2 知らない天井
スマホが鳴った。
「う~ん、朝か?」
スマホを見たら、目覚ましではなかった。
とりあえず、無視しよう。
「うん?なんだか、変な夢を見たような」
目が覚めると、さっきまで居た何だか色んな機械がある部屋ではなく、普通の病室に居た。
いや、違う。
ここは、天国だ。
だって、女神さまがいるからだ。
真っ白な衣装を身に着けた、とても清楚な愛の化身だ。
「好きです」
「あ?目覚めました」
「綺麗だ」
「はあ?」
「LINE交換しましょう」
「ええっと」
「まずは、清い交際から始めませんか?」
「あの~、私結婚してますけど?」
「大丈夫です。ボクは気にしません。いい店を知ってます。今からどうですか?」
「はあ、そうですか。元気になったようですね」
「はい!ボクはいつでもどこでも、元気です!何でしたら、ホテルでも我が家でも構いません!さあ、ふたりを邪魔する者は、どこにもいません!」
「仕事中ですけど」
「愛の前に障害はつきものです!」
「頭でもぶつけたかな?CTでは、異常無しと聞いているけど」
「はい!俺は大丈夫です!だからこれから、ふたりで愛を語り合いましょう!」
「私と語り合う暇があるんだったら、さっきから鳴り続いているスマホに出たらどうですか?」
「そんなことより、仕事はいつ終わりますか?」
白衣のお姉さんはこめかみに指をあて、頭を振っているけど、頭が痛いのかな?
僕が介抱してあげるよ。
ここには丁度いい具合に、清潔そうなベッドもあるし。
ああ、そうだ。ホテルなんか行かなくても、ここで十分じゃないか!
俺って、頭いい!
避妊は、別にいいか。お姉さん既婚者だから、旦那さんの子供ってことにしてもらえれば。
「具合が悪いの?とりあえず、横になりなよ。ボクが添い寝してあげるから」
お姉さんは盛大にため息を吐いたけど、あまり色っぽくないなあ。女子のため息って、もっと色っぽくするもんだよ?
ああ、でもその睨むような目は、蠱惑的な感じがする。
やばい、反応しそうだ。
俺、こんな目をした女に弱いんだ。
「いい加減にしてくださいね」
何だろう、これ以上はやばい気がする。
命の危険を感じる。
でも、俺の愛は負けない。
負けないよね?
それにしてもうるさいスマホだ。というか、録音機能はどうした?
もしかしたら、俺の事を心配している美女たちに違いが無いと思うが、カネ返せだったらどうしようか?
そうだ、ここの支払いを借りよう。
だって、ここを出てバイトしないと、借りたカネは返せないんだから。
カネを返してほしければ、ここを退院出来るようにカネを貸してくれと。
俺って、本当に頭いい。
問題がひとつある。
白衣のお姉さんの魅惑的なお尻に手を伸ばすか、スマホに手を伸ばすか、ここは悩みどころだ。
俺って、罪な男だぜ。
「はい、どうぞ」
悩んでいたら、白衣のお姉さんがスマホを取って渡してくれた。
優しい女性は、好きだよ。
でも、スマホは手渡しして欲しかったな。
何も、放り投げることは無いんじゃない?
というか、頭に当たりそうだったけど?
当たると、痛いと思うけど?
もっと、俺に優しくしてもいいと思うけど?
愛を誓い合った仲じゃないか。
もしかして、君ってドSですか?
でも、紳士な俺は動じない。
「まずは食事なんか、どう?いい店、知ってるよ?」
最近のラブホのルームサービスって、結構馬鹿に出来ないんだよね。
「電話、出ないんですか?」
「ああ、はいはい」
何だろう、恐ろしく冷たい目で見返されたような気がする。
いつもなら、ゾクゾクっとするんだけど。
ちょっと、嫌な感じだった。
例えるなら、虫を見るような。
それも今すぐ潰そうかって、そんな感じの。
いや、気のせいだろう。
きっと、照れてるんだろう。
そうだ、これがツンデレって奴だ。
可愛い女だ。
おおっと、電話に出ないと。
さて、どの美女からの電話だろうか?
俺って、本当に罪な男だ。
「ああ、もしもし」
「あんた!今、どこに居るの?」
うわ!女は女でも、お母んだった。
「ああ、後でかけ直すから」
スマホを閉じると、すぐにまた鳴り始めた。
ホント、しつこいなあ。
しつこい奴は、嫌われるよ?
ああ、でも俺も良く言われたな。
しつこい!って。
でも、しょうがないんだ。
だって、出会いは運命なんだから。
俺って、いやいいや。
何かを諦めつつ、再びスマホを開けるとやっぱりお母んだった。
「だから、今は取り込み中だって」
人妻ナースを口説けるかどうかの、瀬戸際なんだ。
人生が掛かってるんだ!
「だから、あんたはどこに居るのよ!」
「怒鳴るなよ。ここか、ここは病院だよ」
「病院?あんた、病院に居なかったよ?どこの病院に居るの?」
「居ないって、どこの病院って、ああ、そうだ、お姉さん、ここは何て病院?」
近所の病院だったけど、それを話すとお母んはまた怒鳴った。
「あんた、何でそんなところに居るん?」
「何でって、そういやあ、何でだろう?」
俺は首を傾げつつ、お姉さんに訊ねた。
「お姉さん、俺、何でここに居るん?」
「駅で倒れたんですよ。高熱が出たので、伝染病の疑いがありました」
何だろう、すごく小さな声で、そのまま死ねばいいのにって聞こえたけど、間違いだよね?死ぬほど俺が好きの、間違いだろう。
何だか、追及しては行けない空気を感じる。
面倒だけど、そのままお母んに伝えた。
「とういう事で、分かった?」
「分かったも何も無い!心配したんだから」
とうとう、お母んは泣き始めた。
まあ、確かに伝染病と聞いたら、まあ心配はするよな。
「お母ん、俺は大丈夫だから。そうですよね?」
「はあ、一応」
一応って、なんだよ。これから付き合おうって言うのに、冷たいじゃないか。
ああ、照れてるのか。
人妻なのに、純なんだな。
「ホント、たくさん人が死んで、本当に、本当に心配したんだから」
死んだって、誰が?
「ええっと、落ち付こうか。俺は死んで無いし」
「あんた、覚えてないのかい?」
「何を?」
「あんたが乗ったバスが、崖から転落したんだよ」
「え?何それ?」
「あんたが、あの、何だったかのサークル?の旅行のバスだったか、そのバスだよ」
何だか要領を得ない言い方だけど、大筋が分かるのがやはり親子だ。
「バスって、俺、それに乗ってないよ」
「え?なんで?」
「とにかく、話は後で」
俺はスマホの通話を切り、ネットに接続した。
バス 転落 事故と検索を掛けたら、俺の通っている大学の名前が出た。
どうも対向車と俺が乗るはずだったバスが正面衝突し、そのはずみでバスが崖から転落したようだ。
分かっているだけで死者は7名、重軽傷者21名、行方不明者1名と、かなりの事故らしい。
行方不明者?
もしかして、俺の事か?
まあ、何だ。
色々と不幸なことがあったが、運が良かったのかな?
合宿のバスに間に合わなかったことが、むしろ幸いしたということか。
これで地獄のしごきは、無くなったと言うことか。
うんうん、俺ってついてる。
まてよ。
あの鬼畜の先輩共が死ぬのはいいけど、女子部員は困るな。
特に憧れの先輩を、まだ口説いて無いしな。
後少しで、部屋に連れ込めそうだし。
生きているって、本当にいいな。
もったいないし。
何だか、うきうきしてきた。