10話「そっちを」
期末試験も終わり、夏休みが近付く今日この頃…。私は現実から目を逸らしてフィクションの世界に浸ろうとしています。
「――ごめんカナミさん。待たせた?」
「全然そんなことないよ。私が他に予定ないから早く来ちゃった。」
私も予定ないからって三十分前に来たんだけど、次があったら一時間前に行こうかな。
「映画見るんだよね。どういうやつなの?」
「候補が二つあるんだけど、まだ悩んでて。チヅキちゃん決めてくれないかな?」
マジか…。有名どころの設定とかは把握してるけど…私、映画なんて見ないからな…。まぁ、とりあえずどんな作品か聞いてみて考えよ。
「一つ目は、海外の作品なんだけど翻訳がなくて、内容も難しくて全然分からないんだけど、でも『面白い』って評判の映画。二つ目は、こっちは日本の作品で内容もシンプルで分かりやすいんだけど、でも『面白くない』って評判の映画。どっちがいいかな?」
つまり、“面白いけど内容が分からない映画”と、“内容は分かるけど面白くない映画”か…。…なんでこの二択なんだろ。
…映画なら映像とか声の雰囲気とかでなんとなく何が起こってるかは分かりそうなものだけど、全然分からないんだもんね?とはいえ、はっきり『面白くない』と言われてる作品を引き合いに出されると確かに悩む…。
「…どっちも見るっていうのはダメなの?」
「ダメじゃないよ。でも、どっちの作品も3時間くらいあるから、チヅキちゃん疲れちゃうかなって。」
なるほど。…どっちか選ぶなら『面白い』方なのかな…?
「じゃあ、一つ目で。」
というわけで映画館に移動し、チケットを買って席に座ります。
……中々ノスタルジックな雰囲気のある映画館ですね…。一人も人がいない…。…いや、貸し切りでイイですね。…映画に集中しましょうか。
「――にゃん!にゃにゃんにゃんとにゃん!」
「にゃにゃあ…にゃにゃにゃあにゃあ…。」
「にゃにゃ…!」
「にゃあ…。にゃ…にゃあ…。」
「にゃん…!にゃん…!にゃーーん……!!」
――分かんねぇ~……!!
マジかコレ…。内容むっず…。まず専門用語が多過ぎるし、この作品だけの造語も凄い数ある…。ここまでされると字幕や吹き替えがあっても分かんないんではなかろうか…。その上、キャラも一人退場したと思ったら新しく二人出て来るぐらい多いし、それが毛色を変えて何回も続くし、謎も回収はちゃんとやってるっぽいけど多過ぎて背景で消化しちゃってるし、というかもう最初の世界観設定の時点で要素多過ぎ…。全部理解できれば『面白い』のかもしれないけどさぁ…。こんなの“スイソラトイ”のトップスリーでようやく挑戦権を得るレベルだよ…。学年最下位の私じゃ無謀すぎるぜ…。
ともあれ。一応映画は見終わったので、ファーストフードショップで遅めのお昼にハンバーガーを食べつつ感想会です。
「――どうだったかな?」
「全然分からなかった…。まさかここまで何が起きてるのか分からないとは…。」
「私も。どんなに面白くても、伝わらないんじゃよくないよね。」
「ほんとにそうだよ…。…もう一個の方は分かりやすいんだよね?」
「チヅキちゃん気になるの?見てみる?」
「いいの?見たい!」
というわけで再び映画館に移動し、チケットを買って席に座ります。
相変わらず私たちしかいない。人気の作品より、館長さんの好きな作品をやってるって感じなんだろうな。個人経営?みたいだし。…まぁ、映画に集中しましょうか。
「――これで世界に平和が戻ったぜ!」
「よかったね!」
「よかったな!」
「よかったですね!」
「ああ!よかったぜ!」
――面白くねぇ~……!!
