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こっちもそっちもあっちもどっちもにっちもさっちもいかないけれどもわっちは元気です!  作者: スマイロハ
どっち編

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20/20

20話「どの道」

 何日経ったか分からない。ミヅキが作ってくれた食事は、無理やり喉を通しては大部分を吐き出していて。食事の時間は殆ど、前より体が弱っているのを実感するだけの時間になっていた。


 流石にそろそろ病院へ行って、点滴を打ってもらって、カウンセリングを受けて――。


(――(なん)で私、死んだらダメなんだろ…。)


 死ねば全部無くなって楽になれるかもしれない。悩む事も痛む事も苦しむ事も誰かを苦しませる事も無くなる。死んだらどうなるかは議論が耐えないところだけど、()に価値を見出せなくなったならアリな選択だと思うんだよ。それが最後に残った最終手段で、唯一の希望なんだから。


 …あー…でも、ミヅキやみんなが悲しむかな…。泣くかな…。だったら嫌だな…。…でも…ミヅキの声はもう聞こえないし…顔も見えないし…。みんなも同じでしょ…?ずっとぐるぐるの悪夢の中に居るみたい…。ぐるぐるぐるぐる回ってて…ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる……あれ…?頭回らないな…?栄養が足りなくて脳が静まってるのかな…。…まぁ、いっか。


「                                          」


 (なに)(なに)か言ってるの?誰か居るの?聞こえないよ。それに、今日はもう眠いから寝させて。もう、眠いの。(なに)も考えたくない。頭も痛いし、もう寝るから。起こさないで。寝させてよ。


 お願いだから…もう楽にさせてよ……――。




 また、私は見知らぬ天井で目が覚める。あの時と特段変わるところの無い、眠る妹と殺風景な頭の中。

 “すっきりした”なんて、そんな綺麗なもののはずなかったんだ。雲の無い空は面白味が無いんだから。


 まただ。また機会を逃した。


 水面がゆっくりと凍り付いて、水底に向けて沈んで行く私を閉じ込めてくれる。あと少しで、もう少しで、真っ暗になって眠りに就ける。なのにいつもいつもこうして閉じ終わる前に引き上げられる。


(…もう限界かも。)


 殺風景な頭の中。虫食いの本で彩った(あで)やかな世界。果て無く続く枯れ果てた大地を遮っていた本棚の、最後のひとつは遂に倒れ、これで二度と、目を背ける事はできなくなった。


「…ごめんねミヅキ。」


 眠る妹を起こさないよう、静かに私はそう言い残し、重たい体を起こそうと力を込める。しかし、この体はまるで言うことを聞いてくれない。取り返しがつかなくなる直前をミヅキ(このこ)は知っているのだろう。乾いた地面の下に、あるいは地平線の向こうに、“まだ(なに)かが残っているのではないか”と、凍りつく水分を失った人形が考えてしまう。ミヅキ(このこ)は私に水を与えて、そう、仕向けているのだ。


(本当に、私と違って優秀な子…。)


 私は体を起こすのを諦め、大人しく天井を眺めていた。


 少しして。病室の扉の向こうから静かなノックの音が聞こえ、私は体と同じように出しにくい声で『どうぞ。』と返事をする。

 扉を開けて入ってきたのは、一番話を聞きたくて一番話を聞きたくない人。

 つまり。


「…コトハさん。」


 彼女は学校終わりの放課後、制服姿のままお見舞いにきてくれた。

 それは嬉しい。ただ、今の私は正直なところ、彼女とまともに会話をできる気がしない。

 (なに)を話せばいいのか。(なに)を話したいのか…。


「ヅキちゃん大丈夫だった?風邪…みたいなものをこじらせちゃったって聞いたけど…。」


 コトハさんはお見舞いの品を机に置き、私が体を起こそうとするのを手伝ってから椅子を運んできて座る。


「ミヅキがそう言ってた?だったら気を使ったんだと思う。…これは風邪じゃないから。」

「そうなんだ?」


 本気で言っているのか、からかっているのか、どちらにしても私の(ほう)から話を切り出さないといけないらしい。


「私のこと、どれくらい知ってたの?高校の前から知ってたんでしょ?…同じクラスではなかったよね…?」


 大きい学校だったことと、当時の私が人に興味を持っていなかったこととで、私からコトハさんへの知識は全て高校生になってからのものだ。…向こうからはそうでもなかったようだけど。


