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13 父娘

 菊丸宗勝が須佐を発った翌日のことだ。今度は内裏から遣いの者が来た。高級な乾物や布、茶壺を携えての来訪だ。

 蓮宮はすのみやからだった。城代として光春が対応していたが、突然贈り物をされる意図が読めず、彼は険しい顔をしていた。

 使者は、同席していた須佐国家老、葉山実信に向き直ると、漆塗りに螺鈿らでん細工が施された箱を差し出した。装飾から見るに、女物だろう。


「宮様から、葉山殿にと。荷葉かよう薫物たきものでございます。」


 荷葉のお香は、蓮の香りだ。使者は葉山殿に、としか言わなかったが、これは明らかに実清へのものだろう。

 実清の父、実信は、置かれた小箱からゆっくりと目線を実清に移す。般若の形相だ。実清は慌てて平伏し、顔をあげないようにした。

 いつだ。一体、いつばれてしまったというのだ。

 実清は必死に考えた。だが、思い当たる節など一つしかない。蓮宮に呼び立てられた時。きっと、あの一瞬で見抜かれてしまったのだ。


「あいにく、我が家に女子はござらん。宛先違いかとお見受けする。」


 実信は動揺を悟られないよう、使者に答えた。そんなはずはない、と使者も食い下がる。


「ともかく、我が家に女子はおりません。私の妻もすでに鬼籍に入っております。宮様のお心遣いはありがたく存じますが、宛先違いの物を受け取るわけにはいきません。」


 勢いに押し負け、使者は小箱を引っ込めた。反応を見るに、この使者は実清が女だとは知らない様子だ。

 光春は薫物の小箱以外を受け取ることとし、その三倍の献上品を荷車に積み込むよう指示した。




「実清ーっ、そこへなおれ!そのボケた性根を叩き直してくれるわ!」


 内裏の使者が部屋を退出した直後、葉山実信は実清を殴り飛ばした。勢いで実清が倒れ込む。周りの者が慌てて止めに入った。しかし、二人しかいない。頭に血がのぼった実信を止められるはずもなかった。


「宗勝様だけでなく、蓮宮様もだと!若様にお仕えする身でありながら、なんと情けないことよ。お前を女子として育てた覚えはないぞ。色仕掛けしか能がないなら、今すぐ刀を置いて女として生きよ!」


 実清が実信の襟元を掴んだ。実清の左の口元が赤くなっている。


「私は色仕掛けなどした覚えはございません!そもそも、私がこうして男として生きているのは、父上のせいでしょうに!」


「なにおう、現に蓮宮様に女子とバレておるではないか!」


 実信は実清を蹴り飛ばした。そのまま何度か足蹴にする。


「やめんか、葉山殿!」


 騒ぎを聞きつけた光春が止めに入る。いいえ、と実信は興奮冷めやらぬ様子で答えた。息が荒い。


「一度ならず二度までも、若様への裏切りに等しい行い、父親として恥ずかしい限りです。こやつは私が首をねます。」


 そう言うと、実信は実清に歩み寄る。藩士二人が後ずさった。光春の静止の声も届いていない。

 実清は口元を拭い、父をにらみつける。袖に血がついた。

 表へ出ろ、と実信が低い声で言う。


「須佐城を、お前ごときの血で汚すのも許さんぞ。」


 表へ出んか、と怒鳴ると、実信は実清の襟元を片腕で掴み、廊下の方へ投げ飛ばした。実清はなんとか受け身をとったが、柱に頭をぶつけたらしい。頭を抱えてうめいている。

 光春が駆け寄ろうとしたとき、雷のような一喝が聞こえた。


「何をしているのです!」


 須佐守の妻、お松が立っていた。光春の母だ。皆の動きが止まる。


「まあまあ、実清!どうしたと言うのです。」


 頭を押さえながら、やっと座り直した実清に駆け寄る。お松は、口元の怪我を見て、眉を寄せた。

 お松も実清のことは知っている。男として育てるのはあんまりだ、と進言したこともある。受け入れられなかったのを実清に悪く思っているのか、お松は実清に甘かった。


「お方様、これには理由が……。」


 実信が口を開くと、お黙り、とまた一喝される。


「聞こえていましたよ、葉山。色仕掛けしか能がないなら女として生きよと、そう実清に言いましたね。それは、世の女子に対する侮辱ですよ。この私の目の前で、同じことを言えますか。」


 それは、と実信が口籠る。


「軽率な言葉でございました。申し訳ございません。」


 深々と頭を下げる実信を見て、お松は小さくため息をついた。


「光春、お前も何をしているのです。父上から、城代を任されたのではないのですか。お前がちゃんと家臣をまとめないで、どうするのです。」


 飛び火した光春は、思わず肩をすくめた。


「城主が不在だからとて、気を抜くことは許しませんよ。戦になるやもしれぬ折に、内輪揉めをしている場合ではありません。」


 そして、実清について来るよう言い、その場から立ち去る。実清が皆と共に呆気にとられていると、廊下の向こうからお松が呼んだ。慌てて立ち上がり、実清が走っていく。

 後に残された実信は、顔を覆ってその場に座り込んだ。沈鬱な空気が皆を包んだ。

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