11話「あれ?」
一学期が終わり、高校は夏季休業。つまり夏休みです。
「――ここまでで何か質問はありますか?」
「ありません!大丈夫です!」
整えられた喫茶店内。私はバイトの説明を受けています。
なぜバイトを始めたのかと言いますと。
夏休みなので、『今までしてこなかったことをこの夏の内に片っ端から全制覇しよう!』と私は考えておりまして。海、プール、山、昆虫採集、キャンプ、BBQ、肝試し、花火、夏祭り、夏祭りの屋台、フルーツ飴、ボールすくい、やきそば、ベビーカステラ、たこ焼き、イカ焼き、あっわたあめ忘れてた、他は…まぁいいや、などなど全部満喫する予定なんですね。
しかしですよ。私はそんなにお金を持ってないんです。なので『バイトしようかな~。どうしようかな~。』などと考えておりましたら、ソラさんがバイト先を紹介してくれまして。それで今に至ると言うことだったんですね。
決して『照る日差し 蝉の鳴き声 扇風機 アイス片手に 課題広げてお勉強したくないからバイトする(字余り)』なんてことはないです。
…違うからね!課題はやるからね!ちゃんとやるからね!ただちょっと軍資金を稼ぐためにバイトするだけ!お勉強もちゃんとやる!今じゃないだけ!
「――以上が、和津池さんにやってもらうお仕事になります。早速、今日から入ってもらいたいのですが…お仕事、覚えられそうですか…?」
「これくらい、学校の授業に比べたら大したことないですよ~。余裕です!」
簡単なホールスタッフのお仕事だし、なによりお勉強じゃないし!
「流石、進学校の生徒さんですね!凄いです!」
「いえいえ~、私なんて学年最下位で~。」
「いえいえ!最下位どころか、私だったらひっくり返っても合格できないですよ!通えていることが凄いです!」
「そうですかね~?えへへへぇ~。」
まぐれ合格なんだけどなぁ~。いやぁ~分かる人には私の凄さが隠せないんだなぁ~。参ったなぁ~こりゃ~。
「凄い学校の生徒さんが二人も来てくれるなんて、桜さんが常連さんで私は本当に幸運です!」
「もう一人のバイトの方も私と同じだったんですか?」
「そうですよ!そろそろ出勤してくれる頃なので、来たら紹介しますね!」
「ほぇ~。」
ソラさん、私以外にもバイトの斡旋してたのか。色々やってるなぁ。
少ししてお店の扉が開き、店内にドアベルの軽やかな音色が響きます。
「おはようございます。」
入って来た“もう一人”を見て、私は思わず声をあげてしまいました。なぜなら彼女が、私のよく知った人だったから…。
「カノンさん!?」
ソラさんが私をここに寄越したの、カノンさんがいるからかぁ~…!
と、いうわけで。バイト初日の始まり始まり~…。…気まずい…。
「茜谷さん。こちら、新しく入ってもらったホールスタッフの和津池さんです。」
「こんにちは~…。カノンさん…。」
「和津池さん。こちら、お世話になっているキッチンスタッフの茜谷さんです。」
「…よろしく。」
めちゃくちゃ睨まれてる気がする…!
「…お二人はお友達なのですか?」
「え…!?いや…どうですかね…?私たちってお友達ですか…?カノンさん…。」
「…別に。」
“別に”って何!?友達なの!?友達じゃないの!?…友達じゃないの…?
「…アンタ、ケガまだ治んないの?」
「けが?」
「それ、私も気になっていました!その包帯、大丈夫なのですか?」
「……ああ、これですか!これは全然、もう治ってますし、ファッションみたいなアレです!」
カノンさんが私を心配してくれ――いや同僚だからか…。
「仕事に差し支えはないんですけど、お見苦しいですかね?外しますか?」
「いえ、カッコいいと思います!そのままでお願いします!」
「はぁ…。ありがとうございます…。」
カノンさん、『似たタイプ増えたんだけど…。だる…。』みたいな目で私を見てくるっ…!
誤解ですカノンさん…!私は“カッコいい”と思ってつけてない!断じて!この包帯はキャラ付けだから!…そっちの方がおかしいかも…。うぅ…。
「では、お二人とも。そろそろ開店時間なので、制服に着替えてお仕事を始めましょう!よろしくお願いしますね!」
「はい…。」
「はい。」
しかし、図ったなソラさんめ…。なにが『カノカノの件で上手く行ったお礼!』だアイツ…。私が一学期の間、幾度となくアタックして玉砕したの知ってるくせに…。カノンさん、全然私と仲良くしてくれないんだもん…。私の何がダメなんだ…全部か…。…やはり私もカナミさんの様にお勉強のお誘いをするべきか…?いやそれは私が絶対イヤだからやめよう。
ただ、逆にこの機会は私の立ち回り次第で“ソラさんが作ってくれた好機”とも取れる…。“バイト仲間”という繋がりは、“関りの薄い同級生”よりもずっと距離が近いはず…。カノンさんと一気に仲良くなれるかも…?
