命のセンタク
外出する前にウルススにしつこいほど、ティア自身の魅力について語られた。褒められすぎて何かの拷問かとティアは思ってしまった。ウルススなりの他者にそうやすやすと心を許さないようにする対策なのだろうが、褒め殺しはやめて欲しい。
名残り惜しそうなウルススを強引に送り出すとティアは屋敷の掃除に精を出した。ウルススが言うには愛の巣らしいが、その言葉で張り切りっている訳では無い。掃除した方が気持ち良く過ごせるだけで、他意はないはずだと自分に言い聞かせる。一人では広すぎる屋敷が寂しい訳では無いのだ。多分。
「ご主人様は少し過保護過ぎますねぇ、心配するのは結構ですが、私もあと2年もすれば成人なのに……」
元貴族で借金で奴隷の身に落ちた自分に優し過ぎるのは問題だと思う。決して嫌ではない。むしろ嬉しいと思う。
そもそも奴隷になったのは当主だったレプス家当主の父親が母親と一緒に亡くなり。母親の弟が当主になったからだが、持ち上げる親戚たちのせいでもある。
それが始まりだったと思う。その叔父がはあろうことか、姪で一人娘の自分に肉欲を向けてきた。魔法士の家系である以上近親婚が忌避されてはいなかったが、ティアは抵抗があった。辛うじて貞操は守られたが、あのまま家にいたら食事に媚薬や錬金術師が作るという怪しい薬を知らずに口にしてしまって意思さえ奪われていたかもしれない。
「冒険者ギルドも今思えば客としては最悪でしたねぇ……」
魔法士として生まれたティアは家出同然で、家を出た。冒険者ギルドの採用最低年齢は12歳からで、既に普通の魔術師を超えている。多少荒っぽい討伐クエストも余裕でこなせる。若い魔術師(魔法士は国家の財産のため誰かに属することは無い)の自分が周りにどう映るか、叔父で分かっていたはずなのに、せめて女性だけのパーティーを組むべきだった。
そこでも陰湿なイジメに会ったがしれないが、
「私が賭け事にあんなに熱くなるとは。昔の自分に言ってやりたいですね、冒険者の賭け事はイカサマありきだと……」
順調にランクを上げ、1年でBランクまで登りつめて、生活は順風満帆。ひとり気まま冒険者ライフ。そんな裕福なティアには毎回誘われたのがカードだ。実家から持ち出した虎の子の貴金属や宝石も冒険者ギルドで稼いだ金も全てカードに消えた。気づけば安宿の1食のみの生活もざらだった。冒険者性処理係も、泣く泣く手やく口を使って勤めた。その噂を、成金貴族に目をつけられた。
「撒き餌ともしらずに私は……」
隣りにウルススがいれば霧散するはずの昔の記憶がドンドン浮かび上がる。
その貴族の男は借金が金貨30枚のが霞んで見える程の高レートの賭けを提案してきた。金貨の10倍の白金貨での勝負。王家お抱えのカジノのディーラーを招いての勝負だった。
勝負は一進一退、脳汁がドバドバでるスリルに心臓がうるさかった。自分に運が傾いていると強い役が来た時に一気に決めると全額のオールイン、それに驚いた貴族はしぶしぶオールイン。最後の大勝負。
結果は敗北。ティアは家名を奪われ、タダのティアになった。強制のギアスの痛みは思い出すだけでも、歯の根が噛み合わない程のトラウマだ。
その時の瞬間を夢に見て飛び起きる事もある。
「相手に気付かれ最強手札の全交換なんて、ご主人様は息を吸うくらいあたりまえにやってのけましたねぇ」
暗い記憶での一筋の光の記憶に笑みが浮かぶ。
「いきなり、屋敷に乱入してきて殺されるか、私を賭けで勝負するか選べっておしゃったんでしたったけ」
相手が暗殺者だと分かると狼狽し、白金貨10枚なければ話にやらないとっぱねた。が、
「何故か持ってたんですよね白金貨10枚……」
一発勝負。どちらの役が強いかだけで勝負は決まる、降りることは許されない。ティアから見たウルススの手札は最初ブタだった。ほくそ笑み貴族、裏で繋がっていたと、ティアはその時に気づいた。5枚全部の交換をディーラーの手を制してとめた。命の選択は自分ですると言うやいなや、手札からで全交換してカードも見ずに伏せるとコールと宣言した。
成金貴族は勝ち誇った顔で3枚交換してと同じくコールを宣言。結果は成金貴族はジョーカを含むキングのフォーカードだった。ウルススはスペードのロイアルストレートフラッシュ。
「あの時の顔は傑作でしたねぇ」
その後、ウルススは賭けを行った事を隠す事と白金貨8枚でギアスの権利をウルススに譲渡する契約を交わした。その後ウルススは残った金で屋敷を買い、家具や食器を選び、ティアを迎え入れた。
「何を考えているか、分かりませんが……。私はその、手強いですよ?」
それがティアのウルススへの第一声だった。
「自分の事を自分で決められるようになるまで、君の自由意志を尊重する。ま、屋敷の仕事はおいおい覚えればいい」
そう言うと昼間から酒を飲み始めた。あ、ダメ人間だ。と最初は思った。小瓶に入った酒を銀貨3枚で買って来た時は奴隷の身分も忘れて思い切っりなぐったものだ。
「酒は命の洗濯なんだよ」
「命の洗濯より、衣類の洗濯をしてください」
「ふーん、君の衣服もかな?」
「当たり前です、私は洗濯の仕方がわからないのですよ?」
冒険者の頃は宿の洗濯サービスにたよりきっていたし、貴族なので知らなかったのだ。
「へぇ、異性に下着を洗われる事に抵抗のない子には初めて会ったよ」
嫌な笑顔のウルススに文句を言おうとして、
「洗濯の仕方を教えてください」
ティアは頭を下げていた。異性に下着を洗われる羞恥はなんとしても避けたかった。
「幸いにも、屋敷には井戸が3箇所ある。そこで教えるよ」
「お願いします、ご主人様」
ウルススの動きが一瞬止まった。
「どうかしましたか?」
「いや、予想外の破壊力に驚いただけだよ」
「はぁ、そうですか……」
洗濯物をカゴに入れ井戸までの道でティアは頭をガツンと殴られるような衝撃を味わった、突然動悸に襲われた。それは成熟した強い雄の強い生命力の匂い。胸がときめき、お腹の奥がキュンとする感覚。
「どうした。具合でもわるいのか? 赤い顔して」
「い、いえ」
この日からティアはウルススの洗濯物を洗う時に思いっきり匂いを嗅ぐと言う習慣が出来た。匂いの強い衣服をこっそり盗んで自慰のおかずにしていることは絶対にバレてはいけない秘密だった。