マジかコレ…。内容うっす…。まず設定にオリジナリティの欠片も感じないし、これじゃわざわざこの作品を見る必要がない…。シンプルなのはいいけどこんなに起伏のない王道は中々無かろうて…。その上、キャラの言動は私でも簡単に読めるレベルで魅力がないし、それはデザインでも同じだし、謎はもう回収しなくてもいいんじゃないかってくらい気にならないし、というかもう最初の世界観設定の時点でぺらっぺら…。そりゃ内容は理解できるけどさぁ…。映画作りの教科書に載ってる例をそのまま使っちゃったんですかって感じだよ…。なんで『捻りを加えよう』のページ無視しちゃったんだ…。
ともあれ。一応映画は見終わったので、カフェで軽い休憩にティーを嗜みつつ感想会です。
「――どうだったかな?」
「全然面白くなかった…。まさかここまで何にもワクワクしないとは…。」
「私も。どんなに伝えられても、面白くないんじゃよくないよね。」
「ほんとにそうだよ…。」
…さっきと全然違う作品なのに感想がほぼ変わらないんだけどどうなってんの…?
さて。結局両方とも見てしまったわけですが、両方とも微妙な作品でした…。あと結構昔の作品みたいだったけど、映画好きには有名なのかな?
「カナミさんって、結構映画見るの?」
「そうでもないかな。ほら、映画ってひとつひとつが長いでしょ?今日の作品はどっちも見たことあるけど、勉強したいからあんまり見てる時間がないんだ。」
うぅ…。私も勉強しないとだなぁ…。
「…私、今日の映画、二つとも結構好きなんだ。何回か見てて…。駄作なんだけどね。でもなんか、どっちの作品も、受け手に楽しんでもらいたくて作ったって感じがするんだよ。“相手に喜んで欲しい”って…。」
「なるほど…。それは確かにそうかも…。」
「…でね?私、この映画を選んだのは、チヅキちゃんに私のことを知って欲しかったからなの。チヅキちゃんの好きなものを私は知らないし、チヅキちゃんは私の好きなものを知らないでしょ?」
「……知らない…。」
「でしょ?だから誘ったんだ。…それで、もう一か所だけ、チヅキちゃんに知って欲しい場所があって…。ちょっと遠いんだけど、来てくれる…?」
「…?いいよ。どこ行くの?」
電車に揺られながら夕食にコンビニで買ったおにぎりを食べ、カナミさんに付いて行ったそこは砂浜だった。
陽の代わりに月が照らす刻、さざなみと砂を踏みしめる音だけが暗闇の中に吸い込まれて行く。
「海、好きなの?」
「…ううん。嫌い。」
彼女は何か目の前の景色とは別の光景を眺めているようで。遠い目をしたまま、その場所で昔話をしてくれた。
「私ね。小さい頃は、今と違って友達が沢山いたんだ。夏休みにはみんなで海に遊びに行って、毎日楽しかった。…けど、ある日、私が遊びの中で友達にケガさせちゃって…。もちろんすぐに謝ったよ?その子も許してくれて、その子の親も“子供だからそういうケガもするだろう”って。喧嘩でもないし、それで終わりの“よくあること”だったんだ。」
「でも、私にとってはそうじゃなかった。…そのケガ、私が吸血鬼だったせいで付けたものだったんだ。小さい頃から周りの子達より“よく動けた”から…。…私は人と違うから、人に優しくしなきゃいけない。なのに、それ以来、自分が何かしたせいで相手が傷付いたらどうしようって考えが消えなくて、何もできなくなった。だから同級生とは距離を置いて、先生のお手伝いばっかりしてるんだ。」
「…私は人が傷付くのが嫌なんじゃなくて、人を傷付けるのが嫌なんだよ…。臆病で全然優しくなんてない、最低な人間なんだ…。私は…。」
自身を呪う彼女を見て、私は考えより先に言葉が出ていた。
「そんなことないよ…!カナミさんの優しいところ、私めっちゃ知ってるもん…!それに“吸血鬼だったせい”なら、カナミさんは悪くないってことでしょ…!?」