「噂だけだよ…!クラスメイトになったこともないし…。直接会ったのも受験の時に一回だけ…。」


 コトハさんは何故か申し訳なさそうにそう言った。


「噂って、“憧れ”とか“美人”とか、そういうヤツ?」


 コトハさんは静かに頷く。

 それなら私の把握している噂と同じものだ。故に疑問が湧く。どうしてこの人は私に話しかけてくれたのだろう。まさか、最初にやった()()()()が成功したなんてはずもないだろうし。どうしてこんな私なんかに。


「怖くなかったの?」


 気付けば声に出ていた。

 私自身、怖くて聞きたくないことだ。それでも、この人は違うのではないかと、夢を見てしまった。


 だが彼女は。


「噂は噂だよ。ヅキちゃんを怖いなんて思ったこと、一度だってない。」


 そう、包み込まれるような暖かさで言ってくれた。


 夢は夢だ。

 人は無責任に始められた生命活動の中で自分なりの理由を探す。人生を続ける理由を。その理由は『夢中になれるもの』であり、それは『恋』とも呼べるものだ。私の場合、それは勉強だった。だが今は対極にあり、(なん)の興味も湧かない。

 無我夢中で居続けることが、夢を見続けることが、人生に意味を、生きる理由を持たせるのだろう。私は夢に冷めてしまった。恋から覚めてしまった。だから新しい『相手』を見つけなくてはいけない。それまで永遠にこの体の寒気は収まらないのだ。いっそ凍りついてしまえば楽だったのに、雲の無い空に乾いた土、枯れ果てた人形では何故か凍ってくれなくて、私は何故かずっと寒さに必死で()えようとしている。

 まだ暖かい光(キラキラ)があると思ってるんだ。まだどこかに。でもどこに?光のキラキラに憧れて、泥水の氷で真似をして、そうして生まれたキラめきなんて短命なもの。ずっとは続かない。そんな夢はすぐに冷めてしまう。私は一体、この殺風景な枯れ果てた大地に(なに)を縋っているのだろうか。

 分からない。分からないが、なるほど。雲の無い空なら分かりやすい。今までは昼の光しか追ってこなかったから気付かなかったんだ。夜の(ほう)が何倍も光っていることに。地の底でも地の果てでもなく、私の頭上に悠然と広がるいくつもの星々(キラキラ)に。

 それは遠く、“手の届くもの”とは到底思えない。私はあんなに遠く離れてもここまで光を届かせるあれに、縋ろうとしているのだろうか。本気で届くと思っているのだろうか。分からない。分からないけれど、まだ私に機会があるのなら、次に目指す光はあれがいい。昼の光(たいよう)は、私には(つら)いから。


