3話「こんなことになるなんて」
付き合ってないのに別れ話を切り出された…。人付き合い難しすぎでしょぉ…!
「別れて欲しいってどういうこと…?理由聞いても良いんだよね…?」
「そのままの意味よ。今日までのことは全部忘れて、もう私には付き合わなくて良い。理由は、“私がチヅキ君に相応しくないから”。」
“私が”って…相応しくないのは私の方でしょ…。どう考えたって、私と紅梅寺スイじゃ釣り合いが取れてないどころか、天秤の皿に手が届かなくて乗せることすらも出来てないんだよ…?それに昨日今日で忘れられるわけないじゃんか…!折角仲良くなれたと思ったのに…!
ああもう、考えがまとまってくれない。もっとちゃんと話し合いたいのに、声が出てこない。ちゃんとやめさせたいのに。
「…ねぇ、チヅキ君。私がチヅキ君のことを好きなった理由、分かる?」
「え?…“優しくされたから”とか…?」
「それもあるわ。ないと言ったら嘘になる。チヅキ君は優しいのよね。そこはとても好き。だけれど、きっかけは違うの。」
「“きっかけ”って、ベンチで倒れてた時のこと?」
「“時のこと”。質問を重ねるわね。あの時私がどうして倒れていたのか、分かる?」
「えっと…。血が吸えなくて、自分の血を吸って、でも体力に限界が来て…って感じ…?」
「そう。血を吸いたいけれど、血を吸える相手がいない。自分で自分の腕を噛んで血を吸って、それで精神的には満たされるの。あの時まではそれで落ち着けていたのだけれど、限界だったみたい。自覚はあったのよ?このままだと病院送りだなーって、分かってはいた。」
「あの日、急に血が吸いたくなって、気付いたら自分の腕に噛みついていた。あの日すでに、連日、一人の時は自分の血を吸う生活になってしまっていたから、学校で吸いたくなったのは初めてだったけれど無理している自覚はあったし頭は冷静だったと思うわ。まさか動けなくなるまで収まらないなんて考えもしなかったのよ。チヅキ君が来ていなかったら失血で死んでいたでしょうね。自分の血を吸い過ぎて血が足りなくなるなんて本当に笑えない。」
「紅梅寺スイが頼めば血を捧げてくれる子なんて何人もいる。むしろ、弱点を知ることで親近感がわいてより好きになるって子もいるでしょうね。だけれど、それは紅梅寺スイには出来ない。私は“紅梅寺スイで在る”ことを誇りに思っているし、他の生き方は嫌っている。私に弱みや欠点があっても紅梅寺スイにはないから、それらを人に知られるわけにはいかないのよ。だから弱さに届かないよう人と距離を置いて生きているのに、君は私が置いた距離を飛び越えてしまった。それは完全なビギナーズラックで、チヅキ君に少しでも人間関係の経験値があったら、それが重りになって飛び越えることは出来なかったわ。」
「チヅキ君は昔に戻りたくないって言っていたけれど、昔のチヅキ君がいなかったら、私はチヅキ君を好きになれていないのよ。好きになれたから血を吸いたいと思えて。血を吸いたいと思えたから今も生きていられて。そうして今も君を好きでいられる。それがきっかけ。」
「チヅキ君。私チヅキ君が好き。“人付き合いを知らないチヅキ君”が…。私はそれを知っているつもりだったけれど、チヅキ君に対してはどうして良いのか分からなくて、後先考えずに嘘をついたり、逃げたりしてしまうの。今もどうしたら良いのか分かっていないわ。…でもどうしたいかは決めた。」
「私は押し付けたくない。チヅキ君は私と別れて人付き合いを知って欲しい。」
「君に、幸せになって欲しい。」
スイさんは真っ直ぐ私を見てそう言った。ベンチで倒れていた時の、温泉を断った時の、あの目をして。