そう考えたらめっちゃやる気出てきた!バイト中の待ち時間に交わされる他愛もない雑談でカノンさんの心を掴むぞ!おー!
一週間後――。
掴める気がしないっ…!
マズい…。これじゃ学校と何も変わらない…。学校にいるか喫茶店にいるかの違いだけだ…。
私のトークスキルの問題なのか、カノンさん何言っても返しが一言で終わるんだよ…。
「カノンさん、めっちゃ料理上手なんだね!」
「別に。」
「…店長さんから聞いたよ…!ここの超人気メニュー“特大盛りパフェ”、ソラさんの提案でカノンさんが開発したんだよね…!凄いな~…!」
「あっそ。」
「……明日は晴れるらしいよ……!」
「ふーん。」
こんなんを一週間どころか、一学期中ずっと繰り返してんの!仲良くなれる未来が全然見えないの!輝かしい未来が真っ暗闇すぎるの!
「――和津池さん。そろそろ10時なので、お仕事を終えてください。残りは私が担当しますから。」
「はい。お疲れ様です。」
「お疲れ様です。茜谷さんにも伝えておいてもらえますか?」
「了解です。」
キッチンに移動しまして。
「カノンさん、10時だよ。帰ろ。」
「ん。」
私服に着替えまして。
「いつも言っていますが、ちゃんと明るくて人通りの多い道を帰ってくださいね。」
「了解です。店長もお気をつけて。」
「茜谷さんもですよ。」
「分かってます。お疲れ様です。」
お店を出て駅に向かい、スマホで電車の運行状況を確認すると…。
「…カノンさんヤバい…。事故で電車止まっちゃってる…。どうしよう…。」
「…迎え来てもらえんの?」
「いやぁ~…それが…。ウチの家族…今実家に帰っちゃってて…。帰ってくるの明日なんだよね…。」
お盆は仕事で帰れないから、今帰ってるんだよ…。
「…アンタは帰んないの?」
「私は…バイトしたかったから。」
ホントは今の私を親戚に見せるのが気まずくて嫌なだけなんだけど…。何年も会ってないし…。電話とかで話してもないし…。家族ですら気まずいのに、前の私を知ってる人にはできれば会いたくないんだよね…。
…まぁ、歩いて帰るしかないか…。せいぜい一駅、二駅…三駅……今日中には帰れるかな!
「カノンさんは大丈夫なの?」
「アタシ元々歩きだから。」
「へぇー。家近いの?」
「まぁ。」
なんか今までで一番会話が弾んでるかも。この勢いならジョークも通る気がする。
「カノンさん家泊めてくれない?」
「いいけど。」
「なーんちゃ――ってぇ!?」
ジョークが…違う意味で通ってしまった…!
「いいの!?」
「店長がずっと言ってんでしょ。」
そりゃあ、私だって高一の女の子ですし?こんな夜中に何駅も歩くのはちょっと危ないかな~とか、少しは考えますよ?でも…冗談のつもりだったんだけどな…。
「ホントにいいの…?」
「しつこい。来んの?来んの?」
「じゃあ…お邪魔します…。」
「ん。」
そんなわけで、カノンさんの家に泊まらせてもらうことになりました。
カノンさんの後ろをちょっこり付いて行って、着きましたは二階建てのアパート。
「…ここ。」
「“ここ”!?」
マジか…。カノンさんの家とか想像つかなかったけど、まさかアパート丸ごとだったなんて…。凄いな…。
「…“103”の一部屋だけだからな?」
「え、ああ…。そうですよね…。」
しかしなんというか…。趣深いというか…。その…あの…いや外見だけで判断するのはどうかという話なんですが…。その…かなりその…予想してない感じで…。
「ボロいでしょ。」
「思ってないですよ!?」
「そんなんいい。事実なんだから。」
「はい…。」
好感度をどんどん下げている気がする…。
「どうでもいいからさっさと入って。」
「すみません…。…失礼します…。」
内装も…まぁ…ね?…カノンさん、こういう家に住んでたのか…。
「荷物そこら辺、適当に置いて。」
「うん。分かった。」
邪魔にならなさそうなところに置かせてもらおう…。
「お風呂入るからこっち来て。」
「うん。分かっ――んん!?」
聞き間違いか!?
