駄菓子屋のお姉さん
「あのさ、考えてみたんだけど、何日かお試しで入ってみる…とか、どう?入ってみて嫌だったら今のまま生活できるし、安全に帰すって約束するよ!」
「入る。」
「え、あ、そう。そんな簡単に決めちゃうんだ?こちらとしてはかなり嬉しいけど、ほんとに良いの?」
「うん。いいよ。」
お試しならいいか、と思ったわけではない。ただ頭が単純になっていただけだと思うのだ。私ならいつもはこんな怪しくて危ない判断はしない。いや、そもそも判断などとうの昔を最後にしたことが無かった気もする。
おそらくそうなった理由はいろいろなことが起きたせいだ。急な訪問、それから夜の公園、自分の無知に対する事実。
一気に流れ込んだ情報のせいで知識酔いのようなものをおこし、理解が追いつかなくなったのだ。
もう、どうとでもどうとでもなればいい。どうせ何度も諦めかけた人生だ。
「そうなんだ、まあ、それで良いのであれば良いのだけど…一応こちらが提案したことだからお試しってことにしとくね。」
「分かった。」
お試しでも何でも良かったのですぐに承諾した。
「じゃあ、うーん、どうしようかな?あ、ちょっと待っててね。すぐ戻るから。」
そう言ってノネさんはベンチから少し離れた「滑り台」なるものに向かい、しばらく登ったり降りたりしていた。私は別に動く理由もなかったのでノネの行動を観察していた。一見ただ登ったり降りたりしているだけに見えたが…いや、詮索はしない方がいいかもしれない。
「お待たせ〜。まだ時間あるからさ、散歩しよう!」
何の時間だ?と思いつつ、ノネさんに手を引かれ、歩いていく。
公園内にある茂みを抜けた。
そこにあったのは想像もつかないものだった。目の前に広がっていたのはキラキラと光る街並み。初めて見る光景だ。まあ、夜に外に出たことがないので当たり前だが。
さっきまで公園に居たとは思えず、思わず後ろに振り返る。
後ろにあったものは先程抜けてきたであろう茂みだけだった。
「ふふーん、すごいでしょ。ここ、お気に入りなんだ。ま、今日はここで遊ぶんじゃないんだけどね。」
そう言いながら再び歩き始めた。キラキラした道を抜け、ようやく着いたそこは、古くてボロボロの家だった。いや、これは店だろうか?看板のようなものがついている。黒ずんだ文字で大きく「だがし」と書いてある。
「だがし?ここ何の店?」
「その名の通り駄菓子の店だよ。駄菓子屋さん。」
ノネさんがギィィィィ、と嫌な音を鳴らして店のドアを開け、「わーい」と言って中に入っていった。私もそれについて行く。
中は小さい電球のみで薄暗く、畳の匂いがした。そこらじゅうに物が置いてあり、その間を縫うようにして進んだ。
「好きなもの選んでいいからね。」
そう言い放ち、ノネさんは棚やら籠やらプラスチックの壺やらに入っているものを次々と取り出していく。あんなに買ったら結構なお金がかかるのでは?と思った。
「お金、どうするの?」
「そんなの、私が買うよ。ノウの分もね。」
ノネさんはこちらを向くこともせず駄菓子を選びながらそう言った。
買ってくれるんだ…。
お菓子を選ぶことで忙しそうなので、それ以上何も言わず私もお菓子を選ぶことにした。
うーん、選ぶと言っても、食べたことないからなあ。
店に並ぶ商品は数え切れないほどの種類があり選ぶなんて至難の業だろう。
ぐるぐるした塊に棒がついたもの、ふわふわした白いもの、茶色い粒々。食べ物とは思えない色をしたものもあった。その時、どこかで見覚えのあるものがあった。
あ、これ…
公園でノネさんがくれた飴に似てる。そう思い、飴の袋を手に取る。
これにしよう。
飴を持ってノネさんのもとに行く。
「これがいい。」
「これだけでいいの?もっと買ってもいいけど…うーん、じゃあ、後で私のをあげようかな。」
「あ、ありがとう?」
「おばーちゃーん!おかいけーい!」
ノネさんはいきなり奥のドアに向かって大声を出し、「おばあちゃん」なる人物を呼んだ。
すると、「はーい!」と、おばあちゃんなどではない若々しい声が返ってきた。
奥のドアから出てきたのは声相応の見た目のお姉さんだった。黒髪を一つに結っていて、何か、耳に飾りをつけている。
「もー!やっぱりノネちゃんじゃない!この時間はおばあちゃんは寝てるって言ったでしょー?」
「えー、だっておばあちゃんに会いたかったんだもん。」
二人はそんな会話をしていて、かなり親しい関係のようだ。
「あら?そちらの女の子は誰なの?ノネ?」
「ふふーん、この子はね、ノウって言うんだ。うちの組織に勧誘したの!」
「へえ、そうなの。可愛らしい子だね。よろしくね、ノウちゃん。私はりんって言うの。」
「あ、よろしく、お願いします。りんさん。」
勧誘について知っているということは、このりんさんと言う人も関係者なのだろう。それなら、この後も何度か会うことになるだろう。
「もー、タメ口でいいのよ。」
「タメ口?」
「敬語を使わないで話すってこと。普通に話せばいいんだよ。」
ノネさんの説明を聞いてもよく分からない。
「年上の人には、敬語を使うんじゃないの?」
「りん姉とは仲が良いからいいの。りん姉もタメ口で喋って良いって言ってるしね。…え、ちょっと待って。私ってノウより年上だよね!?なんで私と話す時はタメ口なの?」
「え、だって、歳同じじゃん。」
どう見たらノネさんが年上になるのだ。
「そんなわけないよ。背の高さが明らかに違うもん。ほら、三十センチ以上は差があるよ。」
確かに私はノネさんより背が低く、私の頭のてっぺんはノネさんの胸のあたりの高さだった。でもそんなことは関係ない。どう見ても同い年だ。
こんな問答を繰り返すより年齢を言ってしまった方が早い。
「私、十二歳だけど。」
「え?…嘘、ついてないよね?」
「うん。」
自分の歳に嘘をつく理由なんてない。
「マジか…うーん、報告することが増えたなあ、いや、それはどうでも良いとして、うーん、どうしよう…」
そう言ってノネさんは頭を抱えて唸った。
「まあまあ、良いじゃないの。可愛いのだったら何歳でも構わないわよ。」
「りん姉はそうだろうけどさあ…。」
そう言って再びノネさんは唸り出した。
「あれ?じゃあ何でノウは私の歳を知っているの?言ってないよね?」
「え、何となく?というか、普通分かるものじゃない?」
何となく分かるし、普通みんな分かるのでは?と思った。
「…。」
「…。」
ノネさんとりんさんは顔を見合わせて首を傾げた。
「本当によく分からないよね、その、何となくで当てちゃうの。普通できないから。」
そうなのか?と思いながら私も同じように首を傾げた。
「あ、ノネちゃん、そろそろソラが帰って来るんじゃない?ノウちゃんのこと、紹介してきなよ。」
「あ、ほんとだ。ノウ、行くよ。」
ノネさんに手を引かれる。でも、一つ忘れていることがある。
「お会計は?」
「良いのよー。今回は特別なんだから。」
「良かったじゃんノウ。りん姉が無料で何かを譲ってくれることなんてそうそうないよ。」
ギィィィィと再び音を鳴らしてドアを閉めた。店の奥ではりんさんが笑顔で手を振っていた。