『したくないことをしないより、したいことをする。結果同じことをするのなら、その時はしたいと思えるかどうかで判断する。』それが“好きだからこそ”ってことなの?そこまでしないと『好き』って言っちゃダメなの?好きな人が幸せになったらそりゃ嬉しいよ。でも、それじゃ自分の幸せを願っちゃダメみたいじゃんか…。私は今まで自分のことだけ考えて生きてきた。それが幸せだった。幸せだと思ってた。でも違った。違ったんだよ。私が生き方を変えて、お父さんもお母さんも困惑してたけど喜んでた。人が喜ぶ顔なんて見たことなかったから知らなかったけど、自分のことで喜んでくれたら自分もすっごい嬉しいんだよ。相手のことだけ考える今のスイさんも、自分のことだけ考えてた昔の私も、それじゃ自分も相手もどっちも幸せになんてなれないんだ。どっちもが幸せじゃないとダメなんだ。
言わなきゃ。相手のことを想うことが『好き』ってことなら、スイさんも…。
「…話は終わり。家に帰ったらまた、ただのクラスメイトに戻りましょうね…。」
「…まだ終わってないよ…。」
「私の都合を押し付けているのは分かっているわ…。ただそれでも私は…。」
「私が好きなんでしょ…?今も私が好きなんでしょ…!?」
「それは…。だから…!」
「スイさんに告白されて、デートして、別れ話までされて…!今の私はスイさんが好きになった時の私より少しは人付き合い知ってる…!今日の私は昨日より…!明日の私は今日よりもっと…!明後日の私はもっともっと…!その私を好きってことは、“人付き合いを知らないから好き”なんじゃなくて、“私が好き”ってことなんじゃないの…!?」
「…!だから、さっき説明したじゃない…!私が好きなのは…。」
「好きなんでしょ…!?私が…!答えてよ…!察しろなんて、そんな高度なこと無理だからね…!?どうなの!?好きなの!?付き合いたいの!?恋人になりたいの!?」
「私は…。」
「答えて!」
「…好き。大好き!愛してる!」
「それで!?」
「チヅキ君が好き!付き合いたい!恋人になりたい!血も吸いたい!」
「良いよ!吸って!」
「吸…え!?」
あれ…?
私今何言った…?
陽は完全に落ちている。スイさんは結局、終始涙は見せなかったけど、私は涙でびちゃびちゃだった。感情のコントロールが出来ないのは元からなのか、これも経験値の問題なのか。私には見当もつかなかったけどそんなことなんかどうでもよくて。ただ広くて静かな部屋に残るどっちのものか分からない鼓動の音に、耳を傾けるのに頭がいっぱいだった。
…なんだこの…なんだこの雰囲気は…!?
「制服…血で汚れたらいけないから…。」
「あ、そうだよね。脱ぐ…。」
包帯も取って…なんで脱いでるんだっけ…?違う違う。シャツだけだし…温泉の時も脱いでるし…じゃなくて。スイさんも人の血を吸うのは二回目だし、まだ慣れてないから念のためで…。…別におかしなことないよね…?スイさんだって…目が合わないぃ…!
「…チヅキ君…?あまり見ないで欲しいのだけれど…。」
「…ん?何を?」
「耳とか…牙とか…。尖…っている…から…。」
「凄く綺麗だよ…!?」
「…ありがとう…。けれど…目は瞑っていて欲しいわ…。」
「あ、はい…。分かりました…。」
吸血鬼は普段人間と同じ姿をしているが、吸血する時は吸血鬼の特徴が現れる。耳や牙が尖って大きくなったり、吸血液とか言う“よだれ”が出たりするらしい。流石に翼が生えたりはしないけど。因みに翼の名残として人間で言う尾てい骨のような…その話はいいか…。…いやなんか、ドキドキするんだよぉ…!注射苦手な人みたいな、全然関係ないこと考えてないと緊張しすぎてヤバいみたいなぁ…!てかなんで目閉じちゃった…!?なんも考えてなかった…!感じる情報が制限されてヤバい…!今触られたら絶対変な声出る…!絶対…!でも『待って』って言い出せる雰囲気じゃない…!マジでなんなんだよぉこの雰囲気ぃ…!
「…傷、治ってる…。」
「あれ、もしかしてもう痕なくなってる…?」
「ええ…。跡形もなく…。」
「そっか…。良かった…。」
「…これからまた付けることになるわね…。」
「…そっか…。」
うぅ…。会話でちょっと落ち着けたか…?
