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13話「君を想うスタートライン」

 ◇歩夢◇


 朝のHRが終わったあと、俺は生徒会室で画材を広げてあかりさんを待っていた。もっとも、画材として持ってきたのはHBから6Bまでの鉛筆に消しゴム、あとは色を付けるための色鉛筆。前日の内に簡単に予習は済ませたが、不安は大きい。なにせ、そもそも自分の描き方で色を塗ること自体初めてだし、人を描いた経験も多くない。



 昨日の落書きとはわけが違うのだ。



「でも、自分から頼んだことだしな……不安は見せちゃだめだ」



 モデル側には、見られるという関係上絵描きの感情がダイレクトにぶつかる。だから、なるべく自分を殺し、相手を描く。彼女の不自然さは、当然絵にも表れる。自分の技量と描き方を考えても、それはわかりきった事実だ。

 故に、今はただ、心を落ち着かせるために鉛筆を握る。

 一本一本、芯の削り具合を確認し、濃さを把握。必要なら彫刻刀で削り、整える。



 そんな作業をしていると、部屋の扉が勢いよく開かれあかりさんが姿を見せた。



「お、遅れてごめん! ちょっと、他の生徒とか先生に捕まっちゃって……」


「問題ないですよ。俺も道具の手入れしてたんで。とりあえず、座ってもらって、息が整ってから始めましょうか」


「う、うん! 今日は、お願いね?」



 彼女の照れを誤魔化すような微笑みが、始まりの合図となり。長い長い戦いが始まった。


 ◇


 座る彼女を描き始めてから小一時間が経った頃。大雑把に体のラインが出来上がり、表情を描く段階になってようやく、俺はあかりさんの異変に気付いた。全体を満遍なく描いていたときは気付かなかったが、顔を描くために彼女と目線を合わせていると妙に合わない。視線を合わせることを避けられるというか、なんなら少し顔を逸らされている気さえする。



「……あかりさん、緊張してますか?」


「少し、少しだけね。いやぁ、昨日は全然だったんだけど、なんか今日になってみたら途端に恥ずかしくなっちゃって……あはは……」


「ゆっくりでいいので肩の力を抜いてください。俺と2人の時見たくだらけなくてもいいですけど、作り過ぎてると歪に見えてしまいますし」


「わ、わかってるよ……でも、なんかうまくいかなくて……」


「——じゃあ、何か話してください。いつもみたいに下らないことでも、軽い雑談でもいいので。できるだけ、普段の雰囲気に近づけていきましょう。俺も相槌くらいなら打ちますから」


「な、なるほど……がんばる!」



 一旦描く手をやめ、あかりさんの話に相槌を打っていると、彼女の表情は普段と同じ柔らかい微笑みが多くなっていった。そして、可能な限り自然に、タイミングを合わせて彼女と視線を合わせ、再度鉛筆を手に取る。

 いつも綺麗な彼女のありのままを絵に落とし込み、視界と絵をリンクさせていく。やっているのは模写と変わりない。脚色することなく、ただ目に映る全てを描くことが完成に繋がる。



 一つ、思うことがあるなら、こんなに長くあかりさんと話したのは初めてだったから、俺自身楽しかったのかもしれない。無言の静寂とは違う、暖かな賑わい。どちらも似ていて、どこか違う時間。

 今までにない、幸せだった。

 描いているだけでも、話しているだけでも手に入らなかった感情だ。



 良い物にしたいと思った。良い絵を描きたいと思った。拘りなんてないのに必死で手を動かして、あかりさんを描いた。

 1本1本にツヤがある髪。人を惹き込む芯のある瞳。誰もを魅了する顔立ち。全部全部、込めた。胸の中で灯る熱がより大きくなり、焦がしてくるような感覚。



 楽しくて、熱くて、心地いい気分。理想に近付く度に、心が踊る。今ある視界の中であかりさんだけが鮮明に見えた。白と黒だけの世界で、明らかな異物だった。2人揃って時間を忘れて過ごして──そして、できた。



