15話「悪夢」
カノンさんから返って来た『何の話…?』という返しに、私は私で同じ言葉を返したくなる。それを必死に我慢して最初から一つずつした説明を、カノンさんは静かに聞いていた。
そして。
「覚えてない…。」
私の血を吸ったことは、3回ともカノンさんの記憶に残っていなかった。
「本当に…?本当に思い出せない…?3回目の、私の部屋で吸った時とか、マジで直前まで話してたよ…?」
「いや…。…どんな話?」
「私から良い匂いがするーみたいな。」
「なにそれキモ…。最悪…。」
「えー?可愛かったよ?」
「…あっそ。」
カノンさんはしばらく考え込んで。
「…恋愛感情みたいなんはないから。」
「え?吸血って“そういうこと”なんじゃないの?」
「“そういうこと”だけど…。…アタシの“友達”の感覚が恋人よりなんは認める。チヅキとそういうことができるかどうかで言ったらできる。でも友達は友達。チヅキにそういうんはないから。そこは勘違いしないで。」
「…分かった。勘違いしない。」
結局私の考えすぎだったってことですか。まぁ何事もないならそれは良い事ですね。
「吸ったのはごめん。でも覚えてないんよ。ホントに。そもそもアタシ、吸血欲求って言うの?持ったことないし…。…あー、痛くなかった?」
「ああ、えっと。噛まれる瞬間は痛くはあるんだけど、慣れてるから大丈夫だよ。」
「“慣れてる”って、カナミに?そんな関係だったん?」
ヤバ…!墓穴掘った…!
「待ってごめん!今のナシ!」
「言いたくないんならいいよ。そういうトーク興味ないし。」
「うぅ…。いや…あの…。そういう関係ではないんだけど…色々あって…。」
「ふぅん。…アタシは別に、カナミのパートナーに手出したんじゃないんだったら、何でもいいんだけど。」
「あ、そっか…。そういうことになるのか…。」
…いや、別に付き合ってるワケじゃないから多分セーフ!よし。
「…ん?じゃあカノンさん、初めて吸ったのに覚えられてないってこと…?」
「そうなるんかな?でも、別に気にすることないでしょ。覚えてないんだし。減るもんじゃないし。」
「そう…かな…?」
「“そう”なん。お金のかかることはできんけど、お詫びはするから。何か…雑用とか。」
雑用って…。それは私が耐えられないよ…。
「…じゃあさ、今日の夜BBQやろうってトイトさんが言ってるんだけど、カノンさんも来ない?トイトさん、私にしかメッセージ送ってないっぽいんだよね。私に誘えってことなんだろうけど、それで海行ったメンバーは誘おうと思ってるから、どう?」
「そんなんでいいんならいくらでも付き合うけど…。他にも何か、思いついたらでいいから言って。」
「お詫びなんて気にしなくていいよ?」
「アタシが気にすんの。」
カノンさんがそう言うなら何か考えとくか。
そんな感じで帰り際。
「…あのさ。何か要求できる立場じゃないんは分かってるけど、できればソラにはこのこと、伝えんで欲しい…。」
「いいけど…。…病院行って診てもらったり…するんだよね…?」
「…悪いけどそれは無理。自分のことで無駄遣いしたくないから。薬貰ってすぐ治るものでもないし、通うってなると高くつくし…。」
“行った方が良いのは分かってるけど”ってことなのか…。
「…夜は、何時集合か送るからメッセージ見てて。じゃあまた夜にね。」
「ん。」
たまたま寝ぼけてただけで記憶障害じゃないって可能性もある。カナミさんの記憶が残らないバージョンみたいなものだとしたら、どっちがマシかは本人の性格次第になるのかな。カノンさんはあんまり重く受け止めてはいないみたいだけど、覚えてない以上は具体的な実感も湧きにくいってことなんだろうか。むしろ私の方が深く気にしすぎてるのかも…?
カノンさんと別れた後、私はコトハさん、カナミさん、ソラさんの3人にもお誘いをして、見事全員引き入れることに成功したので、トイトさんにその成果を報告します。
「――メンバー集めたよ。夜にやるのでいいんだよね?何時から?」
『6時以降の好きな時間に。ヅキはもっと早めに来い。』
「おっけー。準備手伝えってことね。何か買うものある?」
『ない。絶対に何も持ってくるな。絶対に食材を持ってこさせるな。』
「何で?持ち寄りとか楽しそうじゃん。」
まぁ、まだみんなには何も言ってないから止めるのは簡単だけど。
『紅梅寺から何も聞いてない?』
「何でスイさんが出てくるの?」
『紅梅寺の家からBBQセット贈られた。冷凍庫にアイスが入らん。』
なるほど…。大量の食材を消費したいのか…。…ていうかそれで家に来てアイスを…。
でもスイさんからは何も聞いてないな。多分スイさんのご両親が、会社の付き合いとか、そういう感じのアレでトイトさん家に贈ったんだろうな。
「じゃあ、それはみんなにも連絡しとくけどさ。何でトイトさん自分で誘わずに私を一枚かませるの?」
『私が誘えるのヅキとコトハしかおらんし、ヅキの方が友達多いから。』
……は!?