「…じゃあ…吸う…わよ…。」
「どうぞ…。…――っ…。」
牙が首の肉をかき分ける瞬間はやっぱり痛い。でも、すぐに痛みは緊張と一緒になくなっていく。力が抜けて、心地良さに変わっていく。あの時は急すぎて考える余裕なかったけど、好きかもこの感覚。最初の痛みも、生きる力が奪られてくのも、ぜんぶぜんぶ好き。あたまふわふわ…。たおれる…。そふぁぁふかふか…。ねれる…。ねたい…。ねむたい…。ねれる…。ねれ…る…。
――あれぇ…?なんだここ…?ここはどこ…?わたくしは高校一年生…。
「…今何時!?」
「あらおはよう。」
「おはよう~…じゃなくて!家帰んないと!」
「…チヅキ君。あちらをご覧に。」
あちらをご覧になると…窓の外はすっかり明るくなっていた。
「嘘ぉ…。…連絡!私、親に何にも連絡してない!」
「それなら私が『友達の家に泊まることになったから明日帰るね』と、送っておいたわ。」
…ほんとだ昨日の夜に送ってある…。私が気絶してすぐくらいの時間に…って待てよ…?
「ロックかかってたよね…?」
「指紋認証。」
「熟語で説明しないでよ!」
「冗談よ。昨日は私もチヅキ君のことで頭がいっぱいで、血を吸い終わったあと冷静になって連絡していないことに気付いたのよ。中身を調べたりしていないから安心して。」
「いや全然ありがたいし、良いんだけどさ。なんか複雑で…。」
「家族とクラスメイトしか連絡先がないからかしら?」
「しっかり見てんじゃんか!」
「ふふっ。冗談よ。本当に見ていないわ。予想出来るだけ。私も、プライベート用のスマホはチヅキ君と同じだから。」
「そうなの?」
「仕事以外での人との繋がりはほとんどないのよ。チヅキ君だけ。」
「…ありがと…。」
「冗談よ。」
「そこは本心で良いだろぉ!?」
「ふふっ。冗談よ。本心でチヅキ君が好き。」
「…そう…。」
「照れてる…。可愛いわチヅキ君。そういうところも好きよ。」
「くっ…。」
スイさん家の朝はなんかおしゃれだった。朝食にメチャウマのワッフルが出てきたり、バスルームとは別にシャワールームがあって家のお風呂場より広かったり、昨日から着っぱなしだけどまぁ仕方ないかと思って制服を着直そうとしたら新品と入れ替わってたり、変な噂立ったらどうすんのって送迎車を断って一人電車で行こうとしたら二台目が用意されてたり、やっぱりおしゃれとはちょっと違うかと思い直したところで再びなんてことない日常が訪れるのだ。因みに送迎は駅まで送ってもらったところで降りた。普段こっち方面からは乗らないから顔見知りに会わないかヒヤヒヤするぜぇ…。出くわしたら乗り過ごしてここまで来ちゃったとか何とか言って誤魔化しとこう…。
「ヅキ、何でこの方面の駅居んの?」
「ノリスゴシチャッテェ!」
トイトさんだぁ…!よりにもよって…!何故この方に…!…いや落ち着けチヅキ。合理的な理由があればただの失敗談で終わるんだ。…嫌だぁ…!絶対からかわれるよぉ…!なんなら弱みを握られて“もっちりしたチョコのパン買ってこい”って言われるよぉ…!
「この時間にこの電車に乗ってて“乗り過ごした”って、何時家出たん?早起き過ぎんでしょ。」
「ナンカメガサメチャッテサー…!」
「スイん家泊まってたん?」
「何故拙者がそのやうなことを!?」
くぉお…!?何でバレてんだぁ…!?…いや待て!まだそうと決まったわけじゃない!確証を持ってるわけじゃないんだ!まだ疑問の段階なんだ!弁明の余地はある!いざ合戦の時!いくぞぉ!
「制服新品。」
「ぐぁっ…!」
「いつもと違ってシャワー浴びて来てる。」
「がふっ…!」
「しかも高いソープ使ってる。」
「ごっふぅぁっ…!」
「もっちりしたチョコのパン。」
「買わせていただきますっ…!」
やっぱりこうなったじゃん…。トイトさんほわほわしてるけどハイスペックなんだよなぁ…。何でソープの高さを匂いで判断出来んの?どうなってんの?
