14話「明日は晴れるかな?」
カノンさんが私の家に泊まった翌朝。私は誰かに体を揺さぶられて目が覚める。
「……おはよ…?」
「チヅキ、起きた?」
私を起こしたのは妹だった。
「ミヅキ…?…カノンさんは…。」
「友達?帰った時にはチヅキ以外いなかったけど…。…チヅキ、いつから寝てるの?夕食は食べれる?」
そう聞かれてやっと私は今が朝ではないことに気付いた。
スマホを見ると、目覚ましのアラームはとっくの前に鳴りやんでいて、みんなからのメッセージで寝ている間のことを確認する。どうやら、私に起きる気配がないからカノンさんが私の課題を帰るついでに持って行って、今日はカナミさんの家に集まってやっていたらしい。しかしこうなると“手伝ってもらう”の範疇を完全に出てしまっているし、流石に反省したので残りは私一人で片付けよう。
泊めておいてカノンさんに気を使わせてしまったのもそうだけど、もう一つの問題は明らかに寝すぎていること。今の時間は18時すぎで、私は一日近く夢の中にいたことになる。寝たと言うより気絶したと言った感じだ。なんならまだ眠い。昨日カノンさんにそれだけ多く吸血されたってことなんだろうけど…。
「…チヅキ?…大丈夫?」
「大丈夫だよ。ちょっと夜更かししただけ――。」
ベッドからおりようとして体を起こした瞬間、重力が空回ったみたいに私の体は横に倒れかけ、それを咄嗟にミヅキが受け止めてくれる。
「…また噛まれたの?」
「いや…うん…。」
やはりミヅキには、嘘はつけないらしい。変わらない表情と声のまま、すっと詰め寄られる。
「“カノンさん”って人?」
「…うん…。」
「恋人なの?」
「違う…。多分…。」
私はカノンさんのことを恋人だと思ったことも、恋人になって欲しいと思ったこともない。でもカノンさんはどうなんだろう。私にそういう感情を持ってて血を吸ってるのか、それともただの気まぐれのお遊びなのか…。
「私はチヅキがどう思ってるのかを聞いてる。」
ミヅキの言葉に、私は我に返った。
「“友達”…!大事な友達…。」
カノンさんが私に何を求めていようと答えは決まってるんだから、良い人ぶって仮面をかぶるのはナシだ。事実がどうだろうと、私にその気がないことをカノンさんにはっきり伝えよう。
「ミヅキ私――!」
「ダメ。」
(まだ何も言ってないのに…!)
「今日はダメ。寝てて。食事は栄養の取れるもの私が用意して持ってくるから。」
「いやホント、大丈夫だって。ちょっとだけ眠いくらいで、めまいも少ししたら治るし…。」
「眠いのは毒のせい。毒を分解するまでは栄養を取って安静にして。」
私はミヅキに、ベッドに押し込まれる。
「それと、明日も一日家にいて。」
そう言い残して、ミヅキは部屋を出た。
翌日、家が近いからという理由で預かってくれていたコトハさんから私の課題を受け取り、ベッドの上に机を用意して残りを片付けにかかる。眠くて仕方なかったけど、どうにか朝から晩までノンストップで手を動かし続け、課題が終わる頃には眠気も分解し終わっていた。
「終わった~…!」
思いっきり伸びをしてから、私はウキウキでメッセージアプリを開き、『課題終わらせました!!海行きましょう!!』と送って返事を待つ。
次々に“OK”が帰ってくる中、一人だけ無反応の人が…。しびれを切らしたソラさんはグループ通話を始めます。
『カノカノも行こーよー!』
『アタシは行かんよ。行ったとしても海には入んないし、行く意味ないから。』
「え、何で?…私も泳げないから大丈夫だよ!海は入らなくても楽しめるんだよ!」
『いやカノカノは泳げるよヅッキー。』
(違ったか。)
『どうせ“水着持ってない”って言うんでしょ?』
『まぁ…そうだけど…。』
「そういうことならカノンさん、私ので良かったら貸すよ!」
『良くないよヅッキーのサイズじゃ着れないんだから。』
(もう黙っとこ。)
『買うお金がないって言い訳なら、私の貸すから明日家来て。』
『…ソラの家には行きたくない。』
『私の家に行きたくないんじゃなくて、私の部屋に入りたくないんでしょ?水着はリビングに持ってくから私の部屋には来なくて良いよ。それとも、奥の手使って欲しいワケ?』
『それがもう奥の手じゃん…。分かったよ。行くよ、海。水着は貸して。』
『おっけー!カノカノに似合う最強の水着を選んで待ってるぜ…!楽しみにしておきなっ!』
てなわけで海に行きますよ!