「…コトハさん。相談があるんだけど…――。」


 やっと目が覚めた。夜の光を追うんだから、夢の中へはもう逃げない。



 何日か休み、体力を戻した私は登校を再開した。

 休んでいた間のあれやこれやはカナミさんを中心にみんなでまとめてくれていたらしい。


「――ってことで、今はコトハさんの家に住まわせてもらってるんだよね。」

「なんで!?」


 朝のHRの前、カナミさんに休んでいた間の話をすると、そう言って驚かれた。


「なんでって言われても、今話した通りだけど…?」

「なんで私の家じゃないの!」


 あぁ、そっち。


「コトハさんにも色々あるんだよ。それに迷惑は……かけてないから大丈夫。」

「私にもかけて!」

「いやだからかけてないって。」


 カナミさんは怖がると思ってたのに、意外と私のことを怖がらなかった。つまり私は相変わらずみんなのことを全く理解していなかったと。

 でも最初の頃とは違う。気付かないフリはもうやらないから、ここからは真っ直ぐ向き合うんだ。


「で、ヅッキー。そのトキノコはどこ行ったんだよ?今日がっこー来てないじゃん。」

「珍しいよね。私の風邪がうつったんじゃない?」

「休んだ理由は風邪じゃなくて~って話をさっきしたんじゃないんかい。」

「まぁそうなんだけど、コトハさんにも色々あるんだよ。」


 こう言っておけばソラさんは大体のことを察してくれる。と思う。


「カノカノ~!ヅッキーがそっけない~!」

「アタシは昨日バイトで聞いたから。」

「はぁ!?どういうコト!?」


 バイトの復帰は昨日だったから、カノンさんにはその時話しちゃったんだよね…。


「ヅッキー!私たちは親友じゃなかったのかよ!」

「ソラさんに隠しごとする(ほう)が難しいじゃん。どうせミヅキから聞き出して昔の私のこと知ってたんでしょ?」

「……ベツニ…?」


 隠す気ないなコイツ…。


「トイトさんは(なん)か言わないの?」


 さっきから黙ってるけど。


「じゃあ。『(カネ)は?』」

「バイト代とか全部あげるって言ったんだけど、半分はコトハさんのお母さんに頼まれて住まわせてもらってる感じだから、受け取ってくれないんだよね。」


 私の親は相変わらず私にノータッチで『金はやるから関わらないでくれ』って感じだし、私は私で物欲がなくなっちゃったし、高一にしてはお金が余りまくってるんだよなぁ…。


「…カノンさん要る?」

「殴るよ?」

「すみません冗談です…。」


 …じゃあ、この辺で質問タイムは終わりでいいのかな?


「まだ聞きたいことある?」

「私、いいかな?」


 カナミさん。どうぞどうぞ。(なん)でしょう。


「チヅキちゃんは、本当は頭が()いってことなんだよね…?」

「うーん…。『頭が()い』ってよりは『知識がある』の(ほう)が合ってるかな。」


 もう前みたいには勉強しないから過去の栄光だけどね。私は勉強してないと全然ダメダメになるタイプだし。


「でも私の知識なんて浅いものだよ。少し調べれば分かる程度のうす~い知識。AIがある今の時代じゃ通用しないから実用性はないワケだし、誇れる長所ではなくて…。」


 そう考えると、私の長所って…まさか“顔”だけ…?…いやいや、顔なんてみんなも()いんだから誇れないでしょ。でも好きに生きるって決めちゃった以上は性格も誇れないしな…。


「卑屈だねー。自己評価が低いよ。この学校に入れる学力が誇れないワケないじゃんか。基準が“自分”だから感覚狂ってるんだよヅッキーは。」

「そんなもんかな?」

「そんなもんでしょ。…もんじゃ焼き食べに行こーぜ!」

()()を元気づけてる途中で食欲に負けないでよ。」


 それに。


「私は行かないよ。色々用事があるから。」


 バイトとか、コトハさんの妹さんのこととか、コトハさん自身のこととか…色々。


「…あのさ。カナミさんとカノンさんと、一応ソラさんも、伝えたいことがあるんだけどいい?」

「いいよ?」

「いいけど、(なに)?」

「ヤダ!!」

「いやソラさんの意見はどうでもいいんだけど。」

「少数の意見を圧し潰すリーダーは革命の素にな――!」

「みんなちょっと人の少ないところまで付いて来てよ。」

「おい!?」



 ということで、校舎の陰になっている人気(ひとけ)のない場所までみんなを連れてきました。


「HR始まっちゃうから手短に言うね。」


 カナミさんは緊張して、カノンさんは普段通りで、ソラさんは怪訝(けげん)な顔をしてこっちを睨みつけてきて、トイトさんは……(なん)でこの人も付いて来てるんだろう…。