「というか、トイトさんこっち方面なんだ。」
「というか、スイん家から朝帰り。」
「話題逸らし逸らしやめてぇ…!」
「友達が隠すなら私も隠す。友達だから。」
「パン要求してきたくせに。」
「要求してない。言ってみただけ。」
「じゃあ買わなくていい?」
「脚色してバラす。」
「最低だなお前…。」
別にやましいことなんてしてないのにどうしてこんな…。…まぁ、黙っててくれるなら何でもいいか…。
「…電車来た。乗ろ。トイトさん。」
「家がこっちにあるから。」
「はい?…あ、逸らし先の話題。」
「何してんの。乗り遅れるよ。」
「あ、待って…電車は待ってくれないけど!乗ります乗ります!」
今日は一日平和だった。(家に帰ったら昨日のこと適当に話さないといけないけど今のところは)平和だったなー。心の平穏が保たれていること、ストレスなく日常を送れること、これは素晴らしいことですよまったく。
「健康に悪そうなドーナツ食べ行こーぜ!」
「相変わらず心惹かれないワードだなぁ。」
「体に悪いものほどウマい。そうは思わんかね?」
「ちょっと分かるけどさぁ…。」
こうして今日は終わり、明日も終わり、明後日も終わり、そのまた次も…。土日も明けて新しい一週間が始まり、なんてことのない高校生活は続いて行くのである…。めでたしめでたし…。ちゃんちゃん…。大団円…。じ、えんど…。…えぇ~…終わり…!
「吸わせて。チヅキ君。」
「どうぞ…。」
終われねぇよなぁ!?終われるわけねぇよなぁ…!?
スイさんと目が合う度にアイコンタクトで「吸いたいです。」ってアピールしてくるのを「いや私察せられないから。ちゃんと言ってくれないと無理だから。」って感じに断ろうとして結局言葉で伝えられて断れなくて吸われるのをここ最近ずっと繰り返してんだ私は!いや吸われること自体は別に良いんだよ?減るもんじゃないし。…血は減るけど。ちょっとぐらい吸われても別に生きていけるし。…強いて言えば最近ちょっと頭が回んないような…いやそんなことはどうでもいい!多分気のせいだし!元から頭回ってないし!
問題は!包帯が外せなくてキャラとしてやるしかなくなったこと!最近は三日に一回噛み傷を付け直される日々で、それを隠すための包帯はスイさんがくれるんだけど、眠っちゃう私を家まで送ってくれるのもスイさんなんだよ。私の次に家に帰ってくるの妹なんだけど、定期的に早寝する意味不明な趣味を持つミイラ女を見るその瞳は段々と暗黒に変わっていって…ふぉお!
「…ありがとう。チヅキ君が血を吸わせてくれるから、私、仕事にも学業にも凄く集中出来ているの。本当に感謝しているわ。」
…ま、スイさんが喜んでくれるなら良っか。
「…そう言えばさ。眠った私を家まで送ってくれなくても、私の家に来てから吸えば良いんじゃないの?」
「良いの…?…いえ、やっぱり遠慮しておくわ。」
「え?何で?そっちのが楽じゃない?ベッドで吸ってそのまま放置してくれれば良いんだよ?」
「それは…我慢出来なくなると思うから…。」
「ダメだよ我慢したら!また倒れちゃうよ!?」
「倒れたのは一回だけよ?チヅキ君の方がずっと多いわ。」
「私は寝てるだけじゃん!スイさんは死にかけてたんだよ!?」
「…この話は止めましょう?質と量を秤にかけるのは健全ではないわ。」
「いや止めない!今日は私の案に乗ってもらう!」
「…チヅキ君がそこまで言うなら…。」
ということでスイさんを家に招待した。貸しは沢山あるんだし、少しぐらいわがまま聞いてもらわないとね。意識はないけど、毎回あの高級車で送ってもらってるのかと思うと…ねぇ…?向こうはそんなこと微塵も思ってないんだろうけど、一般国民の私はもったいないって思っちゃうんだよなぁ…。すげー贅沢してる気分で、すげー無駄遣いしてる気分…。
「ここが私の部屋だよ!…って、何度も入ってるのか。」
「起きているチヅキ君と一緒に居るのは初めてよ?…不思議な気分…。」
「ふ~ん。そういうものなんだ。」
「…ねぇ、やっぱり止めにしない?」
「止めにしない!パジャマに着替えるからちょっと待ってて。」
「…ここで着替えるの!?」
「…?だって私の部屋だし。」
「そうだけれど…。…廊下で待っているから、着替えが終わったら呼んでくれるかしら…。」
「そう?分かった。」
家に人呼ぶの初めてだから嬉しいな。お茶ぐらい出した方が良かったのかな?私、普段お茶とか飲まないからどこに置いてあるか知らないんだけどね。カフェインガンギマリ飲料はがぶ飲みしてたけど…。血を吸われると寝ちゃうし、高校入ってからの睡眠時間って中学までの合計より多かったりして…?…今は違うけど、このままだと今後間違いなく追い越すだろうな。流石にもう望めないけど、ちゃんと寝る生活してたら身長もっと高かったかも。妹のミヅキは背高いんだよね。
さて、着替え終わったしスイさん呼びますか。
「終わったよー。」
「…制服以外のチヅキ君、初めて見た…。」
「あー、確かにそうかも。学校以外で会わないもんね。家離れてるし。」
「よく似合ってるわ!」
「ありがと。じゃ、吸って。」
――あれ?寝てた?
