《☆》桃が咲いた
☆さらっと読めるショートショートです。
「貴様とは婚約破棄だ! 貴様のような、地味で面白味も無くしみったれた吝嗇な女など私にはふさわしくない!」
耳元で叫ばれた気がして飛び起きた。
……こんな事、小説の中の表現だと思っていたのに本当にあるのね。
カーテンを開けると、外は快晴。のどかな風景の上をさわやかな風が渡っているのが感じられます。
相変わらず食欲は無いけど、叔母夫婦が心配するので食堂に向かいましょう。
食事が終わると、従妹のリリアナに散歩に誘われました。
「マリエッタ姉様は少し体を動かした方がいいわ!」
と言われては断れません。
分かっているんです。いつまでも卒業パーティで婚約破棄された事にこだわっていてはいけないと。
分かっているのですが……。
護衛を後ろに付けて、リリアナの先導で屋敷の横道を歩きます。
「そんな奴の言葉なんて、自分の浮気を正当化するためにマリエッタ姉様を貶めただけでしょう? 忘れた方がいいですわよ」
「それでも……、今までの自分を全否定されたのはダメージが大きいわ」
真面目にコツコツと、地味に慎ましく浪費せず……。
あるべき淑女の姿と思って努めていた事が、婚約者には唾棄すべき事だった。
華やかな女性を選ばれて捨てられると、自分は今まで何をしていたのだろと思ってしまう。
「まあ、せっかく田舎に来たのですから好きなだけのんびりして過ごすといいと思いますわ」
「それもねぇ……。皆が学園を卒業してそれぞれの道を進んでいるのに、私だけこんなでいいのかしらって思ってしまって」
屋敷の林が切れると、目の前は見渡す限りピンクの花を枝いっぱいに咲かせた桃畑でした。そう言えば、ここは桃が名産でした。
「綺麗……」
「急に暖かくなったから一斉に咲きましたのよ」
桃畑の中の道を進みます。
「マリエッタ姉様は、自分だけこんなでいいのかっておっしゃってましたけど」
「え?」
「今、一斉に咲いている桃も、実は結実する時期はバラバラなんですのよ」
「そうなの……?」
「ええ、あちらの一帯は6月に実を付けます。ここら辺は7~8月ですね。奥の畑の桃は9月です。こんなに種類によって違うのに、なぜか花は一緒に咲くんですよ」
「まあ、そんなに違うの?」
驚きました。
「ですから、いつ実をつけるかなんて人それぞれという事ですわ」
「あ……」
やっとリリアナの言いたいことが分かりました。
風が桃の木を揺らして通り過ぎ、甘い香りに包まれます。
「そうね。せっかくだからのんびりさせてもらうわ」
そして、いつか自分の実を結びましょう。