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21話「あなたに1歩、踏み出したなら」

なんか今回の話は長くなった気がしますけど、気の所為です。

 ◇歩夢◇


 夏祭り当日。会場である神社の鳥居前には多くの人だかりができており、俺はその人混みを切り分けながら待ち合わせ場所に進む。わざわざ着てきた浴衣も、この人口密度では着崩れが心配になるほどだ。それに加えて、黒一色に白の帯という目立たなさも人を見つけるには不向きで、少し服の選択に失敗した気さえする。



「……でも、着て来いって言われたしな」



 前日の夜になって浴衣があるなら着て来て欲しいなんて、本当なら怒るとこだが幸いにも祖父母が事前に用意してくれたため事なきを得た。なんでも、これまで滅多に顔を合わせないダメ孫である俺に、プレゼントとして父が着ていたものを引っ張り出してくれたらしい。

 偶に電話をくれたり、食事にも誘ってくれたり、正直2人には頭が上がらないことばかりだ。



「にしても、みんなどこだ……?」



 鳥居前の人だかりは時間が経つごとに増え、あかりさんたちは中々見つからない。現在の時刻は18時20分、集合時間の10分前。花火が始まる19時30に合わせて、1時間軽く見回りをしてからみんなで花火を見ようと言っていたわけだから、俺が特段早く着きすぎたわけでもない……はず。

 だと言うのに、みんなの姿は見えない。



 仕方ないか、そう一言ため息混じりに呟いて、巾着袋からスマホを取り出そうとした時、トントンと後ろから肩を叩かれた。



「……ん?」


「やっほ、歩夢くん!」


「こ、こんばんわ、中空先輩!」


「会長にひなた……よかった、俺が早く着きすぎたのかって焦っちゃいましたよ」


「ごめんごめん! 浴衣なんて滅多に着ないからさ、着付けに手間取っちゃって! 凪くんも華乃ちゃんと合流できたって、さっきメッセージきてたから……私たちは私たちで見回りをはじめよっか。どうせ、花火が始まる時間にはまた合流する予定だし」


「わかりました。俺は構いませんけど、会長とひなたはそれで平気ですか?」


「全然へーき! 屋台も多いし、早く回った方が色々見れるからね」


「わ、わたしも大丈夫、です」



 そうして、2人とは無難な会話に努め、俺は心の平静を保つ。視線がじっと固定するのを避けるように、チラチラと辺りを見渡すふりをして、あかりさんの浴衣姿を脳内に焼きつけた。白を基調とした清楚感のある浴衣には、藤の花の柄が施されており、薄らと見える化粧と相まって彼女の可愛さを大人っぽい綺麗なものに書き換えている。夏場ということもあり、暑苦しくならないように纏めてお団子にした髪も今のあかりさんを引き立てる理由だろう。



 この瞬間、この空間を切り取って絵として収めたい、残したいと思うくらいに彼女は綺麗だった。

 そして、それに対してひなたは可憐で柔らかいイメージのある紫陽花柄の浴衣で、ポニーテールに纏めた髪も彼女の少女らしさを補強している。姉妹揃って、周囲から浮いた雰囲気を放っているのは確かだろう。



 隣を歩く俺としてはなんとも自分が不釣り合いな気もするが、考えたところで意味はない。



「じゃあ、行きますか」


「了解! ほら、ひなた、手握っててね」


「う、うん」



 微笑ましい姉妹仲を見守りつつ、俺たちの夏祭り──花火大会が始まった。


 ◇


 祭りの形式上そうなっているのか、入口から手前側がりんご飴や焼きそば、綿菓子等々の食べ物系が並んでおり、奥が輪投げやヨーヨー掬い、射的などの遊戯系の出店が立っている。どれもこれも、普段なら少し手を出し辛い値段だったりするが、それこそお祭り効果。道行く人は色々なものを買い、人波が流れていく。



 俺自身、昼食を軽めに済ませてきたこともあってか、既に焼き鳥を食べ歩きながら進んでいる。3本入って300円、妥当な値段だが場の雰囲気もあってかいつも食べるものより美味しく感じるのが不思議なところだ。



「最初からガッツリいくねぇ、歩夢くん。結構お腹空かせてきてたの?」


「あぁ……少し、お昼を少なめにしてたんで、それですかね。色々食べそうだったし、減らしても平気かなって」


「ふふっ、そういう全力で楽しもうとする姿勢、私は好きだよ? ちょっと凪くんに似てきた?」


「いや、あの人と同じレベルではないかと……さっき送られてきたメッセージも、買ったであろう大量の料理やらお菓子が並んでましたし」


「だね、それもそうか。……よし、私達も何か食べよっか、ひなた?」


「うん! じゃ、じゃあ、綿菓子、食べたい」


「おっけー。歩夢くんはどうする? ちょっと食べる?」


「1口か2口くらいなら、少し」


「んじゃ、私と一緒に食べよっか。いっぱいは要らないけど、私も食べたいんだよね〜」



 そう言うと、あかりさんはさっきから目星をつけていたであろう綿菓子の屋台に足を向け、歩いていく。ひなたもそれに引かれ、俺も後を追うように足を動かした。そして、あと少しで屋台に着きそうになった時、人混みからか、あかりさんの肩が他の通行客の体にあたってよろけてしまう。片手がひなたの手を繋いで埋まっていたこともあってか、上手くバランスを取れず転んでしまいそうになったところを、俺はそっと近付き支える。



