんでぇ…!?」
「恋人は失恋の痛みを慰めてはくれないでしょう?」
「…確かに…。」
「…お金を払ったら付き合ってくれたりするのかしら?」
「それはなに…!?冗談…!?」
「少しだけ本気。“それでもいいな”って思っている自分がいるのよ。私の中に。」
スイさんはこっちを見ることなく、ただ真っ直ぐ前を見て独り言のように話していた。
「私は良い子を演じているだけで良い子ではない。だけれど、たとえ演技でも、それが周知されていても、ずっとそのままでいるのならそれも良い子だと思うのよ。良い子かどうかを判断する基準が言動ならそうなるから。」
「スイさんは良い子だよ?」
「ありがとう。客観的事実としてなら私もそう思うわ。だけれど不思議よね。私は私自身をこれ以上ないくらいの悪い子だと感じているの。そんな悪い子がほんの少しのきっかけだけで、純粋で優しい良い子の君に恋心を抱いて、君の生活を滅茶苦茶にした。」
「全然、滅茶苦茶になんか…。」
「君が気にしていないのなら私も気するべきではない。とは思うのだけれど、“紅梅寺スイ”は非の打ち所のない完璧な存在なのに、私はそれに傷を付けてしまった。私は完璧でいられなかった。無理に維持していただけだからいずれ崩壊する日が来ると分かってはいて、それでもその日まではこのままでいたかったのよ。」
誰だって、理想の自分を目標に日々を努力している。“ああなりたい”とか“こうなりたい”とか、夢を持っているから頑張れる。私はそれを持ってなかったから変な努力の仕方をして、結果大失敗していちから高校でやり直し始めた。スイさんの場合は理想が高すぎたんだろう。しかし、高すぎる理想を実現できる才覚を持っていたから途中までは上手くいって、自分の夢はあの自分でさえ実現不可能のものだと知った時には、その夢なしには進めないほどに深く深く沈みこんでしまっていたんだ。スイさんは色々と、限界だったんだと思う。
「留学中、血を吸える人はいるの?」
「いないわ。君以外の血は吸いたいと思えないから。」
「でも、体調崩したりとかするんじゃ…。」
「本当は1年くらいなら、血を吸わなくても平気なのよ。私はそこまで吸血鬼の血が濃くはないから。」
「え、そうだったの?」
「“肉体的には”。精神的には流石に無茶だったのだけれど、フラれて楽になったから留学中は問題ないわ。」
「…じゃあ、その後は?」
「限界が来るまでに君を口説き落とすしかないでしょうね。」
「それ…失敗したらどうするの?」
「君は私に元気でいて欲しいのよね?そのためなら血を吸わせるくらいどうということはないと。自己犠牲とまではいかないかもしれないけれど、今はもう、君のその善意に甘えて血を貰うことはできないわ。」
「じゃあ失敗したらスイさんは…!」
「そうなるほど酷く体調を崩すことはないはずだけれど、当然長生きはできないでしょうね。」
まるで自分のことじゃないみたいに言う…。
「私の幸福はスイさんも幸せじゃなきゃダメだって知ってるでしょ…?」
「長生きすることが幸せとは限らないわ。愛する人と結ばれないのなら“生きているだけ辛いだけ”という風に考える人もいる。君にフラれた時点で私の人生は幸福にはならないのよ。ただし、君が“私のために”と私を選んだとしても、それは断らせてもらうわ。君の幸せは君のために君が選ばないと。友人としてこれだけは言い残しておくわね。」
「さて。そろそろ夕食を取らない?」
「…あ、忘れてた…!」
「キャンセル料とかはあるのかしら?」
「いや、時間までに来なかったら勝手にキャンセルされるやつだからそれは大丈夫。」
「なら、すぐ近くにサンドイッチのお店があるから一緒に買いに行きましょう。」
「うん…。…なんか、もっとちゃんと考えて予定組めばよかったよね私…。」
「予定通りにいかない楽しみもあるわ。実際、友達とか恋人とか関係なく、今日はずっと楽しかった。誘ってくれてありがとう、チヅキ君。」
この時見せてくれたスイさんの笑顔は軽くて、きっと心の底から溢れ出た本心。どんな立場でもなく自分自身としての。だからこそ、私はそれをとても愛おしく思ったんだ。
二日後――。
私は帰国するため空港に。ちなみにデートの翌日はホテルでぼーっとしてた。体力がないものでして…。体力のあるスイさんは普通に仕事したりしてたりしたらしい。私だって一応毎日運動してるんだけど、たかが数ヶ月じゃ変わりませんよねそりゃあ。
「じゃあねスイさん。代わりにお土産渡しとくね。」
「ええ、お願い。」
「元気でね。帰ったら会いに来てね。」
「もちろん真っ先に会いに行くわ。」
「…どうしたの?まだ疲れが残っているのなら――!?」
私はスイさんのほっぺたにキスをした。
「……これは…。」
スイさんは珍しく驚いた顔のまま動けずにいる。
「友達でも、これくらいはしていいでしょ…?」
「…やっぱり私も一緒に帰国しようかしら。」
「冗談…?」
「いえ…。…頭が回っていないから今までで一番本気。」
デートが終わってからずっと考えてた。どうすればいいのか。どうしたいのか。どうするべきなのか。どうなるのか。ぼーっとお土産を整理しながら色々考えて、“こうしたら良いんじゃないか”って答えは出せた。きっと彼女は友人の頼みを断らないから。
「スイさん、帰って来たら絶対私を口説き落として。」
一瞬目を閉じて、スイさんは表情をいつも通りに戻した。
「任せてチヅキ君。紅梅寺スイは完璧なのよ!」




