「貴女を愛する事はありません」から始まる国家転覆
「私は貴女を愛する事はありません。申し訳ございません」
「そうですよね・・・困りますよね」
俺は市場役人のザクソン、26歳のしがない市場役人だ。
新婚初夜のはずがこんな悲しい事を妻に宣言をしなければいけない。
理由は、ワケが分からないからだ。妻は、イザベラ18歳、出会ったのは今朝で即結婚式をあげた。
少し説明が必要だ。
彼女は今朝まで王女殿下だった。
俺がたまたま、腰痛のゼム爺さんの代わりに城に野菜を届けに行ったら、謁見の間に案内された。
☆回想
この国の王がいた。初めてこんな近くで見た。若い王妃殿下と王子、王女たちもいた。
王は言う。
『ほお、こんな貧相な男がのう。イザベラよ。お前の夫だ』
『はい・・・お父様』
思わず叫び声が出そうになったが、かろうじて口を押さえた。
理由は、イザベラ様は性格が悪く、義妹の王女を虐める。贅沢三昧でいくら注意しても直る事はない。
だから、今日、最初に城に訪れた男の妻にするとの事だ。罰で結婚させるとの事だ。
『お義姉様、平民と結婚してお可哀想。だけど、大好きな平民の生活が出来て楽しそうね』
義妹らしき者が嫌みを言う。
俺は平民、わざとらしい花嫁姿のイザベラ様とその場で略式の結婚式を挙げ。
王族達はゲラゲラ笑いながら、俺たちを送り出した。
嫌な感じだ。
・・・・・・・・・・
イザベラ様はお美しい。紫かかった長髪に紫の瞳、神秘的だ。顔はやや細長く切目もあり。キリッとした美人だ。
「イザベラ様、料理は出来ますか?母の手伝いをお願いしたいのですが・・・」
「はい、もちろんですわ」
料理、洗濯、掃除はできないわな。王族だから、俺も簡単な料理しか出来ない。
しかし、イザベラ様は何故か楽しそうだ。
「まあ、騎士団の野営訓練を思い出しましたわ」
「イザベラ様は筋が宜しい・・・ですわ」
「フフフ、敬語は必要ありませんわ。女神教会のシスター様の炊き出しのお手伝いをしたことがありますの」
母とも仲が良い。そうか、育ちが良いってこういうことか。
前の王妃殿下は慎み深く思慮深いと評判だった。それはあながち間違いではないのかもな。たしかお母様は辺境伯家出身。
噂は嘘だろう。大丈夫か?この国は?
と大丈夫ではなかった。
二つでの意味だ。
まず、王族の仲がこんなだ。それが民にも伝播した。
家族仲が悪くなったように思える。ガチャガチャと夫婦、親子喧嘩の音があちこちで聞こえる。
もう一つは、イザベラ様だ。
街に出ると、民は嫌な顔をする。
イザベラ様の贅沢、義妹イジメの噂を真に受ける人達がいる。
物を売ってくれない。井戸も使わせてくれない。
「母さん。悪いけど、日中はイザベラ様と一緒にいてくれ」
「はいよ。わたしゃ、イザベラ様、好きだよ」
「申し訳ございませんわ・・・」
ダメだ。声が寂しそうだ。
だから、子猫を・・・譲り受けて、世話をお願いした。
「まあ、可愛い子ですわ」
「ミャア、ミャア」
「申し訳ない。どうしても飼いたくて、世話はイザベラ様に任せっきりになりますが・・」
「フフフフ、私も一緒に暮らしたかったですわ」
少し笑顔になったか。
仕事に行く。俺をからかう者、蔑む者、同情する者、様々だ。
皆、頭の中にイザベラ様の型が出来上がっている。
中には。
「民としてもの申す。イザベラに会わせろ」
ドカ!
「ウギャ!」
護身用の杖でみぞおちを突いた。
「はん?何で俺の女房にお前を会わせなければいけないんだ」
と主語が大きい奴は要注意だ。民として、とか、男ガーとか、女ガーとか。
まるで、代表選手のような顔をしてもの申す。
大抵、たいした事は言っていない。狭い経験をさも世論のように言っているだけだ。
しかし、イザベラ様の場合、王族は贅沢をするのは当たり前。失政もある。これを言われたら元王族のイザベラ様は何にも言い返せないだろう?
