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03 御前試合にて 2

 実清は、え、と思わず声を漏らし、主君である光春を仰ぎ見た。光春も心なしか戸惑っているようだ。


「私と手合わせ願おう。」


 静寂を破ったのは、菊丸宗勝きくまるむねかつだ。実清はまだ動揺している。当然だ。女であることを隠し、ここにいる。バレたら何があるか分からない。

 しかし、皇子たる蓮宮はすのみやと、次期大将軍の宗勝からの指名だ。断れるはずもない。

 宗勝はすでに道場の真ん中にいた。再び木刀を手に持っている。皆、もとの位置に座り直し始めた。こうなっては、ますます断れない。

 行ってまいります、と光春に声をかける。光春は実清の袖を掴んだ。


「お前、本当に行くのか。」


 ひそひそと話す。


「他にどうしようもありません。もはや仮病なども使えないでしょう。」


 そう言い残すと実清は、光春の木刀を借りて歩みを進めた。

 実清が一礼して中へ進み出る。その場で素振りをしていた宗勝は、ちらと実清を見た。

 どう見ても小柄だ。須佐守すさのかみの家老の子だとは聞いている。歳は同じ十六のはずだ。ちゃんと食べているのだろうか?肉付きは悪くないが、細身で背は頭一つ以上も小さい。目は鈴のようにまるく、まるで女のようだ。

 余計なことを考えていると、審判役が位置についた。


「体を温めておかなくてもよいのか。」


 宗勝が尋ねた。実清は少し驚いた顔をした。


「どれほど準備したとて、菊丸様の足元にも及ばぬと存じます。」


 ふん、と宗勝は鼻をならした。声までも女のようなやつだ。


「手加減は無用。全力で来い。」


 そうだ、誰も私に勝てるわけがないのだ。幼い頃から、大将軍家を継ぐ者と言われ、誰よりも厳しい教育を受けてきた。誰よりも一番たれと言われてきた。片田舎の須佐国、それもこんな小柄な者など敵ではない。

 宗勝は木刀を握りなおした。

 始め、の声が響く。周りで見る者は皆、すでに勝敗は決しているとでも言いたげに、憐れみと好奇の混じる目で実清を見ていた。

 少しずつ間合いを詰める。切先が触れるか触れないかの一瞬、宗勝が踏み込んだ。実清の木刀に滑らすように、首筋を狙う。実清が小柄なのを見て、力で押し通ろうというのだ。

 実清は瞬時に木刀を立てた。なんとか前に出している右足に重心をのせる。宗勝の切先が大きく逸れる。宗勝の右腕が伸び切り、右半身に大きな隙ができた。

 あっという間に、実清は宗勝の右腕に木刀を当てると、背後に飛び込んだ。同時に宗勝が振り向くと、すでに喉元に切先がある。振りかぶろうとした腕は途中までしか上がらず、動くことができない。

 実清は息も切らさず、真剣な面持ちで、大きな目をさらに開いて宗勝と目を合わせた。

 しんとした道場が、すぐにざわついた。あいつ、宗勝様相手にやりおったーーそんな声が聞こえる。歓喜ではなく、恐れを含んだざわめきだった。

 そこまで、と声が響く。実清は木刀を納め、宗勝も腕を下ろす。二人は一礼し、距離をとった。実清がさらに退こうとする。待て、と宗勝が声をかけた。


「おぬし、最初から私に勝てると思っていたのではないか。」


 宗勝の問いは、ざわめきにかき消されそうだ。おそらく、実清以外には聞こえていない。

 宗勝の言葉を吟味するかのような間があった。実清がゆっくりと口を開く。


「畏れながら、菊丸様が私を体格で侮っておられたのが分かりました。ご自身で気づかれぬうちに、手加減なされたかと。」


 この私が、無意識で手加減を?宗勝は木刀を見た。

 失礼いたします、と言い残し、実清はそそくさと人の中に紛れていった。宗勝は、その後姿を目で追った。

 光春のもとに戻ると、彼はすでに帰り支度を整えていた。あとは実清が持ち出した木刀を納めるばかりだ。

 光春はほっとしたように話しかけた。


「ひやひやしたぞ。菊丸様相手にあんな……。最後、何か話していたが、何かあったか。」


 特に何も、と実清は答えた。布袋に木刀を納め、紐で縛る。

 とにかく、これで全て終わった。せっかく須佐から、この水穂国みずほのくにの中心部、梅蔵うめくらの町まで来たのだ。試合のことはいったん置いて、何か美味しい物でも食べ、土産でも買って、楽しまねば損だ。

 須佐守すさのかみが上洛した時のために、館は梅蔵の外れにある。昨日も、そこに寝泊まりして来たのだ。宿の心配はしなくていい。

 何か飯でも食べてから帰りましょう、と実清が言う。楽しみなのが隠せないようだ。今朝方も実清が使用人に、晩飯はいらないと言っていたのを光春は聞いていた。ちゃっかりと、梅蔵の茶屋料理屋番付も入手している。

 こういうところは、どうも市中の女と変わらないようだ。そして、それが日頃のしっかりした姿とは違い、可愛くもある。こっそりと番付表を見る実清を横目に、光春は着物の袖で口元を隠した。

 他の者が道場を後にするのに紛れ、二人も外へ出ようとした。ところが、濃い葡萄茶えびちゃ色の着物姿の中年男性がいた。


「須佐国桜田様ですね。宮様がお呼びです。」


 宮様とは、蓮宮のことだろう。

 二人は目を見合わせ、案内されるがまま、ついて行った。

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