3 たぶん74女
「こんにちは!」
「う~ん」
「こんにちは!!!」
「う~ん、うるさいなあ」
「こ!ん!に!ち!は!!!!!」
「うわ?」
何かに耳元で叫ばれた俺は、少々パニックになって飛び起きた。
以前、借金取りに来た先輩に、寝込みを襲われたことがある。
そしてそのまま、工事現場に拉致された。
あの時は、酷い目にあったなあ。
それ以来、俺はカネを借りるならオンナとそう決めている。
うん、俺って賢い。
だって、借金取りに美女が来るなら、大歓迎だ。
きっと、美女に違いない。
そう思った俺は、気分良く起床した。
でも、美女は居なかった。
「ひどいです」
「あ?」
周りを見渡すと、美女がそこに、いる訳はなかった。
というか、皆俺に冷たくないか?
カネも貸してくれないし。
お見舞いにも来てくれないし。
俺、おかしくなるよ。
ああ、そうか。俺、寂しさのあまり、おかしくなったのか。
「やれやれ。また幻聴か」
「こんにちは!」
「うわ!」
手元を見ると、虫が居た。
俺は思わず、手で虫を潰そうとした。
「ま、待ってください!!!」
待てと言われて、待つ奴は居ない。
だってさ、待って、待ってと言われて待ったらさ、すぐに帰るからだ。
酷くない?
俺の純な気持ちを、何だと思ってるんだ?
すぐ済むからさと言ったら、殴られたけど。
そんな昔のことを考えていると、また声が聞こえた。
「手をどけてください!」
「あ?」
どうも、危うく虫を潰しかけたようだ。
「もう!ちゃんと見てください」
「無理だろう?」
「死んじゃったらどうするんですか!」
いや別に、どうもないと思うけど?
でも美女だったら、その前にやることやらないと。
俺は美女には優しいんだ。
「で?何なんだ」
「血を頂きに来ました」
そうだ、こいつのせいで俺は大けがをしたんだ。
「よくもお前!」
「ちょ~と、ちょっとっと」
「何だ」
「何で怒っているんですか?」
「お前のせいで、俺は死にかけた。どうしてくれようか」
「私は知りません」
「嘘を言え」
「嘘じゃありません。だって、お兄さんとは初めてお会いするんですから」
「初めて?この前来たじゃないか?記憶力無いな。お前、大丈夫か?」
「この前来たのは、多分お母さんです」
「え?」
「お母さんが以前、お兄さんにお世話になったって聞いています」
お母さん?
ということは、こいつはあの虫の子供か?
「お前、あいつの子供か」
「はい、74女です」
「本当か?」
「冗談です。兄弟姉妹が多すぎて、もう誰が誰やら分かりません」
子だくさんか。結構なことだ。俺も頑張んないと。
その前に、相手を見つけないと。
「ふ~ん、それでお前の母ちゃんはどうした?」
「死にました」
「え?死んだの?」
「はい」
「早くないか?殺されたとか?」
そういえば、公園で殺虫剤を撒いていたな。あれかな?
「いえ、寿命です」
「寿命って、人生短いな」
いや、虫生か?
「はい、なんせ虫ですから」
そうか、虫の一生は短いのか。
「それで、お前は何しに来た?」
「ですから、血を頂きに来ました」
「嫌だよ」
「ええ?何でですか?」
「だって、酷い目にあったし」
「逆です!命の恩人ですよ?」
「何で?」
「お兄さん、交通事故で死ぬはずだったんです!私のお母さんが神さまにお願いして、そのお陰で助かったんですよ。恩にきてください」
「いや、お前じゃないだろう?お前の母ちゃんだろ?」
「お母さんがいなければ、お兄さんは死んでました。だから私が居るのが、その証拠です!さあ、私に恩返ししてください!」
「いや、お前何を言ってる?」
「何って、だから血を分けてください。お腹の子供もお腹空いたって、泣いているんです」
「嘘つけ!卵が泣くか!」
「チッ!」
「お前、今舌打ちしたな?」
「虫に舌打ち出来るような舌はありません。ほら」
虫の口から、何か針のようなものが出てきたけど、結構ぐろいかも。
「ああ、もういい」
「じゃ、頂きます」
「ちょっと、待て」
「何ですか?往生際が悪いですよ?」
「俺が熱を出してひどい目に遭ったのは事実だ。だから、借りはそれでチャラだ」
「酷くないですか?」
「真理だ!」
「だからお兄さん、女性にもてないんですよ」
「うるせえ。こう見えてもな、俺は女にもてもてなんだ」
「その割に、この部屋には誰も来ませんけど?」
「おい?いつ見てた」
「ずっと」
怖いな。ちょっとした、ホラーじゃないか?
そう言えば、昔そんな映画があったような。
「とにかく、何か寄越せ」
「虫に要求するなんて、お兄さんて本当にクズですね」
「潰すぞ」
「ま、待ってください。私が帰らないと、お兄さんに殺されたって、神さまに伝わります!いいんですか?」
「何じゃ、それ?」
「私だって、用心深いんです。気を付けないと、いつ死ぬか分かったもんじゃないんです!」
「何だ、そりゃ?」
「血を吸ってたらいきなり人に潰されたり、お腹いっぱいになってふらふら飛んでたら、いきなり他の虫や鳥に食べられたりと、結構大変なんですよ」
「ああ、そうか。そりゃ大変だな。で?俺に何の関係がある?」
「酷い!私、あなたの子供なのに!」
「は?何を言ってる?俺がいつ、お前の親になった?」
「だって、お母さんがお兄さんの血を飲んだお陰で、私が生まれたんですから。これはもう、お父さまとお呼びしないと」
「やめろ、それ?洒落にならん」
この子はあなたの子供ですって、いつの日か美女が俺を訊ねてくるのも、いいかもしれない。
そこで人生をやり直して、大金持ちになる。
うん、いい人生設計が出来そうだ。
「お兄さん?」
「今度はお兄さんか?」
「お父さまが嫌だと思うから、お兄さんと呼んでいます」
「お前、オヤジが居るのか?」
「居ますよ、もちろん」
「だったら、そのオヤジから血を貰え」
「無茶ですよ、相手は虫です。逆に食われてしまいます」
「子供を食うのか?怖いな」
「そうです、怖いんです。だから、さっさと血をください」
「飛躍だろう、それは」
「もう、面倒な人ですね?だからもてないんですよ」
「うるせえ。俺はこれからなんだ」
「だったら、神さまにお願いしましょうか?お兄さんにいい人が出来ますようにって」
「本当か?」
「お願いするだけですよ?」
「まさか、また高熱を出すのか?」
「さあ?」
「おい?」
「いいではないですか。これも人生です」
「いいか、美女がいい。お金を持っていて、俺にだけ優しくて家事が出来て、あと、最低でもFカップで・・・」
「お兄さん、地獄に堕ちますよ」
「・・・・いいだろう?人生一発大逆転だ」
「はあ~、分かりました」
「本当か?いいか、お金持ちの美女だぞ?スタイル抜群で、巨乳で」
「ああ、もう分かりました」
「おお!」
「では、前払いで血を頂きます」
「おお!いいぞ。いくらでも吸え」
「なんだか、気が進みません」
「遠慮するな。俺とお前の仲じゃないか?」
「いつ、そんな仲になりましたか?」
「何だったら、お父さまと呼んでもいいぞ」
「もういいです」
虫は俺の腕から、血を吸い始めた。
俺は、バラ色の未来を想像していたので、もう気にならなかった。
その時、虫が何かをしゃべっていたのを、聞き逃すほど。