「二人一緒に入った方がお湯節約できんでしょ。泊めてんだから付き合って。」
「はい…。」
「言っとくけどシャワーはないから、体洗うのにお湯使い過ぎたら湯舟に浸かれなくなるからね?石鹸も使い過ぎないで。いい?」
「了解…!」
体洗ってる最中、ものすんごい目で監視されました…。
さて。お風呂にも入ったので、もう就寝です。夏休みだからって夜更かししたら、せっかくの夏休みを眠たいまま過ごすことになりますからね。
ちなみに、カノンさんがパジャマを貸してくれました。カノンさんスタイルいいから、私にはサイズが合ってなくてぶかぶかです。ちょっと楽しい。
「電気消すよ。」
クラスメイトとふたり、カーペットの上に、お布団を横に並べて寝る。青春を感じる…!なんかテンション上がってきた…!寝れるかなこれ…!…ちょっと話しかけてみようかな…!友達とお泊まりして、電気を消した部屋で寝ながら話すの、憧れてたんだよね…!
「…そういえばさ…!カノンさんも今一人暮らしになってるの?今家に家族いないみたいだけど、私と同じ感じ?」
「親は定食屋やってて、仕込みがあるからって、店で寝泊まりしてる。“下”は、夏休みの間は節約のために実家帰ってるから、学校始まるまではアタシ一人。」
「…『大変だね。』って言って良い…?」
「“良い”。アタシもそう思うから。」
この夜のカノンさんは珍しく私と会話を続けてくれた。
「…ソラさんのお誘い、何で受けないの…?嫌いになったわけじゃない…よね…?」
「…別に。小さい頃と違って、勉強して、バイトして、定食屋の手伝いして、“下”の面倒見て、ってやってたら、遊んでる時間なんて無いってだけ。」
「友達作りたがらないのも…?」
「友達関係って、付き合い悪いと疎遠になって、自然に瓦解すんでしょ?友達いてもどうせ遊んだりできんし…だったらそんなんに時間割くとか馬鹿じゃん…。」
私は思わず布団から起き上がる。
「カノンさんがどう考えてても私は友達――…カノンさん…?…もう…寝ちゃった…?」
返事はなく。カノンさんは穏やかな寝息だけを残していた。
(相当疲れてるんだろうな…。話しかけずに寝かせてあげればよかった…。…私もさっさと寝よ。)
最後に一言『おやすみ』を言って、私は深い眠りに落ちて行く。
気が付くと私はデカいフライパンの上にいた。周りの景色には見覚えがある。バイト先の喫茶店のキッチンだ。
どうにか脱出しようとフライパンクライミングを試みていると、これまたデカいカノンさんが来て、私が乗っているフライパンに手をかけた。必死で助けを叫ぶが、カノンさんには届いてくれない。
私がどうしようかと考えていると、カノンさんはデカい計量カップを取り出し、フライパンに水をかけた。そして半透明の蓋がされ…。
「あっつぅ!ちょ、蒸さないで!私を蒸し焼きにしないでカノンさん!カノンさん!?」
「カノンさん――!!」
目が覚めると私は布団の上で、窓の外には陽が昇り始めていた。
(なんだ夢か…。……暑い…。カノンさん家エアコンないんだったかぁ…。)
どうやら暑さでかなり早く目が覚めてしまったらしい。
(うっわぁ…。布団も毛布もカノンさんに借りたパジャマもびっちょびちょ…。特に首の辺りなんかすんごいこれ…。出血したみたいになってる…。薄暗くてよく見えないけど、なんなら血の色に見え――……血じゃね…?これ…。)
血だった。
おかしい…。なんで血なんか流してるんだ…?
鼻腔に違和感はないから鼻出血(鼻血)じゃない…って分かりにくいか。気をつけよう。こういうところあるんだよなぁ私って…。って違う違う。そんなのどうでもいいから。えっと、最後に血を吸われたのはカナミさんと恋愛映画を見に行った時だから傷は完全に治ってるし、開いたりなんかしない。ちょっと写真撮ってみるか。
いくつかの角度で首の写真を撮り、見てみる。
…マジか…。首に噛み跡がある…。めちゃくちゃ知ってる噛み傷だぁ…。首噛まれてるのに目が覚めないとか、私意外と慣れてきてるんですかね…?
……私以外にこの家、一人しかいないんだよ…。…まさか…カノンさんって……吸血鬼…?
私がカノンさんを起こしてみるかどうしようか思考を巡らせていると、玄関の方で鍵が開く音がし、そしてドアが開かれ…。
「ただいまー!」
――!?誰か帰ってきた…!
マズい…!どうしよう…!?家に帰ったら血だらけの知らない女が愛する家族の隣で寝てたとかヤバすぎる…!でも、カノンさんお疲れだし起こすのは忍びない…。とりあえず血だらけパジャマは上から昨日の服を着て誤魔化すとして、“カノンさんまだ寝てるから~”とかなんとか言ってこの部屋に近付かせないようにしよう…!
「どうも~…。お邪魔してます~…。」
行けるのか…!?…いや、余計な迷いは捨てろ!行くしかないんだ!
当たって爆砕するんだ!!