引っ越すか?仕事を変えるか?
と考えていたら、マダムに声を掛けられた。
綺麗な布地を渡された。
「あのザクソン様ですよね。イザベラ様にこれを・・・」
「良い生地ですね。どうして」
「貧民のためのバザーでイザベラ様が刺繍入りのハンカチを提出してくれたから、お好きなのかと・・」
「有難い。そう言えば、趣味も必要かな」
そうか、イザベラ様の人となりを理解してくれる人がいるのか?
よし、少し、頑張るか。
幼なじみの吟遊詩人、ジミーに会いに行く。
「何か、面白い話をしろ」
「はあ、今はイザベラ様の悪評一辺倒だよ」
「でも、そればっかりじゃ飽きるよな」
「まあ、そうだけど」
「俺がとっておきの話をしてあげるよ」
俺は、冒険者時代、聞いた話をした。
すると。
「さあ、さあ、新しい話だよ。辺境で前世持ちが現れた。異世界人の前世持ちだ!今回のスキルは、何と魔力強制貸しだ!
知らない間に魔力を勝手に貸して、わざと追放されるような事をして、追放されたら十一の利息、複利で魔力を吸い上げる!自分は女奴隷を買ってハーレムだ」
「「「何だって!」」」
冒険者たちが反応した。彼らは情報に敏感だ。この話は微妙に良く聞く話だ。
また、ナンセンスものとして。
「大変だ。南の港町で、顔が人間の犬が現れた!顔はおっさん。体は犬、何と、『空が落ちてくる!』と一言叫んで絶命した!」
「「「まさか!」」」
しかし、嘘も100回言うと本当になる。
まあ、繰り返し言うと人族は信じやすくなるよな。その喩えだ。
これに対抗して、他の吟遊詩人も怪奇物を始めた。
少しは、イザベラ様の悪評が無くなればいいかな。
と思っていたら、本当になった。
「ザクソンさん。こいつ、支援魔法の説明をしないで勝手に支援をして、俺たちの底上げの邪魔をしたばかりか勝手に魔力を貸す事にしていた。
珍妙なスキルを持っていた!どうも働かないからおかしいなと思って問い詰めた」
「・・本当か?」
「どうすれば良い!」
「なら、そもそも契約をしていないから無効だ。これは世間知らずの馬鹿が勝手に考えた空想上の契約だ。殺しちゃって良いと思うよ?」
「分かった」
また、人面犬の空が落ちてくるは・・・深刻な事態を巻き起こした。
空が落ちてくる。王朝の交代だと信じて各地で兵があがった。
その中心は辺境伯、イザベラ様のお母様の実家だ。
☆☆☆辺境伯
「ギリル様、王都で、『空が落ちる』との噂が上がっております」
「そうか、民意はあるのか、孫娘を・・・取り返すぞ!」
「「「御意!」」」
・・・・・
と辺境伯が兵をあげた。敵国からの防衛が任務だが、このとき。どんな約束が隣国とされたか分からない。
兵一万だったのが、各地で王家に不満を持つ諸候を吸収して、王都に向かって来た。
もう、イザベラ様の悪評なんて心配するレベルではなくなったが、やり過ぎたか?
いや、元々王家に不満がたまっていたのだ。
俺は、市場長に進言した。
「物資を集めましょう。王都市民に物資の供給が滞らないように・・・」
「しかし、ここまで来るか?」
「来ます。来なかったら『良かった』です。俺をクビにして下さい」
そして、数ヶ月後、反乱軍が王都に迫って来た。
さあ、どうする?
「ザクソン、どうすれば良い。私は王家に物資を売っていた!反逆者として処刑される!」
「はあ、市場長、それで良いです。王家にも売って下さい・・・それよりも」
王都は長く平和だった。だから、珍妙な心配を市場長はする。
俺は冒険者時代、辺境で小戦闘を繰り返していたからある程度、理屈は分かる。
商人は金を出せば売る。それは世の理だ。いちいち処罰するか?