「面白そうだから。」

「そうですか。」


 えっと、気を取り直して。


「カナミさん、カノンさん、それと一応ソラさん。3人とも、私と付き合わない?」




「なんで!?」

「いいよ。付き合う。」

「ヤダ!絶対ヤダ!」


 やっぱりこうなったか。


 説明するとですね。私は今まで付き合うとか付き合わないとか、恋人がどうとか友人がどうとか、色々考えて言い訳してたワケですよ。今の関係を続ける言い訳を。

 ただもうその必要がなくなったので、断る理由がなくなっちゃったんですよね。恋心は相変わらず持ててないんですけど、それでもいいなら私は付き合いたいんです。恋人になりたい。嫌ならいいんです。私はそういう人間なので、それを自覚した今、きれいごとを並べるのは辞めにするんです。


「待って…!?待って待って…!?カノンちゃんとソラちゃん…!?どういう…!?」

「アタシはカナミのコトは知ってたけど。」

「そんなんどうでもいいから!!(なん)でだよ!?カノカノだけ付き合えばいいでしょ!?(なん)で私も輪の中に入れるワケ!?」

「この際、二股も三股も関係ないでしょ。」

「私は絶対に付き合わないからね!?」

「二人とも私が好きなこと知ってたの…!?バレてたの…!?いつから…!?」

「いや、(なん)でバレてないと思ってたん?」

「えぇ…!?」

「カノカノ!!話聞いてんの!?」


 あらー。どうしようこれ。


「…トイトさん、スマホ構えて(なに)してるの?」

「動画。(あと)で見せたら面白そうだから。」

「私が言うのもなんだけど、やめてあげて…。」


 しばらく3人の言い争いを眺めるしかできなくて。



 数分後――。


「――夏休みの間にそんなことが…。」

「…3人とも落ち着いた?」

「あ、うん。待っててくれてありがとう。チヅキちゃん。」

「じゃあ、その…返事聞いてもいい?」

「うん。大丈夫だよ。」


 では…。


「まず最初に、私が付き合って欲しいって言った理由はみんなに元気でいて欲しいからなんだよ。そのためには血を吸う吸われるの関係を続ける必要があって、みんなが私以外のパートナーを見つけられないなら、友達のままでいるよりも恋人の関係になった(ほう)が健全だと思う。ここまではいい?」

「うん…。それは納得できる。…でも、チヅキちゃんはそれでいいの?」

「さっき話した通り、私はこういう人間だから、それを無理なく受け入れる人とだけ関係を持つことにしたんだ。受け入れられないなら離れた(ほう)がお互いに()いし、私はもう私の幸せを優先して生きるから“合わない”人とは付き合わない。期待を裏切ってるならごめん。謝りはするけど、これが私だからその期待には答えられない。」


 全員に好かれるのは無理だ。私はそんなに器用じゃないから。だから私は私を好きでいてくれる人とだけ関わって生きて行く。狭い世界になるけど、私の小さい腕で抱えられるのはこれが限界なんだって分かったから、これでいい。これがいい。たとえ、それがたった一人であっても、これより多くは抱え切れないってことなんだ。


「でも本当、無理にとは言わないし言いたくない。付き合ったからといって、私に恋心がない以上は今と(たい)した違いはないし…。嫌なら…。」

「…チヅキちゃん、私は――。」

「――ちょっと待った!」


 !?


「勘を信じて正解だったわ。私なしで事を進めるなんて酷いじゃない。」


 その声、その姿、まさか…!


「久しぶりに()()()わね。チヅキ(くん)。」

「スイさん!?」


 なぜここに…!?…って、ほんとに(なん)で…?


「留学は?」

「我慢できなくて辞めて来たわ。」

「……?」

「留学は『辞めて』こっちに帰って『来た』のよ。大見得切って、結局半年()たなかったのよね。」

「…(なに)が?」

「吸血欲求。」


 ()()見栄張ってたんだ…。…確かに、今考えると“1年我慢できる”って単位がぶっ飛んでるもんな…。


「で、チヅキ(くん)。私にも言うことがあるでしょう?」

「…あ。えっと、スイさん、私と付き合ってください。」

「喜んで!」


 スイさんは私の両手を握って舞い上がった。


 ……元気そうで()かった!

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