「ごめんねチヅキちゃん。私の言い方が悪かった。“吸血鬼じゃなければ”って私もそう思ってる。だけどそんなの無理だよ。私は吸血鬼なんだから。」
「…でも…!小さい頃にしたことなんだし――。」
「じゃあチヅキちゃんは人にケガさせたことあるの?」
言葉が出なかった。何か言わなきゃいけないのに、そういう時に限ってこの口はいつも閉じ切ってしまう。
「……やっぱり、優しいね。…チヅキちゃんは…。」
「…そんなことは…。」
「…ねぇ、チヅキちゃんって何が好きなの?趣味とか、好きな食べ物とか。…好きな人とか。」
「え…?……“みんな”…かな?みんなと一緒にいられる毎日が好き。」
「それって、“友達”ってこと…?…私とも…?」
「もちろん、カナミさんは私の大切な友達だよ?」
私の言葉に彼女は俯いて、しばらくの間考え込んでいた。
「……ねぇ、チヅキちゃん…。血、吸ってもいいかな…?」
彼女になされるがまま、私は首の包帯を丁寧に外される。久しく見ていなかった吸血鬼の彼女はやっぱり、海に映る月明かりに負けないほど美しくて。“怖い”なんて全く感じず、牙が肉を裂くのを私はじっと待っていた。
しかし、彼女は牙を押し当てただけで止めてしまった。
「……吸わないの…?」
“やっぱりまだ噛めない?”と、私が言おうとした直前、彼女は自分自身に伝えるような小さな声で、驚いたようにひとつ言葉をもらす。
「――吸える……。」
私は彼女の心を読めないから、分からない状況に、ただ名前を呼ぶことしかできなくて、『カナミさん…?』と恐る恐る呼びかける。すると彼女はこっちを見て、何かを決心したような表情でこう言った。
「チヅキちゃん。伝えたいことがあるの。」
耳も牙も尖っていて、きっと吸いたいはず。それなのに彼女はそんな素振りを一切見せない。
「まず謝らせて。チヅキちゃんは私のこと、友達でいたいって思ってるんだよね?でもごめん。私はそう思ってないんだ。チヅキちゃんとは、友達ではいられない。せっかく友達になってくれたのに、ごめんなさい。」
予想していなかった言葉に、頭が真っ白になる私を確認して、彼女は一方的に話を続けた。
「チヅキちゃんは優しくて、不器用で、真っ直ぐな時もあればそうじゃない時もあって。いつも相手のことを考えるので頭がいっぱいで、友達には笑顔でいて欲しいからってずっと自分から頑張ってる。そんなチヅキちゃんを私、すごく尊敬してるんだ。」
「カノンちゃんへの憧れと、チヅキちゃんへの憧れと。両方とも“私もこうなりたい”っていう同じものだけど、それとは別に、チヅキちゃんには違うものを感じてる。“カノンちゃんの血は吸えない”。“チヅキちゃんの血は吸える”。友達にこんな感情持つなんて間違ってると思ってた。だけどそれは信じたくないことから逃げてるだけだったんだよ。やっと向き合う覚悟ができた。」
「これでチヅキちゃんを傷付けることになっても、チヅキちゃんの好きなものを奪うことになっても、それでも伝えられない私であなたの傍には居たく無いから、言います。」
深く、ひとつ、呼吸をして。
「チヅキちゃんが好きです。私とお付き合いしてくれませんか?」
カナミさんからの告白。驚いたけど、答えは最初から決まってるから。
ちゃんと断らないと。
「ごめん、カナミさん。恋人にはなれない。」
私の返答にカナミさんは後ろを向いて、少し黙った後に戻って言った。
「理由は聞かせてくれますか?」
どれだけ譲りたくなってもこれだけはダメ。私にとってもカナミさんにとっても後悔することになるって知ってるんだから、ここで折れちゃダメだ。正直に言おうチヅキ。
「私は『恋愛』というものを全く理解できてないんだよ。でも知りたいとは思ってる。それがいつになるのかは分からないし、もしかしたら永遠に分からないのかもしれない。それでも、それを知るまでは、誰とも付き合う気はないんだ。だから――。」
「じゃあ“脈はある”ってこと?」
「え?」
なんで?なんでそうなる?
