表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/17

11 月夜の宴 2

 実清殿を嫁にーーたしかに宗勝はそう言った。

 お前、と実信が実清を振り返り、一喝する。


「申し訳ございません、父上!」


 宗勝に女だとバレたことは、父には言っていなかった。実信がにらみをきかせる。

 責めないでやってくれ、と宗勝が制した。


「あれは、私が悪かったのだ。」


 宗勝にそう言われては、実信も返す言葉がない。実信は重たい口を開いた。


「ありがたいお言葉ですが……宗勝様もご存じのように、実清は私の一存で男として育て上げました。女子としての教養も身につけさせてはおりますが、振る舞い、武芸、どれをとりましても、並いる武人に引けをとりません。我が子ながら、よき武士になってくれたと思います。」


 そして、ちらりと実清を見やる。


「我が家は格も劣ります。宗勝様なら、良き縁談は迷うほどありましょう。」


 それでも、と宗勝は食い下がる。


「私は数多の女人の中で、初めてこうして惹かれたのです。」


 実信は渋い顔をしたままだ。


「実清は、我が息子にございます。」


 そうか、と宗勝は答え、思案した。そして、実清と二人にしてくれと言う。

 実信は立ち上がると神妙な面持ちで退出し、扉を閉める直前に実清をにらみつけた。


「実清。」


 不意に名を呼ばれ、実清は畏まった。


「突然で済まなかった。しかし、どうにも止められなかったのだ。」


 はぁ、と実清は宗勝を見た。


「そなた、葉山実清という以外に、名は持っていないのか。」


 実清はぐっと詰まった。女だとバレている相手だ。今さら隠したところで何になろう。


「主人との旅路では、女子として随伴することもあります。旅籠はたごに泊まるときは、その方が都合が良いのです。その際は、きよと名乗っております。」


 お清か、と宗勝が呟く。


「……この話、受けてはもらえぬだろうか。」


 宗勝は、決して身分や家格を盾に強要などしてはいない。無理強いしようと思えば、できることだ。それなのに、今だって命令してはいないのだ。

 実清は返答に詰まった。どう答えたものかと考えあぐね、床に目を落とす。しばしそれを見て、宗勝が微笑んだ。


「あい分かった。答えを聞くまでもなかったようだ。振られてしもうたな。」


 実清は額を床に打ちつけんばかりに、深々と頭を下げた。よせ、と宗勝が言う。


「おそれながら、申し上げます。私には、他の女人にあるような、美しく長い髪もありません。刀を握り、手はマメや小傷ばかりで、白魚のような肌でもございません。」


 卑下するな、と宗勝が遮った。


「そなたと出会った日から、忘れられないのだ。全てを私の手元に置き、隠してしまいたいと思ったのだ。いわゆる、一目惚れというやつだろう。」


 そして、実清のそばまで来た。声を落とし、触れてもよいだろうか、と控えめに尋ねた。少し寂しそうな声だった。

 強く断ることができず、実清は固まったままだ。

 それを了承と受け取ったのか、宗勝がそっと実清の手に触れた。まるで、薄氷にでも触れるかのような優しさだ。指に触れ、次に頬に触れた。指を下に滑らし、唇をなぞる。

 唇に触れられた瞬間、宗勝の体温を感じた。


「すまないが、これだけでは引き下がれそうにない。許してくれ。」


 くすりと笑うと、宗勝は部屋を後にした。

 一人残された実清は、その場に座り込んだ。全身の力が抜ける。顔に火が灯っているかのように熱い。くらくらと床が揺れる気がする。

 ふぅっと息を吐き、夜風に当たる。風が頬を撫でる感触が、先程の宗勝の掌に重なる。

 何を考えているのだ、私は。

 実清は目を閉じた。

 若様に誠心誠意お仕えすると決めた日から、この命は他の誰のものでもない。迷うことなど、あり得ないのだ。きっと、酒のせいだ。今宵の月が美しかったから、酒が進んでしまったのだ。

 その時、部屋の引き戸がかたりと音を立てた。見れば、光春が立っていた。かなり酔っているようだ。


「すまない、盗み聞くつもりはなかったんだ。」


 実清の方へ歩み寄る。そして、倒れ込む勢いで、実清にしがみついた。

 光春の体温が熱い。酒臭い。どれほど飲んだのだろう。

 光春の手が実清の背中を掴む。

 若様の手は、こんなに大きかっただろうか。こんなに力強かったろうか。

 若様、と実清が声をかける。


「お前、行くのか。」


 若干呂律が回っていない。ゆっくりとした口調だ。


「お前をどこにもやりとうない。お前は私のものだ。宗勝なんかにやりとうない。行かないでくれ。」


 そう言うと、光春は実清の首元に顔をうずめた。猫が甘えるような仕草だ。

 若様、と実清が呼ぶ。


「どこにも行きません。私は、若様のものです。若様にこの命を差し上げる覚悟です。」


 光春は反応がない。聞けば、寝息がする。

 実清は一気に汗が吹き出るのを感じた。

 自覚させられてしまった。今まで、気づかないよう自分で気持ちに蓋をしていたのだろう。男として生きてきたから、女としての、お清としての気持ちは見ないふりをしていただけかもしれない。

 私は、若様が好きなんだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