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14 蛍火

 葉山父子が喧嘩をしてから後のことだ。光春は、実清を探して城内を歩き回っていた。内裏からの使者が帰ったのは、日暮れ前だ。やっと実清を見つけた頃には、すっかり日が落ちて薄暗くなっていた。

 庭の隅の櫓の近くに、実清は白犬を抱いて座り込んでいた。あたりを蛍が飛びはじめた。

 白犬は、須佐城に居着いた野良犬、チロだった。構ってもらっていると思ったらしく、嬉しそうにしている。蛍の灯りに照らされて、辺りがぼんやりと明るい。


「実清。探したぞ。」


 光春が声をかける。実清が顔を上げた。その頬には、チロに舐めまわされた痕があった。隠れて泣いていたに違いない。

 口元は、手当してあった。おそらくお松がしたのだろう。それでも、腫れているのが分かる。

 鼻をすすり、実清はチロに回していた腕をほどいた。チロはそろそろ飯の時間なのか、一目散に御台所の方へ駆けて行った。


「お騒がせして申し訳ありません。」


 まだ上ずる声で実清が言う。気にするな、と光春は答えた。

 そして、隣に座った。柔らかく心地よい苔が光春の手に触れる。少し湿った感触だ。しばらく二人でぼんやりと蛍を眺めた。


「若様。私は、色仕掛けなど決してしておりません。」


 口を開いたのは実清だ。悲しそうにぽつりと呟いた。


「分かっている。お前のことは、誰よりも分かっている。」


 実清がそんなことをする理由もない。光春は、努めて明るい声で返した。そして、尋ねた。


「……実清として生きるのはつらいか。」


 少しの間があり、実清がいいえと答えた。


「幼い頃は、色々と思うこともありました。けれど、若様にお仕えできるなら、私は実清でもきよでも良いのです。それに、刀は好きです。」


 そうか、と光春が呟く。ですが、と実清が続けた。


「若様が望むなら、刀を置きましょう。」


 光春が目を見開く。そして少し思案し、ゆっくりと話した。


「そうだろうな。お前は、私が望めば何でもするだろう。」


 はい、と実清が頷く。


「若様がお望みなら、閨事ねやごとの務めも果たすようにと、殿と我が父から言いつけられております。」


 光春は頭を抱えた。あの二人は、一体何を実清に吹き込んでいるのだ。それを素直に聞く実清も実清だ。


「葉山殿や私の父から言われたからとか、そういうのはよせ。私は、お前の意思でどうしたいかが知りたいんだ。例えばもし、お前が他の者を主人に選んだとしても、私はお前を責めはしない。」


 それが菊丸宗勝であっても、蓮宮はすのみやであっても。

 そう言いはせず、光春は顔を背けた。今の自分は、とても実清に見せられるような顔をしていないだろう。

 気づいたろうか、光春が宗勝の告白を聞いていたことを。酒のせいにして忘れたふりをしたことを。

 実清は押し黙っている。しばらくの間があった。


「若様のお心、承知しました。」


 そう言い残し、実清は立ち去った。残された光春は、拍子抜けした様子でその背を目で追った。実清の背中は、蛍の光に掻き消されていった。

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