危ない女の子
私はいつも通り問題集をやっていた。
ふーん。やっぱ面白くないな、これ。なんでやらなきゃいけないんだろうなあ、これ。つまんない。
つまんない?というか、面白いってなんだろうな。感じたことがない。
いや、知らない間に感じているかもしれない。
「………。」
時に、思うことがある。今自分のやっていることに意味はあるのか、私は何をしたいのか。こんなことを考えると、この問題集も、机も、鉛筆もこの部屋もなんのために存在しているのかわからなくなるし、私の生きる意味もわからなくなる。
あ、だめだこれ。こういうループ思考に陥るときは必ず虚無状態になる。こういうとき、碌なことがなかったな。
…寝よう。
いつも通り明日の学校の準備をして、寝た。
む、朝だ。まだ5時だし、ゆっくりできそう。
昨日の問題集の続きをやろうとしたその時、あることに気がついた。ランドセルが、ない。
無くすものでもない。確かに昨日部屋に置いてあった。いつも家にはお母さんしかいない。お母さんがどっかに置いたのかな。でも、私の部屋に来ること滅多にないのに。というか、なんで?
お母さんがまだ起きていないので、七時まで待ったが、起きない。
もうすぐ家出なきゃいけないのに…。お母さん起こすと機嫌悪いからな。でも遅刻したくないし、起こしてみるか。
階段を登り、二階のお母さんの部屋に行く。
少し戸惑い、それから声をかけた。
「お母さん、入るね。」
ドアを開ける。
お母さんは意外にも起きていた。椅子に座り、死体のようにもたれていた。死体、見たことないけど。
「お母さん、私のランドセル知らない?」
「うーん。」
お母さんはなぜか唸ってそのままぼーっとしていた。
「お母さん?」
「あー。…ノウ?」
「なに?」
「…問題集やってきなさい。」
何を言っているんだろう。今日は学校で、授業だ。寝ぼけているのかな。
「え、でも、学校が…」
「今日から行かなくていいのよ、ノウ。あなた、学校より問題集をやる方が好きでしょう?」
「え?」
意味がわからない。今日学校なかったっけ?いや、今日は水曜日。祝日でもない。ないわけがない。何か、事情があるのかな。きっとそうだ。だとしても…
「ランドセルは?」
「いらないでしょ?」
「う、うん。」
少し睨まれたのでこれ以上言及しないでおいた。ドアを閉め、自室に戻る。
お母さんは今日から学校に行かなくて良いって言ってたな。いつまでだろう?
「…あ。」
気づいたら問題集を解いていた。習慣というものはすごいね。というか、ほんとにつまらないな、この問題。…でも、問題集問題集以外に楽しいことないんだよな。楽しいとか、分からないけど。でもなあ、学校はお母さんから逃れるための唯一の場所だからな。
あ、でもそもそもなんでお母さんから逃げたいのか分かんないや。
「終わった…。」
無意識の間に問題集は解き終わった。何しよう?楽しいことはなくとも、暇な時はあるので、時間潰しに何をするか考える。
窓の外を見た。青い空に、雲が流されている。
「空を見るときも、なんだかぼーっとして虚無状態になるな。なんでだろう。」
部屋についている小さめの窓からは、隣の家の塀と、少しの空が見えている。どことなく感じられる部屋の圧迫感と心苦しさ。そんな状況に置かれた自分が、まるで部屋の一角に置かれたひとつの装飾品のように感じられる。いや、私は装飾品みたいな綺麗なものにはなれないな。まあ、いいや。
私は思考を放棄した。考えることは、無駄だからね、私の考えは意味がないってお母さん言ってたし。
「ん?」
屋根の上、人の気配。にわかに感じられたけど、なんで屋根?
少し驚いて窓から顔を出し、屋根の方を見る。…誰もいない。気のせいかな?でも、人の気配がまだする。女の子かな?
「誰かいるの?」
返事はない。
「なんで隠れるの?出てきなよ。」
?確かにいるはずなんだけどな。うーん、関わらない方がいいかな。でも、同年代の子だし、、
「そこの女の子〜?出てきてよー?」
嫌なのかな?あ、迷惑かな…。
「なんでわかるのさ。」
「あ、あぶな…」危ない、というまもなく、家の屋根から目の前にある塀に女の子が飛び移り、塀に座りながら言った。
「で、なんでわかったの?」
「何が?」
「私のことだよ。なんで屋根にいるってわかったの?あと性別も、なんでわかったのさ。見てもないのに。」
なんで、と言われてもなあ。
「なんとなくだよ。というかこっちもよく分からないよ。なんで屋根なんかにいたの?危ないと思うんだけど。」
さっきから思っていたことだ。なぜ屋根にいたのかについて。
「なんとなくかあ、まあいいや。ちなみに、なんで屋根にいたのかというと、偵察しにきたからだよ。バレない予定だったんだけどな。どうしよ。ソラに怒られる〜〜。」
女の子は何か独り言を言っている。
「へー、そうなんだ。で、これからどうするの?あなたは。」
「うーんとね、とりあえず撤退するよ。…あ、そうだ!君、夜は一人で寝るの?」
「え、うん。一人だよ。」
「へ〜。じゃあ、寝ている間、お母さんは部屋に入ってくる?」
「滅多に入ってこないよ。あ、でも昨日の夜入ってきたかも。」
なんでそんなことを聞くんだろうと思いながら答えていく。
「ふむふむ、すべて理解!じゃあまた後で!今日の夜十時にまた来るよ。それまで起きていてね。」
「え?なんで…」これまたいう暇もなく周りの家の屋根をつたって走って行った。怖くないのかな、と思ったがそれよりも重大なことに気づいた。
知らない人と話しちゃった…お母さんに怒られる…。でも、お母さんは今のこと見ていなかったし…。お母さんには言わないでおこう。
今更だが、今起きたことについて少し驚いている。いや、かなり驚いている。急に女の子が家に来て、話して…。
だが、案外、ことが起きている最中は冷静でいられるものなんだな。
料理の後味がした時のような気持ちになった。不思議な気持ちだな。
…なんでこんな気持ちになるんだろう。私はあの女の子のこと何も知らないし、女の子であっても十分怪しい。人の家の屋根に乗って、話しかけてきて、屋根を走る人を誰が怪しまないだろう?…私は、少し嬉しかったのかもしれない。期待したのかもしれない。何かしらの変化に対して。…まあ、分からないな。正直なところ、最近、何事も、どうとでもなればいいとしか思わなくなってきた。何が起きても何も思えない。自分の感情も分からない。でも、もう分からないままでいいのでは?とも思う。感情を表に出すことが全てではない。まあ、それすらどうでもいいけど。
そういえば、夜にまた来るとか言っていたっけ?十時か…。いつも寝る時間だ。ちょうどいいし、それまで問題集やろうかな。ああ、さっき終わったんだっけ。新しい問題集、本棚から探してこよう。