次の日――。
みんなで海水浴場に来ています。憧れの『友達と海』!よく晴れてくれたので人も多いですね~。やっぱり夏と言えばこういう光景ですよ。
なのに…。
「――みんな海入らないの!?」
私以外持ってきたパラソルの下に引き籠っています…。
「だって暑いんだも~ん…。ヅッキーもこっち来て一緒に涼もうよぉ~。そんなとこにいたらとろけちゃうよぉ~?」
気怠そうにだらけやがって…。
「せっかくのかわいい水着が台無しだよ!?太陽の下で遊ぼうよ!水に入ったら涼しいって!」
「こんなに暑いと思わなかったんだよねー。もっと露出の少ない水着にすればよかった。…そうだ!もっと涼しくなってからまた来るっていうのは――。」
「涼しくなったら海入れないじゃん!」
「えぇ~…?じゃあ…温水のプールにする?カノカノ11月空いてるー?」
「そんな先のスケジュール決まってない。」
「だよねー。…だって。」
「“だって”じゃないよ!何で海来てプールの話してるの!水なら目の前に大海原が広がってるでしょ!?日光で温められた海水があるでしょ!?」
「いやいやヅッキー。温められてても温水とは言えないでしょ。」
「そうですね!もういいよ!」
意地でも日陰から出るつもりないなソラさんめ…。そんなに日焼けが嫌かい。包帯を巻くかどうかギリギリまで悩んで、包帯の代わりに首元を隠せるヤツ選ぶだけにして、普段包帯で隠してる肌を太陽にさらけ出す決心をした私の気持ちは何だって言うんだ!だったら私も本当はもっと露出の少ないのがいい!
いや、カナミさんとカノンさんは分かるよ?吸血鬼は人間より強い日差しに弱いから。でもソラさんアンタいっつも太陽の下歩き回って遊びまくってるでしょうよ。ふざけやがって…。とりあえず一旦私もパラソルにあやかるけど、ふざけやがって!
「ヅキちゃん…。私が…何か…。ビーチボールとか…。持って…来たから……。」
「あー待って待って。ソラさんとのやり取りは冗談だよ!漫才みたいな!コトハさんは休んでていいよ~!」
コトハさんも熱中症みたいになってダウンしてるし…。
「…トイトさん、遊ぼうよ。」
「ヅキが面白いことするなら。」
「するから。遊ぼうよ。」
「じゃん、ぽん、けん。あっち向いてほい。わー負けたー。…はい。」
「ひとりで何してるの…。」
一番元気そうなトイトさんはやる気を感じられないし…。お前ら海に何しに来たんだ。
「ごめんねチヅキちゃん…。もうちょっと耐えられると思ったんだけど…。」
「いいよカナミさん。色々言いはしたけど、私はみんなと予定合わせて出かけられてるだけで嬉しいからさ。『快晴の日に友達と海に行きたい!』って無理に誘ったのは私だし、みんな暑いの苦手なのに付き合ってくれて感謝しかないよ。次は曇りの日に誘うね。」
「チヅキちゃん…。私も、日光を克服できるように頑張るね!」
「それは何か違う気がするけど…。ありがと。」
記念に夏っぽい写真は撮れたから、私的にはこれで充分満足です。
「みんなどうする?もう帰る?…ていうか、コトハさん帰れる…?」
「大丈夫だよ…?帰れるよ…?全然…私…動けるよぉ…?」
帰れないな。もうちょっと休ませないと。
「誰か、車出せる人いない?」
「トイッチん家お金持ちなんだし、お車の一台や二台や三十台ご用意できるでしょ。」
「紅梅寺と同じ基準で考えるな。」
正直ちょっと考えてた…。トイトさんごめん…!ただ、流石にスイさんでも三十台は――…いけそうかも…。
「タクシー呼ぶ。コトハはそれでさっさと帰れ。」
「ありがとう…トイトちゃん…。」
…ぶっ倒れた私ってこんな感じで最終的に家まで辿り着いてるのかな…。
「私、冷たい飲み物買って来るよ。みんなリクエストある?」
「鍋焼きうどんの気分!」
「ふんふん、ソラさんはリクエストなしね。」
「パン。」
「トイトさんもリクエストなしと。」
「水。」
「カノンさんは水。」
「私もお水がいいな。」
「カナミさんも水。」
コトハさんももちろん水として。
「おっけー。ミネラルウォーター3本ね。」