「いやいや、そんな訳ないでしょ!私なんか友達多いランキング最底辺でしょ!?」
『“知人の数”ならヅキは相手にならんけど、遊びに誘える“友人の数”ならそんなもん。』
「うそぉ…。絶対嘘だよ。私、信じないよ?また私のことからかってるんでしょ?」
『“キラキラ”に夢見すぎ。人がしっかり付き合える人数なんて高が知れてる。じゃないと『親友』なんて言葉は生まれない。』
難しい…。なんとなく分かるような…分からないような…。
「じゃあ、私はトイトさんの何なの?『知人』?『友人』?『親友』?」
『玩具。』
ちくしょう、油断した…!やっぱからかってるだけじゃんか!
夜。オモチャで遊ぶ子の家に行き、準備を手伝いましてみんなが来るのを待っています。
「――そういえばトイトさん。ご両親は今どちらに?」
「知らん。興味ない。多分、日本か海外かどっちかにはいる。」
「それでいなかったら宇宙飛行士になっちゃうよ。」
スイさんといい、この手の方々は放任主義みたいな感じなんですかね?二人とも自立してるもんなぁ。…まぁ、ウチも私のせいで似たような感じにはなってるけど…。
BBQ用のグリルに食器と、後は肝心の食材を用意――。
「…トイトさん、これホントにBBQセット…?」
冷凍庫を開けて中身を見た私は何とも言えない感情に襲われた。
肉がブロックで切れてないのはいいとして、見覚えのある吻のデカい魚が丸々一尾冷凍庫に収まってる…。これ…カジキマグロ……え…?いやよく入ったな。どんだけデカいんだこの冷凍庫…。それに他にも一般的ではないような食材がごろごろと…。
「肉と魚と野菜だから、BBQでしょ。」
「じゃあ、この肉は?」
「エゾシカ。」
「この…カジキの奥にあるさくは?」
「ネズミザメ。」
「じゃあこの、バターナッツ・スクワッシュっぽいカボチャは?」
「バターナッツ・スクワッシュ。」
これBBQセットのつもりで贈ってないと思う…。
珍しい食材にお高い食材にと、雑に焼いていいのか迷うものたちに難儀していると、6時を回って一人目のメンバーがやってきました。
「出てくる。」
「ああ、うん。」
とりあえずどれを食べるか考えないとな。料理の知識はあってもやったことないから悩ましい…。
「ヅキ。」
「ん~?何?誰きた?」
食材とにらめっこしていると、『お邪魔します。』と一言聴こえてきた頼れる声に、私は急いで正体を確かめる。
「茜谷来た。」
「救世主じゃん!」
状況をカノンさんに説明して、下ごしらえを手伝ってもらうことになりました。
「――料理はできるんだけど、触ったことない食材ばっかだから…。」
「知識ならあるよ。ねぇ?トイトさん。」
「道具もある。ついでにカジキも捌いて欲しい。」
何で道具あるの…?初犯じゃないなさては。
「いや…流石にカジキは無理。」
「マジか。しゃーない。カジキは私がやる。」
何でできるんだよ。できるんなら最初からしてろよ。
色々ありましたがカノンさんのおかげで準備は完璧。やってる間に他のメンバーも全員集まったので、のんびりBBQを楽しみましょう!KP~!
「――ヅキちゃんはい。あ~ん。」
「あ~ん。」
うまい。何の肉か分からないけどうまい。
「――!?チヅキちゃん…!あ~ん…!」
「あ~ん。」
これもうまい。何の魚か分からないけどうまい。
「ヅキ。あ~ん。」
「あ~ん。」
……辛っ!?
「何これ…!?」
「ペッパーX。」
「それ世界で一番辛いヤツでしょ!?なんてもの食べさせてるの!ショックで死んだらどうするの!」
「大丈夫。私はヅキを信じてるから。」
「そんな信頼ならいらない…。」
「冗談。本当は熊鷹。」
「日本で一番辛いヤツじゃん…。」
これがやりたくて私を呼んだんじゃないよね…?
「トイトさん、今までもこういう感じに食べ物もらって食べ切れないとかあったの?」
「いや、普通に食べ切ってた。」
「マジか。すご…。じゃあ、今日のも本当は一人で食べ切れたり?」
「余裕。」
「え、じゃあ、何で誘ってくれたの?」
まさか本当に私で遊びたかっただけ…?
「ヅキ、BBQ一回やってみたかったんでしょ。」
「トイトさん…!」
優しい…。好き!
「ていうのが一割、アイス入れる枠確保したいのが九割。」
「そっちが本音かい。」
数時間後――。
後片付けも終えまして、いい時間なのでお家に帰りましょう。食材も結構消費――…できたと思います…。それなりには…。
「――…ヅキ、キャンプする?」
「何急に…!?私なんかした…!?」
「人の提案を刑罰みたいに言うな。」
「あ、ごめんなさい…。」
いやでも、何で急に…。キャンプはしたいけどさ。……もしかして…。
「私の“夏休みにやりたいことリスト”…勝手に制覇しようとしてる…?」
「ソンナコトナイデスヨー。」
「敬語使わないでしょあなた…。」
人の夏休みを雑に消費させようとしてるな…?
