06 垣間見 2
宗勝は、板壁に張りついたまま、目を白黒させている。実清は眉をひそめた。
もはや隠せない。油断した己が悪いのだ。なにしろ身体を見られてしまった。もしも、これで若様や須佐守にまで咎が及んだら。
頭の頂点から血が冷え切って流れ行き、全身が冷たくなる心地がした。いっそ冷静だ。
「事情をお話しいたします。どうか、部屋へ入ってはいただけませんか。」
慌てふためく宗勝を部屋へ引き入れ、実清は布団を畳み、正座した。対面に宗勝が座る。深々と頭を下げ、実清は口を開いた。
「宗勝様に嘘をついていたこと、誠に申し訳もございません。お話ししましたら、腹を切ってお詫びいたしますので、我が主人や、須佐守には、どうか咎のなきようお願い申し上げます。」
いや、そういうことでは、と宗勝は動揺しつつも口を挟んだ。
実清は全て話した。長い話ではない。父の思いつきで、男児として育てられたこと。そのまま元服の儀も行い、実清と名乗るようになったこと。幼い頃から光春に仕え、光春も女であることを知っていること。実清の性別を知っているのは、須佐国でもわずかであること。
聞き終わった時、宗勝は思わず口元を押さえていた。
話を聞き終えただけで、目の前の葉山実清という者が、急に女子に見えるのだから不思議だ。まるい目も、紅を差したような柔らかそうな唇も、細い首も、しなやかな指先も、優しげな声も、全てそう見えてくる。
「それは……知らずとは言え、私はなんぞ非道なことをしなかったか。」
宗勝は、慎重に言葉を選んだ。
実清は驚いた。そんなに気遣われるとは思っていなかったからだ。
「は。そのようなことは決して。」
実清はまた、深く頭を下げた。
「お話することは以上です。それでは、御免。」
そう言うと、実清は荷物から短刀を取り出し、立ち上がった。
「待て待て待て待て。」
慌てて宗勝が実清の着物の裾を掴んだ。
「どこに行くのだ。」
「お詫びとして、腹を切ります。せめて主人に一言断りたいのですが、許していただけますか。」
「話を聞け!」
淡々と話す実清を、宗勝が一喝する。しかし、と実清が言うのを遮る。そして、短刀を握る手を掴んだ。男にしては細い手首。この柔らかさ、細さは、隠しようもなく女のものだ。
「別に腹を切れなどと言うてはおらんではないか。事情は分かった。このことは、私の胸一つに秘めておこう。光春殿や須佐守殿のことも、咎めはせぬ。」
早口でまくしたてた。実清は目をまるく見開いている。
「一人で抱え込まずとも良いのだ。もっと人を信じ、頼れ。」
今度は、穏やかな口調で言う。実清の目が潤み、唇が震えるのを噛んで抑えている。
つうっと一筋の熱い涙が頬を伝うのを、実清は感じた。腹を切らなくて済んだ安堵の涙か。それとも、別に理由があるのか。実清にも分からなかった。
宗勝は実清を座らせた。困った顔をして、実清の濡れた頬を拭う。
「もう休め。おぬしも疲れておるのだ。今日は人も多く、気も張ったことだろう。だが、何も心配するな。」
はい、と返事をし、乱れる呼吸を整え、実清は尋ねた。
「宗勝様は、なぜこの部屋に……?」
当初の目的を忘れていた。
「文鎮を探していたのだ。今宵は人が多く泊まるからな。いつもの場所に置いていたら、気を利かせて誰ぞ片付けてしまったらしい。また明日探す。」
とにかく休め、と促し、宗勝は部屋を出た。
薄暗く、ひんやりとした廊下の空気に目が覚める。
まさか。まさかと思うが、信じねばなるまい。なにしろ、目の前で見てしまったのだ。実清が語った話も、嘘とは思えなかった。
そして、ふと昼間の試合のことを思い出した。女だてらに、あの立ち回りを見せたのか。軽やかで、しなやかな動き。
悔しいという気持ちは感じない。面白い。ただ、面白い。
自分自身でも不思議なくらいだ。今、笑っているのだから。
その頃、内裏の一角では、蓮宮が池に揺らめく月を眺めていた。まだ夜風は冷たい。脇息にもたれ、上質な厚手の衣を打ち掛けている。おもむろに、扇を広げた。蓮に月が描かれている。
昼間の試合の後に会った者のことを思い出した。葉山実清と言った。指、肩幅、首もと、顔立ちーー今まで、どれだけの数の人に会ったことか。一目で分かった。あの者は、女子だ。
ふっと口元がゆるむ。
あのような場に、なぜ、男のふりをしていたのか。詳しいことは分からないが、久々に面白いものを見つけた。