「え?ヅッキー、私とトイッチの分は?」
「好きなだけ買ってきなよ。」
「……“自分で”ってことかよ!」
ふざける元気があるなら余裕でしょ。
「ヅッキーのばーか!薄情者!ミイラ女!背低い!スタイル悪い!ぶ…すじゃないけど服装のセンスが…悪くないけど…!」
「さっきから何言ってるの…。暑さにやられたなら素直に頼りなよ。人には頼っていいんだよ?」
「くっ…!よりによってヅッキーに言われるとはっ…!」
「失礼だな…。心配しなくても、ちゃんと全員分買って来るよ。ちょっと待ってて。」
ソラさんも暑さにやられたみたいだし、コトハさん送ったら解散しよ。
ということで海は終了。また今度、曇りの日にでももう一回来ましょう。来年とかはスイさんも一緒に。
その夜――。
いやー、なんだかんだで夏休みを満喫してますね。スマホの中が夏休みっぽい写真で溢れてきましたもん。夏休み後半もこの勢いでがんば――れない…!カノンさんにお断りするの忘れてた――っていうか私、アロマディフューザー渡してないじゃん!?毎回なんか存在を忘れちゃうんだよな…。カノンさんから借りてたパジャマと布団もクリーニングから帰って来てるし、明日一緒に渡しに行くか。
明日の荷物を準備していると、珍しくトイトさんからメッセージが送られてきました。
『明日私の家でBBQしよ』
翌日――。
私はカノンさんの家に来ています。
「――これ、借りてたヤツ。」
「ありがと。」
玄関先で借りてたものを返しまして。
「それと、これもどうぞ。」
「ありがと。…何?」
「アロマ。」
「ふぅん…。ありがと。」
喜んでそう…?なのかな…?そうだと嬉しいんだけど、やっぱ私にはまだそこら辺の判断がつかない…。
「…奥、入んなよ。」
「じゃあ…お邪魔します…。」
畳の上で面と向かって座ります。
「あの…今日は話があって来たんだけど…聞いてくれる…?」
「何?」
カノンさんは真面目な顔してる私に少し驚いたようだった。
「カノンさんが私のことどう思ってるのか、私には分からなくて。だから、直接カノンさんに聞きたくて。…その、これでカノンさんが私のことを嫌いになったり、顔も見たくないってなったりしたら、ごめんなさい…。それでも、分からないまま関係を続けるより、ちゃんと確かめて付き合いを続けた方がいいと、私は覚悟してここに来ました。聞かせて欲しいです。私はカノンさんの“友達”ですか?」
言い終わって、返答を待つためにカノンさんの目を見続けていると、瞳の手前に歪みが生まれだした。歪みは少しずつ増えて行って、そして、頬を伝って流れ落ちた。
「友達だと思ってたのに…!」
カノンさんが泣いていた。
私は慌てて言葉を投げる。
「友達だよ!」
「嘘…!ホントは嫌いなんでしょ…!?だったら最初からそう言ってよ…!」
「嘘じゃないよ!嫌いな人にあんなプレゼントしないって!結構高かったんだから!」
「…ホントに…?」
「ホントに。」
カノンさんが落ち着けるまでしばらく待ってから、私は改めて話を再開した。
「――落ち着いた?」
「うん…。ごめん、取り乱した。」
「いや…。こっちこそ、誤解させちゃったみたいで…。」
変な言い方したのが良くなかったな。
「…で…何なん…?“友達”でしょ?アタシがそう思い込んでるだけじゃないんなら…。」
「違う、違うよ?私も友達だと思ってる。でも、その…友達にああいうことするのはどうなのかなー…って…。」
「“ああいうこと”って?」
「え…!?あの…。それは…あの…。」
いざ話すとなると恥ずかしい。私は赤くなってるであろう顔を下に向けて歯切れ悪く言葉を探す。
「私、吸血鬼の常識とかはよく知らなくて…。だから分からなくて…。…カノンさんが、何で私なんかの血を吸いたいって思ったの――か……?」
ふと顔を上げて見ると、カノンさんは何もリアクションをせずに固まっているようで。それを不思議そうに見つめて話を止める私に、“それだけで終わらないでよ”とでも懇願するように、カノンさんはひとつ言葉を返した。
「何の話…?」




