其の二「新たな死事」
死立怪異高等学校 教諭 伊坂公平
職員室で伊坂はフクダから手渡された名刺を眺める。
「早速作ってくれたようです。複数枚持ち歩いていてください」
そう言ってフクダは追加で名刺の束を手渡してきた。
伊坂は束を机の引き出しに入れ、あたりを見渡した。
「意外と、雰囲気は普通の職員室なんですね」
「霊界と人間界は表裏の関係なんです」
フクダは白紙を取り出し、ボールペンで丸を書き、文字が書いてある方を伊坂に見せた。
「丸が書いてある方が人間界です」
フクダが紙を裏返す。
「そしてこちらが霊界。霊界と人間界は表裏一体なんです」
「じゃあこの建物は人間界にも存在してるってことですか?」
「そうです。あちらに建物ができればこちらにも出来る。こちらで物が壊れればあちらでも物が壊れる」
フクダは革張りの厚い本を伊坂に手渡した。
「本当はオリエンテーションの際に渡そうかと思っていましたが、今のうちに」
伊坂はページを捲った。
”霊界憲法”
この見出し以降には、前文を含めて数十ページに渡って条項が書かれていた。
フクダは霊界憲法三章十三条を指差す。
「十三条を読んでください」
「霊界の存在は人間界に知られてはならない」
「あなたも生前、この世界の存在を知らなかったように、ここは人間に知られてはならないんです」
フクダは先ほどの丸が書かれた紙の裏側にマジックで ”×” と書いた。
裏返すと、×が滲み、表面に浮き出ている。
「だから、こちらの世界では既存の建物を破壊することはできない。利活用するしかないのです」
伊坂は立ち上がり、窓から外を眺めた。
「だから、この温泉街にみんな集まっているんですね」
東北南部地方の山間にあるこの温泉街は、高級旅館やホテルが立ち並ぶ有名な観光地であった。
家族連れや社員旅行、接待など、多くのシチュエーションで用いられ、土日祝日は数ヶ月先まで予約が埋まっているほど人で賑わっていた。
しかしある日、ある旅館で温泉の湯量が少なくなり、一時的な営業の中断が余儀なくされた。
関係者はこの知らせを聞き、自分のところでも温泉が出なくなるのではないかと恐れた。
その予感は的中し、半年以内に温泉街の全ての場所において温泉の湯量が10分の1にまで減った。
地質学者や建設会社の専門家による調査でも原因は分からなかった。
温泉街にとって、温泉を失ったことは大きな痛手となった。
客足は遠のき、ほぼ全ての旅館は廃業を余儀なくされた。
そして現在、誰もいなくなり、廃墟だけが残されたこの場所は心霊スポットとして恐れられている。
「それでは、生徒たちに会いに行きましょう」
フクダはそう言って、職員室のドアを開けた。