「……終わった」


「ほんと!? 見せて見せて!」


「あ、はい……どうぞ」



 スケッチブック、その1ページに描かれた彼女。少しとは言え、必要だからと描いた背景を圧倒的に塗り潰す個。周りを照らす太陽のようなあかりさんを描いた1枚だ。間違いなく、自分の中で最高の作品。今後、この絵を超えるために何度筆を取るかわからない、そう断言できる一作だ。



「写真みたい……絵の中に私がいる」


「そりゃ、あなたを描きましたから。当たり前です」


「君から見た私はこうなんだね。まるで、私だけが輝いてるみたい」


「そうですよ。俺の中で、あの時間の中で輝いていたのはあかりさんだけです。背景すらも霞むくらい」



 侵食する光。

 名前の如く明るく、照らすもの。

 俺が見る世界の中で、あかりさんはそういう人だ。優しくて、自分の才能にあぐらをかかずに努力する人で、少し面倒臭がりで……とても綺麗。

 多分、俺はあかりさんの本質までを理解しきれてない。でも、どんな側面があっても彼女のプラスを帳消しにはできない。ゼロにはならない。それくらい、彼女は輝いている。



「……ありがと」


「お礼を言うのは俺の方です。今までで、1番の絵が描けた。あかりさんがモデルになってくれたから、描けたんです」


「お世辞でも、嬉しい」


「……そうですか」



 どうせ、俺がお世辞を言うような人間じゃないことなんてわかってるくせに。なんて、余計な言葉は飲み込み、ただ頷く。

 あかりさんの思いは、彼女自身にしかわからない。いくら予想が着いても、言葉にすることで失われてしまうものもある。程々に気を遣い、思いを飲む。昔、名前も思い出せない友人から教わった処世術だ。



 そんなことも、最近になってようやく思い出せた気がする。記憶に乗っかっていた蓋が、ちょっとづつズレて溢れてくるような。

 もっとも、どうせ正論だけで変わる人でもなければ、余計だと思う一言は不要。ただ、俺があかりさんを綺麗だと思っている気持ちさえ伝わっていれば、それ以外は些細なものだ。



 彼女の笑顔さえ曇らなければそれ以上のことはない。



「ほら、早く先生に出しに行こうよ! きっと美術の先生も喜んでくれるよ!!」


「だといいですけど……」



 俺の手を引くあかりさん。

 この手の温もりが、ずっとそばにあってくれれば、なんて──高望み過ぎるだろうか。


 ◇あかり◇


 お風呂に入り、夕食も取り終わったあと、私は妹であるひなたの部屋のドアを叩いた。



「ひなたー? 入っても平気?」


「だ、大丈夫だよ……」


「はーい、じゃあ入るね〜」



 私が部屋に入ると、先程まで寝転がって本を読んでいたのか、本を枕に置きベッドの上で正座するひなたがいた。別に、姉妹なんだからかしこまらなくてもいいのに。この子は少し、私を尊敬というか変に上に見てるような気がする。

 そこら辺がまたかわいいのだが、まぁ、今はいいか。



「……ごめんね、夜にお邪魔しちゃって。足

 崩してもいいよ? 少しお話しに来ただけだから」


「そ、そう? じゃあ、そうする」


「うん、お願い。……それで、ね、話っていうのはさ……」



 ……今更ながら、妹に好きな人を伝えるって中々に難易度が高いな。いや、信頼してるし、ひなたは口が軽い方でもないから平気だろうけど、身内に──しかも妹にっていうのがミソだ。

 変にモジモジしてしまう。

 歩夢くんに見つめられてた時もそうだが、彼と関わると時々冷静でいられてない気がする。



 非常に不思議な感覚だ。

 けど、話さないことには相談にすらならない。1度、軽く深呼吸をして、心を平静にする。吸って、吐いて、吸って、吐いて。心音がゆっくり鳴るように、努める。



「……私、好きな人ができたかもしれないの」


「す、好きな人!?!? お、お姉ちゃんに!?」


「そ、そんな驚くこと!? 流石のお姉ちゃんも傷つくよ!!」


「う、ううん、違うの! なんていうか……お姉ちゃんはそういうの興味とかないのかな……って思ってたから、びっ、ビックリしちゃって……」



 身内にそう思われるレベルだったのかな、私。いや、あんまり家の中で浮ついた話もしないし、趣味のアニメ鑑賞も基本イヤホンとかしてるからバレないし……そういうところだろうか。

