お母さん
全ては恩人のために。
私は今、幸せだ。
夕日が赤々と燃えている。終焉だ。
「ノネ、わかってるわよね?」
「うん。」
「じゃあなんで勉強しないの!来週、全国模試なのよ!?」
「うん。わかってる。今からやるよ。」
「今からって!もう学校のみんなは一ヶ月前からやってるって言うのに!」
「ごめんなさい。」
「謝ってないでさっさとやってきなさい!」
私の頭をバシッと叩いた。痛い。でも別に、今に始まった事ではない。
自分の部屋に向かった。後ろでお母さんが叫んでいるのが聞こえる。
算数でも、やるか。
私は算数の教科書をおもむろに開く。ここは和差算、これは、、鶴亀かな?
少しずつ、問題を解いていく。現在時刻、午後十時。来週は全国模試、その次の週は判定テスト、そのまた次の週は週テスト。その次は、、、なんだっけな、忘れた。というか、いつから中学受験しようと思ったんだっけ。いや、決められたんだっけ。覚えてないな。あ、でも、お姉ちゃんとお兄ちゃんの代わりに頑張るんだって言われたな。お母さんに。お兄ちゃんもお姉ちゃんも、受験に失敗したらしい。それを報いるために私にやらせてるのだろう。
おそらくそれは四歳の時から。その年、兄と姉はそれぞれ大学受験、高校受験を受けた。姉はギリギリ第三志望に受かったが、兄は全落ち。そのせいで、親は一日中大喧嘩だし、兄は鬱になり姉は親に怒鳴られ大泣きという修羅場であった。私はというと、その頃まだ何もわからない四歳時ということもあり、うるさいと思いながらも、ぐうぐうと寝ていた。
その次の日から、母と父が真剣に話し合ったり、時々怒鳴りあったりしていた。それも数日で過ぎ、とある休日、私の目の前に紙の集合体が現れた。大量の問題集。なぜだろう。まだ四歳なのに。
だが、その当時私に何かを考える頭なんてなかったわけなので親に素直に従い、毎日のように問題集に取り組んだ。
その結果、私立の小学校に入学できた。その後色々あったが忘れた。ただ、何をしていたかは分かる。おそらく今と同じことをしているだろう。母は狂い、父は目を背け、私は日々の勉強に追われつつ罵声を浴びせられる。そんなに変わったことではない。自分の周りのみんなは私と同じ生活をしているからだ。お母さんに教えられた。
勉強の時間も、遊ぶ時間も、ご飯を食べる時間も、着る服も、使う道具も全てお母さんが管理していた。それが当たり前だと思ったからだ。それ以外考えられなかった。お母さんが全てだ。
私は今六年生だ。もうすぐ中学受験。お母さんは前よりも狂っている。夜な夜な叫んでは、何か恐ろしい言葉を吐くんだ。だがもうそれにも慣れた。
勉強は楽しい。嫌いじゃない。別に、何不自由ない暮らしだ。どうやらお母さんによると、勉強ができることはこの上ない幸せらしい。じゃあ私は幸せなのだ。万々歳じゃないか。
あ、この問題は流水山の応用か。こっちはただの売買損益じゃないか。
鉛筆を走らせ、すらすら解いていく。
気づいたら十時だった。
ああ、そろそろ寝る時間だ。お母さんに怒られちゃう。教科書を閉じ、素早く電気を消して布団に入った。疲れたな。そう思う間もなく眠りについた。
次の日、起きた時間がいつもより相当遅かったので急いで家を出た。幸いお母さんは寝ていたので何も言われなかった。天気が良く散歩日和らしいのだが、私は散歩した記憶がないので良くわからない。どちらにしろ、別にいい気分にはならなかった。