「私は計画を立てるところからやりたいの!」
「“部屋キャン”…。」
「っ…!」
「興味ない?」
「……ある…。」
ということでトイトさん家にお泊り部屋キャンすることになりました。
キャンプ道具も一式揃ってるとは…。逆に何がないんだろう…。
リビングにテントを広げながら、私はふと思いつきます。
「…思ったんだけどさ。トイトさん、もしかして寂しいの?家がにぎやかになったから終わりたくなくなっちゃったんでしょ~?」
「紅梅寺のこと、カナミに話そうかな。」
「ごめんなんでもないです。調子乗りました。すみません。勘弁してください。」
…いや待てチヅキ。別に何一つやましいことはしていないではないか。だって付き合ってないんだから。確かにちょっとスイさんに吸血されて、カナミさんに吸血されて、カノンさんに…いやまぁ、何でもかんでも知ってた方が良いというわけではないですから。カナミさんに無駄なことを教える必要はないんですよ。そうです。不必要なことに時間を割くなんてアレですからね。いやホント。アレですホント。…さぁ~テント立てたぞ~!うわ~!めっちゃ雰囲気出る~!
…なんか話す気になれなくて黙っちゃうんだよ…。一応、“他人の秘密”だし…。スイさん、カナミさん、カノンさんのあれやこれやを、私が勝手に言っていいのかなって…。大昔の吸血鬼は不死身で人食いのバケモノだったって話だし、吸血鬼ってだけで怖がる人はいる。それがたとえ吸血鬼同士であっても。
3人とも“人に知られたくない短所”だと考えてるっぽいし、それが付随してしまう色んな秘密も話す気になれない。誠実にお断りしたいのは、そうなんだけどね…。私だって知られたくない秘密はある。自分のそれを明かしてないのに、他人のそれをべらべら喋っちゃうなんて、そんな勇気が私にあったらこんなにややこしいことにはなってないよ…。
(…そっか。私が誰にも恋心を持てないのって――。)
――…難しいこと考えて頭痛くなってきた…。考えるのやめよ。
さて、寝る準備は万端です。人は非日常にわくわくを感じるんでしょうね。いつも会ってる友達でも、いつもと違う場所でいつもと違うことをしていると、それだけで楽しくなってくるものです。テンションが上がってこれはもう寝れない!寝たら負けゲームは始まっているんだ!トークテーマが奥から奥から溢れ出てく――。
――…っは!気がついたら寝てた…。全然寝る気なかったのに、私はどんだけ眠気に弱いんだ…。生活リズムが整ってると夜更かしできなくなるんだなぁ…。…それは良い事か。
…思えば、私が起きててみんなが寝てるのって中々ない状況なんだな。…みんなの寝顔写真撮っちゃお!ぐへへ。
まずは隣のコトハさんから…。ふわぁ…美人さんだぁ…。可愛い…。今なら女神像を彫刻できる気がする。この場に大理石があったら神殿を建設し始めていたところだった。危ない危ない。
続いてカナミさん…。うーむ…。やっぱり顔が良い…。普段うつむいちゃってることが多いの勿体無いよ。もっとお顔を見せて欲しいよね。
そしてカノンさん…。…写真撮ったら怒られそうだな…。まぁ…一枚だけならいいでしょ…。多分…。…写真撮りたくなる寝顔なのが悪い!いつもの眼付きがなくなって優しい顔になってるから余計可愛いんだもん!こんなの撮ってくださいって言ってるようなもんじゃん!私は悪くない!でも一枚だけにしとく!一枚だけならバレてもギリギリ許してくれるかもしれないから!決してヒヨってるワケではないけど!
…もしかして私、今めっちゃ最低なことしてる…?…最後!最後にトイトさんだけ!これだけは普段の報復と思って見過ごしてもらう!
とまぁ、怒られたら普通に謝って消すとして、トイトさんとソラさんはどこに行ったんだろ。ソラさんとか、カノンさんの横で寝てるはずなのに寝袋だけが置いてあるし。トイトさんも同じ感じで。あの二人の無防備な寝顔を入手できたら最高なんだけどな。…ちょっと探索してみるか。
私は真っ暗な廊下を、スマホのライトを頼りに進んで行く。一歩、また一歩、恐る恐る歩いていると、音こそしないものの、かすかに明かりが漏れている部屋を見つけた。ドアノブに手をかけゆっくりと回し、ほんの少しの隙間だけ開けて中を覗くと。
「――よし、あとはパンに唐辛子パウダーを練り込んで焼けば、それでヅッキーへの朝食ドッキリの準備は終わりだぜ…!」
「ヅキがどういう反応するか賭ける?」
「いいね!じゃあ私は~――。」
私は悪夢を見たことにして、ドアをそっと閉じ、寝袋に戻って眠り直した。




