5 いんがおーほー?
「いいから、約束を守れ!」
「それって、私のお母さんとおばあさまとの約束ですよぉ?」
「うるさい!親の約束は子供が受け継ぐ。だから、美女を早く俺に寄越せ!」
「ええ?そんな話し、聞いてないですよぉ?」
「だったら、何でお前は俺の前に居る」
「ええっと、どうでもいいひとだから」
「あ?」
「いえ、お兄さんは優しい人だからぁ」
「今、どうでもいいとか言わなかったか?」
「チッ、聞こえてたか」
「おい?」
「冗談です。何となくですけど、母の味?みたいな感じがするんですよ、多分」
「母の味?俺の血がか?」
「は~い」
「どういう意味だ?」
「だって、癖になる味だって、聞いてますからぁ」
「癖って、美味しいってことか?」
「いえ、とっても個性的な味だそうですよぉ」
「ふ~ん、だったら見返りを寄こせ」
「ええ?さっき助けてあげたじゃないですかぁ?」
「俺だけでなんとか出来た」
「嘘ですよ、お姉さん本気でお兄さんを殴り殺そうとしてましたよぉ」
「そんなことは、ない?」
「歯切れ悪いですね(笑)」
「うるさい!殺すぞ」
「おお、怖い怖い」
目の前をぶんぶん、それも楽しそうに飛びやがった。
無性に腹が立ってきた。
面倒になってきた。
何もかも、目の前の虫が悪い!
そうだ、彼女の機嫌が悪いのも、きっとこいつのせいだ!
天誅だ!
「やっぱり、殺そう」
「ちょ~っとお、殺虫剤を向けないでくださいよぉ」
「あ?」
「虫権蹂躙です!」
「なんだ、そりゃ?」
「虫だって、生きる権利ぐらいあります!」
「俺だって、美女と添い遂げる権利があるはずだ!」
「それって、お兄さんの自業自得では?」
「あ?」
「だから、何で殺虫剤を向けますか?」
「死にたくなければ、Gカップの美女を俺に寄越せ!」
「ええ?Fカップじゃなくてですかぁ?」
「グレードアップだ」
「迷惑な」
「死ね」
「ああ、はいはい、分かりました」
「あ?」
「神さまにお願いしておきます」
「信用出来ん!」
「ええ?」
「その神さまのせいで、俺は何度もひどい目にあったんだ。信用出来るか!」
「そんなことを言ったら、罰があたりますよぉ」
「俺みたいな善人に、何で罰が当たる!」
「もしかして、本気ですかぁ?」
「本気だ。俺はいつも、本気で生きている!」
「本気で、ふざけてるんですね」
「何か言ったか?」
「とにかく、私には神さまにお願いするだけしか出来ません。無理ならもういいです、さようなら」
「ちょ、ちょっと待て。俺の美女はどうなる?」
「知りませんよ」
「無責任だぞ」
「だって、神さまを信用しない人に、どうしろって言うんですか?」
「う~ん」
「唸っても無駄です。私、急いでいるんですから」
「何で?」
「カワイイ、カワイイ子供たちを産むんですから」
「カワイイって、俺には虫の違いが分からん」
「親ってね、分かるもんなんですよぉ」
「74番目でもか?」
「あら、何で分かるんですか?」
「だって、お前自分で74女って言ってなかったか?」
「そうでした。意外に記憶力いいですねぇ」
「意外は余計だ。お前の親は、お前に74番目の子だと教えたのか?」
「いいえ?」
「?」
「ヒマだったんで、自分で数えました、てへ」
「へ?」
「なかなか、卵から出れなかったので」
「へ~?」
「私の前が73番目のふ化でしたから、私は74番目の子供です」
「それって、メスかオスか分からないじゃないか?」
「はい」
「だったら、74女じゃないじゃないか?」
「お兄さん、細かいですね」
「いや、細かくないだろう?だって、お前の兄弟の話しだろう?」
「いえね、数は分かってもどれがお姉ちゃんかお兄ちゃんか、正直分からなかったんですよ」
「分かるだろう、それぐらい」
「みんな一斉にふ化したから、数えるので精一杯だったんです。偉いでしょう?」
それって、偉いのか?
「お兄さん?」
「とにかく、美女だ」
「Fカップの?」
「Gカップだ!」
「分かりました。神さまにお願いしておきます」
「必ずだぞ?」
「伝えるだけです」
「約束だ!」
「神さまがお兄さんのお願いを叶えてもいいって、そう思えるようにしてください」
「俺は、いつもそうしている!」
そう、俺はいつでも、品行方正だ。
でも、虫は何か得体のしれない物を見るような目、みたいなもので俺を見ている、と思う。
何せ、虫だからよく分からん。
なんで、俺の良さがわからないんだ?
「はああああああ~」
「何でため息を吐く?」
「なんとなくです」
「そうか、ほら」
「何ですか?」
「血を吸うんだろう?」
「何となく、気が進みません」
「おい?俺のHカップの美女はどうなる?」
「あれ?Hカップでしたか?」
「そうだ」
「さっきは違うような」
「男子はな、三分経つと成長するんだ!」
「お兄さんも虫だったんですね?」
「あ?俺を虫扱いするな」
「ちょ、ちょっとぉ、何で殺虫剤を向けるんですか?」
「なんとなく」
「もう!」
「いいから、さっさと吸え。そして神さまに頼んで来い」
「分かりましたよ」
虫は俺が差し出した腕に止まり、血を吸い始めた。
虫のお腹は、みるみる赤くなった。
「ふ~」
「満足したか?」
「お兄さん」
「何だ?」
「もっと、お野菜摂ってください」
「あ?」
「ビタミンやミネラルが足りません」
「何で分かる」
「血はその人の健康のバロメーターですので」
「人の血を飲んで、ゼイタク言うな」
「ええ?だって、美味しくないんですもの」
「うるさい!」
「ああ、もう!また殺虫剤を向けて」
「とっとと帰れ」
「はいはい」
「ああ、神さまにHカップの美女を用意しろって、ちゃんと伝えるんだぞ」
「はいはい」
「はいは一回だ!」
「は~い」
虫は飛んで行った。
というか、どこから出るんだ?
目で追うと、換気扇の隙間から出て行った。
あそこが進入路か。
今度、塞いでおこう。
俺は痒くなった腕をかきながら、美女が来るのを楽しみにした。
その後俺は、ある不幸に陥る。
人はそれを、因果応報と呼ぶ、らしい。