 面倒臭がりなところはあるが、そういうもの(恋愛)に興味すらないと思われていたのは少し傷つく。



 勉強大好きの真面目ちゃんと思われるのは別にいいが、恋愛に興味のない枯れ花と思われるのは心外だ。

 普段の行いを少し見直すべきなのだろうか……いや、それはあとにしよう。今は話すターン。改善なんてものは二の次だ。



「そ、それで、お姉ちゃんの好きな人って……?」


「……歩夢くん。ひなたももう何回も会ってるよね? 生徒会の副会長の男の子」


「な、中空先輩なんだ。いい人、だよね。優しくて」


「うん。そう……優しいの、彼は」


「優しいところが好きなの?」


「好きだけど、それだけじゃないよ。歩夢くんってさ、不器用なんだよね。優しいし、気が利くんだけど、変なところで気を回し過ぎて大事なことを言ってくれないし……それがほっとけないんだ」



 そう、ほっとけないんだ。危なっかしいというか、どこかズレてる彼から目が離せない。私を知って、私の素を見て、それでも離れていかない彼から、目が離せない。

 最初はただの監視みたいなものだったのに、彼を知るほど離れ辛くなる。離れて欲しくなくなる。どんな私を見ても、彼はきっと失望しない。そういうものだと受け止め、傍に居てくれる。



 バカみたいに都合のいい、私の理解者。才能を活かしきれない、完璧でない自分を受け入れられない私を受け止めてくれる人。

 夢みたいな、人。



「ほっとけないけど、なんでだろうね、寄りかかっちゃうの。──それで、この感情が親愛なのか恋愛なのか、わかんなくてさ。ひなたは、どう思う?」


「……お姉ちゃんはさ、いつも独りだよね。自分でやれることは全部自分独りでやっちゃうから。生徒会もそう、毎日残ってるのはお姉ちゃんと中空先輩だけ。最低限の役割をわたしたちに持たせてくれてるけど、それも人が必要だから、でしょ?」


「……かもね」


「これはね、10年以上お姉ちゃんの妹をやってきたわたしの考え。もしかしたら違うかもだけど──お姉ちゃんは自分が寄りかかってもいい、弱みを見せてもいいって人がようやくできて。その人のことを、やっと異性として見てるんじゃないかな?」



 対等。対等、か。本当に、ひなたは自慢の妹だ。やっと気持ちの整理がついた気がする。そっか、私ってば、まだスタートラインに立っただけなんだ。

 親愛と恋愛が分けられないのも、まだ芽吹いたばかりだから、判別ができないんだ。

 なら、ここからは簡単。私はこの芽吹いたばかりの感情を大切に育てればいい。未だ名前の付けられない、付けることすら野暮なこの感情を、大切に大切に育てればいい。



 言葉では言い表せない、妙な幸福感。ワクワクしてるんだろうか、彼を思う気持ちがどう変化していくのかを。



「……お、お姉ちゃん?」


「気にしないで、少し嬉しくなっちゃって。……私、やっと誰かを想えるんだ」


「も、もし告白するなら、わたし、応援するよ!」


「ふふっ、ありがと。ひなたも、好きな人ができたら、私に教えてね? 約束だよ?」


「で、できたら、ね」



 相談に乗ってくれたひなたの頭を撫でて、部屋を出る。答えを知って、わかりやすく輝きを増した世界は以前より色付いて見えた。そんな気がした。

 また明日、歩夢くんに会うのが楽しみだ。

 明日の彼はどんな風に見えるか、楽しみだ。

 次回もお楽しみに!


 誤字脱字などがありましたらご報告お願いします!


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