8話「もし好きと言ってくれたなら」
◇歩夢◇
ゴールデンウイークが明け、中間考査のテスト週間に入った五月中頃。あかりさんの発案もあり、生徒会室には生徒会メンバーが全員集合して勉強会が行われていた。
「ねぇ、あゆむ? これ、どうやって解くんだっけ……?」
「あのなぁ、さっきも教えただろ……」
「ご、ごめんって」
「ほら、もう一回見せてみろ」
そう言って、俺は隣に座る華乃の方に体を寄せて、課題プリントの問題に目を通す。正直、この勉強会は俺とあかりさんにとってあまり意味のないものだ。彼女は基本、学年1位の席から離れたことがないし、俺だっていつも上の下くらいの順位をキープしてる。問題があるのは華乃と——凪先輩。初めて聞いたときは少し驚いたが、彼はあまり成績がよくないらしい。なんでも、授業態度や課題の提出には問題ないらしいが、如何せん勉強時間が少なすぎるとか。
それもそのはず、凪先輩は空いてる時間をほぼほぼ全部部活と生徒会活動に注いでいるのだ。青春がどうだこうだと言っている先輩っぽさがあるが、あかりさんにおんぶにだっこな姿は普段の彼とのギャップが凄まじい。
華乃でさえ困惑していたんだから相当なものだろう。もっとも、かく言う彼女もバンド活動とバイトに明け暮れる日々で単位ギリギリなので、人のことは言えない。
何度目かの勉強会で慣れてはきたが、人に教えるのは骨が折れる。これが体を動かす習い事だったならまだしも、勉強はどんなにがんばっても反復がものをいうからだ。
「——華乃、ここまでわかったか?」
「あ~、た、たぶん?」
「疑問形で返すな。まぁ、ここは応用が混じってるから最悪テストでは諦めろ。無理して余計なものを詰め込むくらいだったら、数式の代わりに英単語を覚えた方がマシだ」
「だよねだよね! 任せといて、暗記なら得意だよ! 最近は英語の歌詞の曲だって歌ってるんだから!」
「程々に期待しておく」
自信満々といった表情を見せる華乃を俺は適当に受け流し、正面に座るあかりさんたちに顔を向ける。2人は、なんと言うべきか、絵になるような光景だ。美男美女が真剣に勉強をしているだけの絵なのに、何故か映えるものがある。よくいう、お似合いというものなのだろうか。不思議と胸がざわつく。
変な気分だ。
「あゆむ、ジロジロ見すぎ」
「別に、そこまで見てない」
「いいや見てたね、めっちゃ見てた」
「……大人しく課題進めとけ、覚える必要はなくてもそれは結局提出するんだからな」
「はいはーい、そうしますよ~」
——華乃に言われるほど、俺は2人を見ていただろうか。いや、そこまで見ていたら、あかりさんだって気付くはず。偶に目で追うことはあるが、そんなに長い時間見ていることは多くない。多くない、はずだ。
自分にそう言い聞かせて、そっと彼女に視線を合わせると……目があった。あかりさんは何もいうことはなく微笑んで、俺はただ誤魔化すように顔を逸らすしかなかった。
なんとも言えない気まずい時間。
誰かがなんとかしてくれないか、そう祈った時、無造作に生徒会室のドアが開かれた。
「おぉ! みんな真面目に勉強してるな! 流石は我が学園が誇る生徒会」
「……嘉元先生、ノックくらいした方がいいですよ」
「いや、悪い悪い。勉強頑張ってるであろうお前たちに差し入れでもって思ってな」
藍色の髪に黒目、きっちりとしたスーツ姿に似合わぬ童顔。身長は俺よりちょっと高いくらいで、細身な男性。それが、嘉元先生——嘉元学先生。この学園では珍しく、先生としても1人の大人としても真面目な人。生徒教員問わず自由人が多いこの学園の胃痛枠とも言えるポジションに立つ人だ。生徒会の顧問として、度々俺たちをサポートしてくれたり、面倒な仕事を持ってくる。
まぁ、今来てくれたのは本当に助かった。微笑みを無視したあかりさんが、さっきからチラチラとこちらを見てくるのが申し訳なくて堪らなかったのだ。