「スイさ~ん…。」
は、もう帰ってるか。感想は後で聞くとして、こっちの方がスイさんも楽だよね。次もこれにしてもらお。
壁掛けのアナログ時計は七時半を指している。家を出る時に閉じたままだったカーテンを私は開け、外の明るさをこの目に浴びた。
「いやー、イイ天気だなー。ところで、今何時だい?」
壁掛けのアナログ時計は七時半を指している。
「七時…半を…指して…??夜のだよね…??」
外の明るさをこの目に浴びた。
「明る…さ…??」
……遅刻じゃんか!?
「行って来ます!」
走ればギリギリ間に合いそうですか!?私足おっそいんだけど間に合いそうですか!?電車はあと何本ありますか!?今目の前を通過していった電車は私がいつも使用させていただいているものから何本目ですか!?かむばぁっく!
「…あれ?ヅキちゃんだ。珍しいね。」
…!この女神の囁きは…!
「コトハさん!?遅れるよ!?」
実は、コトハさんとは最寄り駅が同じなのだ。中学は違うんだけどねー。…そんなことはどうでも良い!なぜこの時間に!?チヅキお前時計見間違えたのか!?
「妹を小学校に送って行ってたんだ。そしたらこんな時間になっちゃった。」
「コトハさん妹いたんだ!私もいるよ!中一の!…というか、毎日送ってるの?大変だね。」
「ううん、毎日じゃないよ?今日は妹がケガしたから特別。甘えん坊さんなんだ。毎日『お姉ちゃん!お姉ちゃん!』って、べったりなんだよ?」
「私の妹と真逆だ…。」
「そうなの?」
「うちは目も合いません…。」
「そうなんだ…。」
お姉ちゃんにべったりな妹なんて実在するんだ…。私なんか呼び捨てなのに…。妹の姉は私だから仕方ないけどさぁ…。
「…ケガといえば…!その包帯、まだ取れないの…?」
「あぁこれ?これは…キャラを守ろうと思って!」
スイさんに吸われ続けてるからとは言えない…!
「ということは…“もう治ってる”?」
「そりゃもう!ばっちり全快ですよ!」
「良かった…。心配してたんだ。」
「ご心配おかけしました…。」
女神に心配をおかけさせるとは、何をやってるんだ私は!重罪ですよ!罰してもらわなければなりませんよこれは!コトハさんにそんなことさせるわけにはいかないから私が私を罰します!私刑です!
「…あ。」
「何!?コトハさん何!?」
「次の電車…行っちゃった…。」
「あ…。」
忘れてた――。
瞬間、私は電池が切れたみたいに意識を失っていて、気が付けば病院のベッドの上で点滴を打たれていた。
気絶した原因は“貧血”らしい。私はこの時になってやっと知ったんだ。血を吸われることがどういう意味を持つのかを。スイさんがどういう気持ちで何も知らない私を相手にしていたのかを。あと少しだけ早く、気を失うより早く気付けていたらこうならなかったかもしれないのに。私はよくやってると思い込んで、実際はずっと間違え続けていた。昔のまま。私は何一つ変わっていない。
あれから一ヶ月。メッセージを送っても既読すらつかなくて。誰に聞いても、居場所も何をしているのかも分からなくて。スイさんは私の前から姿を消した。




