08 浜子歌
須佐国に帰れたのは、梅蔵を出て十日後のことだった。
その日も、須佐は晴れていた。
城がある北町まで、あと少しというところだ。光春と実清は、海端の村に差しかかった。村には塩田があり、須佐特産の塩を作っている。
塩田では、大人たちが幅広の鍬のようなもので砂を集めている。光春を見ると、向き直って一礼した。彼らは浜子だ。塩を作っている。朝に海水を砂地に撒いて乾かし、それを集めているのだ。今からそれに海水を流して濾し、濃くなった塩水を煮詰めるのだ。
塩田から少し離れた空き地では、子供たちが遊んでいた。光春たちを見つけると、走ってやってくる。
「若様だぁ。」
「葉山様もいるぅ。」
わらわらと光春たちを取り囲む。手に木の枝や、草の穂を持っている者もいる。一番に駆け込んできた子供を掬い上げるように両手で抱え、光春は己の肩に乗せてやった。
「若様、試合負けたの?」
「若様、負けたんでしょ?」
「お前ら……なんで負けた前提で話すんだ。」
子供たちを順に肩車し、担いでやりつつ、光春が言う。
「え、じゃあ勝ったの?」
全員が目を丸くして尋ねる。
「……負けました。」
一瞬詰まった光春だが、唇の端から絞り出す。なーんだ、と子供たちは口を尖らせた。横で実清が声を押し殺して笑う。
「葉山様がいるから、若様が弱くても大丈夫だよね。」
誰かが言う。追い討ちをかけられても、光春は言い返せない。
「若様はお歌も笛も上手だもん。ね、お歌聞かせてください。」
一人がそう言うと、周りの子らも一斉にせがむ。いいぞ、と答えて、光春は小唄を歌いつつ歩いた。その隙にも、子供は増えたり減ったりする。
歌い終わると、光春は子供たちの口に飴玉を一つずつ入れてやった。蓮宮からのものだ。
「ありがとうございます、若様。」
口々にそう言うと、子供たちは元の場所へ駆けて行った。
嵐のようだった。実清はそう思った。
領国のどこに行っても、光春は人気だ。もちろん、皆、光春の武芸の腕前は知っている。それでも、光春の優しさを知っているのだ。
実清が子供たちの後ろ姿を見ていると、光春がおいと呼んだ。振り向くと、包みの中に一つ残った飴を差し出された。
やる、と彼は言う。
「しかし、若様、一つも召し上がってないではありませんか。」
いいんだよ、と彼は笑った。そして、実清の口に最後の飴玉を入れる。滅多に口にすることのない甘みに、思わず実清の頬が緩む。
「その顔が見られるから、いいんだ。」
子供扱いしないでください、と実清が顔を隠す。光春の笑い声が聞こえた。
なぜだろう、頬が熱い。
桜も散り、陽気をまとった風が頬に触れると心地いい。
前を歩く光春が今は振り返ったりしませんようにと、実清は心の中で祈った。