 肩ではなく、腰を触ってしまったが、これくらいは勘弁して欲しい。



「大丈夫ですか? あかりさん?」


「う、うん、大丈夫……大丈夫だけど、その……」


「?」


「いや、助けてくれたのはすっごく嬉しいんだけど、さ。その、ち、近いな……って」


「ぁ、す、すみません!」



 どうやら、流石にアウトだったらしい。急いで手を離す俺に、あかりさんは少しだけ距離を取り、困ったように作り笑いを浮かべている。

 嬉しさと気恥しさが混じった笑いと受け取ればいいのか、やんわりとした拒絶と受け取ればいいのか反応に困るのはこちらも同じ。



 なんとか助け舟をもらおうとひなたの方に視線をやれば……スラスラとメモ帳になにかをメモしていた。

 ──いや、まさか。文芸部にも所属していると聞いていたが、まさか、今の場面をネタにしようとしているのか。いくら、創作が現実の上にあるものだとしても、それは過積載だ。身内ネタはそういう意味ではない。



 いや、ともかく今は雰囲気を直すのが先だ。



「えっと……俺の分は、出しますよ。会長はひなたの分さえ出していただければ」


「そ、そう? なら、お言葉に甘えちゃおっかなぁ、なんて……ははは」



 あかりさんの作り笑いは終わらない。そして、それに追随するようにひなたのメモも終わらない。一体何をすれば正解だと言えるのか。

 その後、俺たちは何軒か屋台を周り、食べ物系の場所から遊戯系の場所までたどり着いた。



 甘いものを何個か食べて雰囲気も和やかになった頃、ひなたの先導のもとわなげに3人で参加することに。無事、ひなたは3つ中2つ輪投げを成功させ可愛らしい、クマのストラップをゲット。あかりさんも、難なくこなしひなたと同じ種類のお揃いストラップを手にし、俺の番が来る。

 輪投げのルールは単純で、3×3のマスの中にある棒に輪を投げ入れ、点数を競う。奥にいけばいくほど点数は高くなり、同じ場所に連続して入れるとポイントアップ。この屋台は、最難関として3×3の中央の列に1つ棒を追加。誕生日席のように奥に出た棒に入れれば最高得点で、景品として大きい豚のぬいぐるみが置かれている。



 やるなら妥協はしたくないし、2人の視線が期待に満ちている限り失敗は許されない。屋台のおっちゃんが煽り、周りにいた客も野次馬として集まってくる。



 逃げ道はない。



「……はぁ」



 何度も手首のスナップを確認し、1つ目を投げる。投げられた輪は放物線を描き、綺麗に1番奥の棒に着地。その感覚を忘れないうちに2つ目と3つ目を連続して投げた。慎重に、それでいて大胆に投げられた2つの輪は問題なく弧を描き棒に入る。

 おっちゃんの納得できないと言わんばかりの視線と、野次馬客の拍手、あかりさんたちの笑顔が混ざり合い、俺としては複雑な気分だ。



 やり切った、というよりなんとかやり過ごした、という感覚に近いものを感じる。景品として貰った豚のぬいぐるみは、正直俺が持っていても使い道がないため姉妹に引き取られた。家でただの置物として飼い殺されるよりかは幾分かマシな結末だろう。



 そして、時間は過ぎる。

 姉妹に引っ張られ過ごした時間は終わりを告げて、今回のメインイベントである打ち上げ花火の時間が迫る。事前に学校側が用意してくれた運営用の観覧席に集合した生徒会メンバーは写真を撮ったり雑談を交わしたり、各々暇を潰しながら時を待つ。



 次第に景色が暗くなり、そろそろかと思ったタイミングで──空に火の花が咲いた。


 ◇


 続々と打ち上がる花火。

 観覧席のパイプ椅子から見上げるそれは、とても綺麗だった。何度も、何度も色とりどりの花火が上がって、俺はただそれを眺めて、見つめていた。



「たまやー」と楽しそうに叫ぶ凪先輩や華乃の声、花火の形を見てはしゃぐひなたと姉としてそれに乗っかり付き合うあかりさんの声、全部が残しておきたい一瞬だった。

 もし、来年があるなら。

 もし、次があるなら。



 俺は──



「あかりさん」


「……ん、どうしたの、歩夢くん?」


「もし、あかりさんさえ良ければ、来年も一緒に見たいな……って。花火」


「うん! 来年もみんなで見たいね、花火!」


「──みんなじゃなくて、2人だけじゃ、ダメですか?」


「へ? ふ、2人? それは、そう……だね……」


「……すみません、いきなり」



 花火の明かりでうまく見えない、見えないけど、きっと困らせてしまったんだろう。あかりさんは俯きながら言葉を詰まらせ、続く声は出ない。

 だから、俺も続く言葉は言えなくて、彼女に触れようとして宙ぶらりんになった左腕が、パイプ椅子からはみ出て暇を持て余す。これが答えじゃないのはわかっていても、俺からしたらそれなりに勇気のいる誘いだった。