俺は市場長に進言し、王都が攻略される日に、市場を空っぽにした。
ここに、反乱軍、いや、今は正義回復軍か?
ここに天幕をはり。兵をおさめる。
やがて、国軍と上手く交渉がすんだら、兵は兵舎に入るだろう。
近隣の村から物資を集めて、相変わらずの毎日だ。
一方、イザベラ様は上機嫌だ。まるで本物の母と娘のように、俺の母ちゃんと会話をしている。
「フフフフ、お義母様、お掃除終わりましたわ」
「ミャア!」
「まあ、イザベラ、腰が痛かったから助かるわ」
「あの二人とも占領軍が来るから、家に籠もって下さい。万が一あります。俺が買い物、水くみをしますから」
「「はい」」
彼女は、王家の血筋だ。しかし、辺境伯の血筋もある。これ、旗印に丁度良くないか?
やがて、兵達は兵舎に入り。市場は・・・・
「これより、暴虐王族の処刑を行う!」
王族たちの処刑場になった。しばらくは、再開出来まい。
すぐに、イザベラ様の場所を特定され。痩せた目つきの鋭い爺さんがやってきた。
老辺境伯だ。
「イザベラか?おお、娘とそっくりだ。迎えに来た。隣国の王子と婚儀を結んでもらう。顔はいいぞ」
「・・・お祖父様?」
イザベラ様は王都に生まれた時から住んでいた。
初めて祖父を見たようだ。
それから俺をキリッと睨んで言い放った。
「お前か?本来なら殺すところだが、旧王家によって無理矢理婚姻させられたと分かっている。故に罪は問わない」
「そりゃ、どうもです」
「待って下さいませ!実は私・・・もう、お腹に」
イザベラ様はお腹をさする。
いや、俺、やってないよ。
「う~む・・・」
「もう、私は乙女ではありません。人妻ですわ。ここで生きていきますわ!」
「しかし・・・」
「お腹はすぐに大きくなります。ごまかせません。もう、私は平民ですわ」
何とか帰した。しかし、良いのか。まさか、俺の知らない所で恋人が出来たのか?
いや、彼女はそんな事はしない。きちんと言うはずだ。
「あのイザベラ様の・・・お腹のお子は・・」
「・・・これからですわ。お腹には旦那様の子が宿る予定ですわ。私、知っています。いろいろ動いてくれたと、お友達のジミー様から」
ジミーめ・・・いや、これは良いのか?怒らなくて良くないか?
「おや、おや、わたしゃ、今夜は早く寝るよ」
「母さん!」
「ミャア!」
結局、俺は無理矢理功績をつけられて、男爵になった。王都近郊に領地をもらった。
執事、メイドを雇える最低限の貴族だ。
孫娘に最低限の生活を保障したいらしい。
それから、15年経過した。
娘が貴族学園に入学する日だ。まだ、のんきに猫の世話をしている。
「ミャア」
「フフフ、ミイちゃんはお婆ちゃん猫だから、柔らかいお食事ですよ。長生きしてね」
あの市場役人の時に迎えた猫は生きている。イザベラが大事に世話をした結果だ。
娘ザビーネも母親に似て、長い黒髪でキリッとした切れ目の美人だ。
「いいか、王族たちに近づくなよ」
「はい、お父様」
何でも、隣国から迎えた王子と辺境伯の娘の間には、男の子が生まれ、娘と同年齢らしい。
既に王子には婚約者がいる。
娘は美しくて可愛すぎるから・・・また、乱が起きないか心配だ。
「旦那様、大丈夫ですわ。娘を信頼して下さいませ」
「しかし、王子の婚約者は辺境伯の親戚でピンク髪だぞ」
「それは俗信ですわ。ピンク髪が乱を起すなんて・・」
「まあ、そうだけど」
そうか、なら、吟遊詩人のギルド長に出世したジミーに、今度は皆、仲良くなる話を流させようと思う今日この頃だ。
最後までお読み頂き有難うございました。