飴
「はいこれ、あげる。」
ベンチに座り、女の子…ノネさんからあるものを貰った。水色の包み紙の中に片手に収まるほどの丸い玉のようなものが入っていて、その両端が留められている。なんだろう、これ。
「あ、ありがとう。」
私はその包みを見つめた。と、同じように、ノネさんも私の手元を見つめた。
「…食べないの?」
「これ食べ物なんだ。」
「飴だよ?まさか、食べたことない!?」
「うん。」
「うーん、すごいね。いや、いいんだけどさ。」
なぜか驚かれた。私は食べたことないんだけどなあ。これ、ほんとに食べられるのかな。
そう思いながら包みを口に入れてみる。
くしゃ、と音がした。
「はあ!?ちょ、何してんの!?ぺっしなさい、ペっ!」
「う、」
ノネさんの声に驚き、包みを吐き出した。
「はあ、包みごと食べるやつがあるか!新しいのあげるからこれ食べて。」
ノネさんが新しいものをくれた。丁寧に包みを開き、渡してくれる。
包みの中が食べ物なんて、言ってくれないとわからないじゃないか。
渡してくれた飴は包みと同じく水色で、月光でキラキラ光っていた。ノネさんの目と、同じ色。
似てるなあ、と思いながら、恐る恐る口に入れてみる。
「…甘いね。」
甘くてねっとりした、初めて食べる味がする。あと、硬い。
甘いもの食べるの、いつぶりだろう。
「ふふ、すごい美味しそうな顔してる。それね、ソーダ味なんだよ。あ、噛んじゃだめだよ。ゆっくり食べて。」
ソーダ、、やっぱり知らないな。
「じゃ、話聞いててね。」
「ふん。」
飴を舐めながら答えた。
「うーん、まずは私のことからね。多分ノウが一番気になっているのは私が何をしに来たのかだよね。簡単に言うと、勧誘。詳しくはまだ言えないけど、私はある犯罪組織に入っていてね、そこにノウを勧誘したいって思ってるんだ。当たり前だけど、ノウがそう簡単に入るとは思ってないよ。そもそも、普通の一般人に急に勧誘したいって言っても絶対に聞かないだろうからね。…でも、ノネは違う。」
「ふぁんえ?」
なんで?と思った。何が違うのか分からない。
「何も知らないからさ。」
何も知らない?私が?
小さくなった飴を噛んで飲み込む。
「何も知らない?具体的には何を知らないの?」
「うーん、さっき飴を食べたことないって言ってたよね。それから、公園も来たことないって言ってた。それだよ。」
「ふーん、それだけなの?」
公園と飴ならまだ許容範囲なのでは?と思い、聞いてみた。
「多分それだけじゃない。試しに、今から私が言うことを知っているか知らないか答えてみてよ。」
「分かった。」
「じゃあ、プール。」
「…知らない。」
「コンビニ。」
「知らない。」
「遊園地。」
「聞いたことはある。」
「クッキーは?」
「知らない。」
「デパート。」
「英語の勉強で聞いたことある。」
「ユーチューブ。」
「知らない。」
「殺人。」
「知らない。」
その後もいろいろなことを聞かれたが、ほとんどが分からないか、聞いたことしかないものばかりだった。悔しいことに。
「ね?全然知らないでしょ?今の言葉は全部、ノウぐらいの年頃の子はみんな知ってることなんだよ。」
本当に自分が何も知らないような気がしてきて少し落ち込んだ。今までにこんなことはなかったからだ。でも別に、それでもいいんじゃないかとも思った。
「言っちゃ悪いけど、これはノウのお母さんの影響だよ。これだけは、確定で。」
「お母さんが?私の?」
お母さんに関わると話は別だ。だって、家族だから。でも、それ以外の理由はない。
「うん、そう。変だなとか、他の子と違うなと思ったことない?」
「ない。」
「…そっか、そんなにするのか。ノネのお母さんは。」
………
しばらく沈黙が続いた。ノネさんは顎に手を当てながら何やら考え事をしていた。いや、そんなことより今は自分のことを考えた方がいい。自分が何も知らないこと、自分が普通ではないこと。これをとりあえず受け入れはした。が、その原因がどうしても受け入れられないのだ。普通、生みの親は、実の子を、なんの経験もさせず育てるのだろうか。それさえ分からない。
ああ、でも…。
少しだけ、いいな、と思ってしまう。おそらくノネさんは、その…私の知らないものをたくさん知っているし、それを知れる環境で育ったのだと思う。それが少し羨ましくて、憧れた。自分が何を求めたのか分からないし、なぜそう思ったのかも分からない。
何らかの変化を欲したのかもしれない。ノネさんの性格が好きになったのかもしれない。本当に、自分の考えがよく分からない。
ただ、いいな、と。それだけを思った。