「断る理由が『吸血鬼だから』でも『女の子だから』でも『恋愛対象として見れないから』でもなくて『恋愛が分からないから』なんだよね?それなら“分かれば可能性はある”ってことだよね?」
「いや…私は一応断ってるつもりで…。」
「でも、チヅキちゃん血を吸わせてくれるよね?」
「え、いや、でも…。それは友達としてっていうか…。」
「吸血鬼にとっての吸血がどういうものなのか、一応理解してるんだよね?前に言ってたよね?あの時は私がはぐらかしたけど、チヅキちゃんは“そういうこと”だと全く思わずに吸われてたの?友達と“そういうこと”してるって考えなかったの?」
「……いや…。その…。…考えなかったわけではないですが…。」
急に雲行きがおかしくなったぞ…。なんで詰められてるんだ私は…?
「…血、吸うの、再開してもいい?」
「……ダメ。」
「さっきは吸わせてくれたよ?」
「さっきのはもう時間切れだから!今はダメ!」
なんかダメ!
「ふーん…。じゃあ、一旦忘れる。」
“一旦”…。
「けど、チヅキちゃんのこと諦めないよ。脈ありそうだから。」
「…ほんとにあると思う?」
「思うよ?チヅキちゃんって、襲ってきた相手と仲良くする変な子だから。」
「!?」
私ってそんなに変かなぁ…。
「…それでチヅキちゃん…。まだ友達ではいてくれる…?」
「それはもちろん。」
「よかったぁ…。チヅキちゃんは友達の関係がいいんだと思ってたから、絶対変な感じになっちゃうと思ってて…。」
「…もしかして普通はそうなる感じ…?」
「うーん…どうだろう…。“人による”…かな?…今度、恋愛映画とか見に行く?次はちゃんと名作だよ。」
「え、行きたい!どういう映画?」
「えっとね。最近の作品なんだけど――。」
電車に揺られながらの帰り道。
他に誰もいないがらんとした電車内では、どこの席でも今よりずっと広く使える。なのに私たちは座席の隅に詰めて、持ち物を抱えて座っていた。
「…ねぇ、チヅキちゃん。」
「ん、なに?」
「ここ最近の私って、友達ができて、好きな人ができて、悩みごとが解決して、学校が楽しくて、勉強が楽しくて、休日には予定があって、幸せいっぱいなんだ。」
「いいことだね。」
「だから、それを表現したいんだけど、いいかな?」
「いいよ。私は何すればいい?」
「前、向いててくれる?あと、目も瞑っててほしい。」
「分かった。」
直後、目を閉じた私の頬にやわらかい衝撃が走る。
――!?
「いまなにした!?」
「友達としての親愛の証だから、気にしないで。」
今…あれ…?私なんか別のものと勘違いしてる…?いやでもさっきの感覚はそれ以外考えられないような…。いやでも私されたことはないしな…。…“気にするな”って言うならしないことにするか…。
その内、気付けば電車は駅に着いていて。ホームに降りた私たちは、それぞれ違う乗り換え先を待ちながら、ほんの少しの時間にできるだけの他愛もない話をしていた。
「…私、吸血鬼に生まれて良かったのかも。チヅキちゃんと、みんなと知り合えたから。」
「カナミさんが吸血鬼じゃなくても私たち仲良くするよ!?」
「“吸血鬼じゃなかったら違う学校に行ってたかもしれない”って意味だよ。」
「あ、そういう…。」
恥ずかしさに落ち込む私とは対照的に、カナミさんは嬉しそうに微笑んでくれていた気がする。
そうこうしているとカナミさんの電車が来て、一瞬だった今日は駅のアナウンスによって終わりを告げられる。
「じゃあね、チヅキちゃん。また学校で会おうね。」
「うん!またね~!」
カナミさんは目の前の電車へ乗り込む前に、最後に私をもう一度だけ呼んで。
「チヅキちゃん!」
そして、私がずっと見たかった顔で、ずっと言って欲しかった言葉を贈ってくれた。
「ありがとう!」