「差し入れですか、助かります」
「そうそう。凪やみんなにはいつもお願いしてばかりだからな。ほら、購買で売ってたたい焼きだ! まだ温かいと思うから、パパっと食べちゃってくれ」
「わぁ! 袋が3つもある! 学先生! これって何味とかで分けてる感じ?」
「おうよ。たしか、購買のおばちゃんから買ったのは……あんことカスタードクリーム、あとはチョコだったかな」
「へぇ、結構色々あるんですね。ありがとうございます、嘉元先生」
「お礼なんていいさ、あかりや歩夢も遠慮せず食えよ! それじゃあ、俺は他の仕事あるから」
言いたいことは言い終わったのか、嘉元先生はたい焼きが入った紙袋だけ置いて颯爽と去っていく。全くもって嵐のような人だ。ただ、雰囲気が和やかなものになったのは助かった。華乃やあかりさん、凪先輩がたい焼きを選ぶのを待つ中、俺は改めて心の中で嘉元先生にお礼を零す。
ぬるくなったチョコのたい焼きは、なんとも言えない味だった。
◇あかり◇
深淵をのぞく時、また深淵もまたこちらをのぞいている、そんな言葉を聞いたことがある。怖い話に聞こえるが、自分が見ている時は相手も見ていると思え、私にはそんな言葉に聞こえる。
歩夢くんもそう。彼はよく、私を目で追っている。その視線に下心はなく、舐め回すような意図も感じない。
ただただ、彼はいつもぼーっと眺めるように私を見つめる。理由はわからないが、何故かよくそうしている。そう言えば、映画の中の主人公も『絵』を何度も思い返していたような気がする。原典を見つめ直すかの如く。気のせいだったならいいんだ。けど、もし、もし歩夢くんにとっての絵が私なら、私はどうするべきなんだろう。
彼の想い描く自分であり続けるべきなのだろうか。それとも──ありのまま、今のままで……
「あかりさん? そろそろ鍵、締めますよ?」
「あっ、うん、ごめんね。カバン用意したら、すぐ出るから」
ありのままの私、本当の私、そんなの曖昧でわからない。彼が見つめる私は、私の知っている『楠あかり』なんだろうか。それとも、彼の中だけにある、彼から見た違う私なんだろうか。
綺麗事を言う彼。
聞こえのいい言葉を使う彼。
私の中にも、彼の知らない『中空歩夢』がいる。私にとっての彼は、優しくて頼りになる後輩。どこか掴みどころがなくて、謎めいた人。君が私の隣にいようとする理由がわからない。素顔を知る君が、私を嗤わない理由がわからない。
わかることが増えても、わからないものはわからない。素直に君が、私への感情を口に出してくれたらいいのに。
「帰り、またどこか寄ってく?」
「冗談でもやめてください。華乃の相手でもう疲れました」
「あはは、教えるのって結構神経使うからね。やっぱ先生たちってすごいよ、ほんと」
「うちで手放しで褒められるの、嘉元先生くらいですけどね」
軽い会話くらいならすんなりできるのに。歩夢くんの心に踏み込もうとすると、途端に足が止まってしまう。嫌われてない、とは思う。思うけど、怖い。
もしかしなくても、私はこうやって予防線を張って生きているんだろうか。彼に冗談を言うのも、自分への好意を確認するため。そうやって、嫌なものに触れないようにそっとそっと息を潜めて。
バカみたいだ。
知りたいと思うのに。理解したいと思うのに。避けて、逃げて。それなのに、またあの温もりを感じたいと思ってしまう。本当に愚かで、救いようがない。
でも、もしその時が来たら逃げないで受け止める。変化を怖がって逃げたりはしない。必ず、君を否定しない。
叶うなら、どうかいい言葉が聞こえますように。なんて、勝手に願っている。
好きと、言ってくれますように。
次回もお楽しみに!
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