 多分、初めて自分から意志を持って、遊びに誘った。流されたり、誘われることはあっても、自分から誘うことをほとんどしてこなかったダメな俺からしたら小さくない1歩だったが、空振りらしい。

 綺麗だった花火が少しづつ色褪せるのを感じながらそっと椅子から立ち上がろうとした時、手が触れた。



 弱々しくて、いつものあかりさんらしくない……けど、優しい力で彼女は俺の手を握っていた。



「……どうしました?」


「さっきの、さ。今すぐは応えられない、答えられないけど、私が望んだら君は来年も私と居てくれる?」


「居ますよ。あなたが望むなら、俺はそうしたいです」


「……そっか。ありがと、その言葉が聞けただけで、嬉しいよ」



 答えはなかった。

 なかったけど、今はこれでいいのかもしれない。俺もあかりさんも、相手を想う気持ちや、相手を理解したい気持ちにきっと整理がついてないから。



 だから、その時が来たら。

 ちゃんと、ちゃんと言葉にしよう。

 まだ、時間はたっぷりあるんだから。


 ◇あかり◇


 花火大会が終わったあと、私たちは現地解散しそれぞれ家へと帰った。ひなたの手を引いて帰ったはずなのに、私の記憶は曖昧だ。花火が打ち上がってる最中の彼の言葉が、ずっと頭から離れなくて、グルグルと回り続ける。



「あなたが望むなら、か」



 自室で1人、彼の言葉を口に出す。

 俺はそうしたい、とか歩夢くんは本当に、言葉の意味をわかって言っているんだろうか。あんなの、ちょろい女子が聞いたら告白と取られてもおかしくない発言だ。

 いつもは表情が変わらなくてわかり辛いけど、真剣な彼の表情はいくら中性的に見えても心臓に悪い。



 あんな冷静に返せた自分がおかしいと思えるくらいにはドキドキしてたし、その後のことが酷く朧気だ。



 なのに、どうしてだろう。もう寝る前だって言うのに、歩夢くんの声を聞きたくなってしまう。



「電話、してみようかな」



 彼はきっと拒まない。そんな彼に甘えて寄りかかるような行為はきっと、酷く自分勝手で、温かい。心が安らぐ、気がする。1度したいと考えたら、手は止まらなかった。普段なら押すことのないメッセージアプリの通話ボタンを押し、コール音を鳴らす。案の定、3コールも鳴らないうちに彼が応答し、スマホから歩夢くんの聞きなれた声が響いてきた。



「……どうしました、こんな時間に」


「あぁ、いや、ちょっと話し相手が欲しくてさ。ひなたはもう眠っちゃったし、歩夢くんなら出てくれるかな〜って」


「まあ、俺は明日も暇ですからね」


「あっ、ち、違うよ! 別にそういうことを言いたかったんじゃ……!」


「気にしないでください、冗談です」


「も、もう! 君の冗談はわかり辛いよ!」


「すみません。お詫びに、あかりさんが眠くなるまで付き合いますよ」



 ちょっと、いや、大分彼の冗談にはビックリしたが、そういうことが言えるくらい私と歩夢くんの仲が進展したということだろうか。まぁ、そういうことなら素直に嬉しいが、やっぱり彼のいう冗談はあまりよろしくない。こういう時は、お詫びとやらに盛大に乗っかるのが筋だろう。



 そうして、私は歩夢くんと話し続けた。花火大会では話さなかった最近起こったことや、宿題事情、進学候補のことなどなど。雑談から相談、なんでもありで駄弁り続けた。夏休みに入らなければわからなかったと思えるくらい、その時間は楽しくて愛しくて……幸せに感じた。

 毎日学校で会ってた頃は感じられなかった。お互い近い場所に居たからこそ理解できなかった感情が、時間を置くことでより理解できた、気がする。



 放課後、毎日毎日飽きずに続けたあの日々は、私にとってとても大切だったんだと再確認できた。

 それが、今日1番嬉しい。



「……ん、もういい時間だね」


「24時回りそうですからね、ここら辺にしときます?」


「うん、私も眠くなってきちゃったし、そうしよっかな。ありがと、ワガママに付き合ってもらって」


「いいですよ。俺もあかりさんの声が聞けて、嬉しかったんで」



 ほんと、君はそうやって都合のいい言葉を言う。でも……これを嬉しく感じてしまう私は、もしかしたら相当なチョロインなのかもしれない。

 おやすみなさいを言って電話を切って、通話時間を眺めてしまってニヤけている時点で、ダメなのは確かだろう。



 あーあ、早く、学校が始まらないかなぁ。って、ぐーたらが大好きな私らしくない言葉が、部屋に響いた。

 二学期が、楽しみだった。

 次回もお楽しみに!


 誤字脱字などがありましたらご報告お願いします!


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