其の三「所死ん表明」
教室に入ると、7人の生徒がいた。
机は9つあった。前に5台、後ろに4台。伊坂は、普通教室のサイズに少ない人数しかいないと、こんなにも寂しいものなのかと思う。
生徒は、こちらを見定めるように見つめている。
「皆さん、席についてください」
フクダが声を張り上げながら教卓の前に立った。異形の存在は、各々のペースで席についていく。
「今日から赴任された伊坂先生です。皆さんの担任になります。教科は『人間学』です。では伊坂先生、自己紹介をしましょうか」
伊坂は緊張した面持ちで教壇にあがる。人間相手の授業は慣れていたものの、こちらは怪異だ。緊張して当然だ、と自分に言い聞かせる。
目線を下げると、教壇には座席表が置いてあった。座席表には、名前…なのか怪異の名称が記載されている。
教卓
鬼 からくり 座敷童子 狐 猫
口裂け 目 狸 坊主
目と坊主の席が空席だ。欠席だろうか。
伊坂は思考を巡らせた。彼らはどんな性格なのだろうか。どのような生い立ちなのだろうか。そもそも元人間と相入れる存在なのだろうか。何から切り出せば良いだろうか。何も思いつかない。緊張で固まってしまっていることを自覚し、とにかく何か話さなければと思い口を開いた。
「も、元人間の伊坂公平です。こちらの世界の存在は今日知ったばかりで何も分かりませんが、よろ……」
「ねえねえ!なんの仕事してたの?好きな食べ物は?あ!お土産ないの!?」
狐が伊坂の自己紹介を遮り、矢継ぎ早に質問を繰り出した。
狐は普通の女の子の姿をしているが、ロングの白髪で肌は透き通るように白い。頭部には狐耳、椅子の後ろから尻尾が飛び出していた。
「人間界でも教師の仕事をしてたんだよ。好きな食べ物はお寿司かな……」
「え!お寿司好きなの?アタシも好き!いなり寿司!」
伊坂は妖狐の快活さに圧倒された。その時、隣の猫が口を挟んだ。
猫も人間の女の子の格好をしており、狐とは対照的に黒髪のボブで肌は小麦色だ。頭部には猫耳、そして猫の尻尾が見えている。
「やめたげなよコンちゃ、先生困ってるよ」
猫は伊坂を擁護しているように見えて、困惑している様子を楽しんでいるように顔がにやけている。
「コンちゃ」伊坂は心の中で猫が言った呼び名を文字に起こす。なるほど、キツネだからコンかと納得する。
「ギャハハハ!今度は気弱ようなヤツだな!いつまで持つかなァ」
ショートヘアーの金髪でピアスをつけたヤンキーのような風貌の鬼が笑った。頭部には角が生えている。
隣では人間台の木製のからくり人形も同調するように笑っている。
おかっぱ頭の座敷童子はノートに何やら落書きをしており、口裂けは俯いて黙っていた。
賑やかなクラスだ。
伊坂は、怪異という存在に面喰らいながらも、自分の個性を存分に発揮している生徒を好きになれそうだった。
そして、生前担任を務めたクラスの面子と怪異が重なった。
伊坂は「ゴホン」と咳払いをし、胸を張って大声で叫んだ。
「私は生前、教師をしていました。死んだ後もまた教師を続けることができて幸せです!みなさん、よろしくお願いします!」
「先生、大きな声を出さないでびっくりするよ」
突然、教卓の中から声がした。教卓の中、荷物を入れる場所を除くと、たくさんの目がこちらを覗いていた。
伊坂は驚いて尻餅をつく。
教室中に笑いが満ちた。
フクダも笑っている。
「こんなところにいたんですね。席につきなさいと言ったでしょう。伊坂先生、こちらは目の怪異です。」
「びっくりさせないでください!」
波瀾万丈な教員生活が始まったと伊坂は思う。
生徒の座席はまだ一つ、空いている。